「本当の絆に心惹かれる」『シンシン/SING SING』が描く“美しい友情と切実な願い”を、映画のプロたちが語りつくす

元収監者×オスカーノミネート俳優という異色のキャストアンサンブルが紡ぐ感動の実話『シンシン/SING SING』/[c] 2023 DIVINE FILM, LLC. All rights reserved.

「本当の絆に心惹かれる」『シンシン/SING SING』が描く“美しい友情と切実な願い”を、映画のプロたちが語りつくす

4月11日(金) 10:30

ニューヨークに実在する、最重警備のセキュリティを誇るシンシン刑務所で行われている、収監者更生プログラムの舞台演劇に取り組むなかで育まれていく収監者たちの友情と再生を描く映画『シンシン/SING SING』(公開中)。主要キャストの85%以上は実際にシンシン刑務所の元収監者であり、演劇プログラムの卒業生及び関係者たちで構成されている。北米配給権をA24が獲得し、世界の映画祭、映画賞で数々の受賞を果たした本作は、第97回アカデミー賞で主演男優賞、脚色賞、歌曲賞と3部門へのノミネートを果たした。
【写真を見る】まるで『ショーシャンクの空に』のよう。刑務所内での人間ドラマをあたたかく描いた映画『シンシン/SING SING』

無実の罪で収監された主人公ディヴァインG(コールマン・ドミンゴ)。長年無実を訴え続けるも釈放の可能性は一向に見えず、暗い日々を送る彼の唯一の心の救いは、更生プログラム「RTA(Rehabilitation Through the Arts)」の舞台演劇に打ち込むこと。演劇を通して現状を打破しようとするディヴァインGの前に現れたのは、刑務所一の問題児ディヴァイン・アイ(クラレンス・マクリン)。刑務所の外で生きることを諦めてしまったディヴァイン・アイが演劇に取り組むことで次第に変わっていく一方で、再審請求が棄却されたディヴァインGは希望を失い自暴自棄になっていく。それぞれが待つ運命の行方、2人の間に芽生える友情と絆がもたらす奇跡が描かれる本作に心を揺さぶられた映画ライターの羽佐田瑶子、SYO、MOVIE WALKER PRESS編集部の別所が座談会を実施。本作で描かれる、演劇を通して育まれる友情や再生について語った。

■「『他者に思いを馳せる余裕』に気付かせてくれるのが、映画のすばらしいところ」
【写真を見る】まるで『ショーシャンクの空に』のよう。刑務所内での人間ドラマをあたたかく描いた映画『シンシン/SING SING』


別所「私は、大人の部活動っていいな…というのが最初の感想でした。中高の時に演劇部だったのですが、広い講堂で台車を乗り回してキャッキャしたり、休憩時間にダンスを踊ったりという光景を見て、自分の学生時代と重ねて懐かしく感じると同時に、大人になるとこういう活動はなかなかできないなとふと思ったりもして。もちろん刑務所の中という制限はありつつも、二度と会えない人たちとの絆と、一生ものの友情を作っていくところがいいなと感じました。一方で、ディヴァインGが、柵の中から手を伸ばして外の空気を感じるシーンはすごく印象に残っています。現実とのギャップが描かれるところに、本作のセリフにもある“感情のジェットコースター”を私自身も味わいながら、その振れ幅のすごさを体感しました」

メンバーたちが協力して一つのものを作り上げていく様子は、まるで部活動のよう

SYO「趣味の一環である海外の予告編漁りで本作を見つけた際は、英語が堪能でないこともあって詳細な中身まではわからず『A24(北米配給)が刑務所での友情ものをやるのか。感動作かな』という第一印象でした。その後に実話ベースということを知り、どう向き合うか模索しながら本編を鑑賞し始めました。というのも、僕は“感動”という言葉や行為にある種の暴力性を感じていて、塀の外という安全圏から罪を犯した人たちを観て無遠慮、身勝手に心を動かすのは怖いな、と思ったのです。ただ本作は、そうした観る側の迷いをちゃんと受け入れて、正真正銘の感動を呼び起こしてくれました。各々の実感と人生に導かれた出演者たちの演技、そして『俺たちはもう一度人間になるためにここにいる』など、痛みと切実な想いが乗った感動的なセリフが、強く印象に残っています。立場や言語の壁を越えて、どうしようもなく響いてくる作品でした。鑑賞時はアカデミー賞のノミネート発表のタイミングでしたが、大いに納得できる仕上がりでした。自分の中で今後も大切な作品になるであろう確信があります」

無実の罪で収監された主人公ディヴァインG(コールマン・ドミンゴ)。唯一の心の救いは、更生プログラムの舞台演劇に打ち込むことだった

羽佐田「私も印象的だったのは、ディヴァインGが柵から手を伸ばして外の空気に触れるシーン。現実と外界の壁の分厚さみたいなものって、自分自身も生きていて感じることではあるけれど、あの一瞬のシーンで、刑務所にいる方にとっての壁の分厚さや、実際には難しいけど外に行くことを求めているという願いが表現されていると思いました。一瞬の切実な感じが強く印象に残っています。私の子どもが演劇プログラムに参加しているのですが、教室に通う子どもを見ていると、小さいころは空想の世界と現実が地続きだったなって思い出すんです。大人になると分断されてしまうけど、子どもはいま、その地続きである瞬間を生きているんだなって。シンシン刑務所の人たちはプログラムに向き合いながら、何度も何度も現実に引き戻されてしまうけど、その度に本当の願いのようなものを思い出して信じて突き進んでいるだなというのを感じました」

ディヴァインGの右腕的存在のマイク・マイクもGにとって重要な存在

SYO「実際の元収監者の方が出演している以上、フィクションとして娯楽的に楽しむことはなかなか難しく思われがちななかで、ある種ドキュメンタリーのような少し引いた感覚で観始めました。しかし物語が進むにつれてどんどんのめり込んでいき、感情がライドしていくという意味でのジェットコースター状態になりました」

羽佐田「私も事前に資料で元収監者の方が出演していると知っていたので、ドキュメンタリー的なニュアンスで観ていました。その過程で、実際にその中にいる人たちの気持ちの動きに持っていかれたけど、“感動”という言葉だけではうまくまとめられないものだし、そこに落ち着かせていいものかと考える自分がいて。もちろんそのニュアンスもすごくあるけれど、うまく言い表せない心の小さな機微のようなものを大事にしながら作られているところに惹かれた気がします」

ディヴァインG(左)とディヴァイン・アイ(右)は、徐々に絆を深めお互いを助け合う

別所「でも、Gとアイの友情物語はすごく感情移入がしやすいと思います。自身もつらい現実に直面しながら、自暴自棄になっているアイに根気強く寄り添うGと、徐々に心を開いていくアイ。刑務所内で、舞台を通した更生プログラムがあって…という設定だけでハードルを掲げてしまってはもったいないですよね」

羽佐田「刑務所の中という、特殊な環境を色眼鏡で見てしまう部分はあるとは思いますが、あの2人が友情を紡いていく姿、本当の絆に心惹かれるし、あたたかさを感じました」

SYO「ネタバレを考慮すると細かいことは言えないのですが、ラストシーンが本当にすばらしかったです。特殊な環境で互いに救済しあった関係も含めて、すごく美しい友情ドラマでした。映画というメディアのすばらしさは、2時間程度の物語に身を委ねた果てに『自分にはまだ他者に思いを馳せる余裕があったんだ』と気づかせてくれるところだと僕は感じています。毎日生きていくのが大変ななかでも、映画の中に映る人たちに『幸せになってほしい』と思えること。不寛容の時代と言われるいま、会ったこともない他者を大切に思えるのって、すごいことだと思うんです。本作はそうした無償の愛や祈りを呼び覚ます効果をもたらす、素敵な映画でした。映画と僕ら自身が友情関係を築いているような感覚にもなりました」

■「演劇は『生きるか死ぬか』の“生きる”ほうを選択する手段」

メンバーたちは演劇のプロセスを通じ、自分自身を見つめ直していく

別所「演劇をちょっとかじった身からすると、あのプログラムが刑務所にあることはすごくいいと思いました。私の経験ですが、演劇ってすごくストレス発散になるんです。普段は出せない自分の感情をバッと爆発させられる場であり、それにより誰かに迷惑をかけたりしない。むしろ、それを求められる場というのもあって。劇中では、まったく演劇をやったことのないアイが誰かを演じることや、自分の思っていない感情を引きださせられることに抵抗感を持つ様子が描かれていますが、それを乗り越えた先にある“誰かになれる”というフェーズにいくとすごく気持ちいいというか。そういうプロセスも描かれていたので、演劇の魅力や、演劇が持つ力を感じさせられました」

SYO「そうですね。収監者たちのなかには、犯罪者になる以外の選択肢がなかった人物の背景も描かれています。僕も学生時代に言われたことなのですが、演劇のいいところは準備がいらないこと。身一つでできるのが演劇のよさだし、個々の環境や言語等の壁も超えていけるオープンな表現です。塀の中でままならない人生の中でも“if”を感じられるし、こういう人生を送れていたら…と考えられるのはすごく素敵だと思いました。演劇が持っているセラピー性がしっかり出ていましたよね。演劇によって救われた人がいる、それを映画にする人、観る人たちがいる、アカデミー賞にノミネートされるということも含めて、伝播していく様子を感じることができました。ものを作る人への応援歌のような側面もある気がしています」

演劇を通して他者とつながり、自分自身の本心と向き合っていく

羽佐田「この映画でいうと、彼らにとって演じることというのは、獄中の長い時間から脱していく手段。『頭のなかで出所できる』という登場人物の言葉もありましたが、つらい境遇を克服して、ハムレットのセリフの『生きるか死ぬか』の“生きる”ほうを選択する手段にもなっている。そういう部分では本当にセラピー的なものに近いということを強く感じました。いわゆる役者ではなく、元監修者が演じているということにも改めて驚かされます。プログラムで演技を経験した方たちとはいえ、映画の中ではプロの俳優と元収監者の方の区別がつかないほど、物語に引き込まれていきました」

別所「本当にそうですね!自分を演じるって実は一番難しいと思っているのですが、それをあんなにナチュラルにできるのもすごいし、長回しが多かったのもすごいなと」

時に衝突しながら友情を築いていくRTAのメンバーたち

SYO「凝ったエンドロールも素敵でしたよね。実は本人が演じていましたというのを知って『そうだったんだ』と思うと同時に、更生プログラムが成功していることも知れて、よかったと思える瞬間でした。実際に収監されていた経験があると、根底に流れる痛みや悲しみの表現をロジカルに処理するのはなかなか難しいと思うんです。しかしそのぶん、本人の経験に裏打ちされた凄みが彼らの目や雰囲気に出ており、それらをグレッグ・クウェダー監督が1本の映画に昇華させていました」

羽佐田「コールマン・ドミンゴのインタビューで『周りのキャストは、収監されていた経験があるからこそ生々しい演技をするので、自分自身もいつもよりすごく生々しい演技になった』と言っていて。そういう作用もすごくあったんじゃないかなと想像しています」

SYO「先ほども少し話に上がった、本作の特徴の一つに長回しカットの多用がありますが、嘘がない空間でしたよね。元収監者の方々が限りなく本人に近い役を演じる異質な状況で、主演としてバランスを取りながら、主人公としての見せ場もこなし、物語としての引力も請け負う。コールマンは本当に苦労したと思いますし、そこを含めてのオスカーノミネートかなと思います」
オスカーノミネート俳優、コールマン・ドミンゴの演技が光る


別所「こういうプログラムは日本にもあるのかなということを考えるきっかけにもなりました。映画というエンタメがそういうきっかけになるのはすごく入りやすいし、影響力もあっていいなと改めて思いました」

羽佐田「私の子どもが参加しているのは、演劇の力を借りて心の内の感情を理解していくようなプログラムなのですが、それによって世界と接続していくことで、初めての友達もできたりすることを目の当たりにしているので、映画を観た時もこのプログラムはすごくいいと思いました。『プロセスを信頼する』という言葉が何度も出てきたのがすごく印象的。有罪か無罪みたいなことばかりを押し付けられる人たちにとって、プロセスを信頼するという過程はものすごい力になっているのではないかと想像しました」

「観終わったあとに誰かと話したくなる」と映画ライターたちも絶賛する『シンシン/SING SING』

SYO「A24がいま、この映画を世に届ける意味をすごく考えました。安易な感動を許さない作品だと思いますし、僕はそこがすごく好きでした。いまはやり直しを許さない時代と言われるけれど、そのひずみを感じながらも、じゃあ自分が手を差し伸べられるのか、という矛盾や葛藤は皆が抱えていることではないでしょうか。そんな世界で映画になにができるのかと考えた時に、どのレイヤーで観るかによって意見が分かれるような、エンタメらしいエモーショナルなシーンもたくさんありながら、現実的な苦味も入っているこの作品はすばらしいと思いました」

羽佐田「苦みも甘みも、というのは本当にこの映画の魅力ですよね。一度観たらなんかわかるものがある。受け取るものも人それぞれあるし、観終わったあとに誰かと話したくなる、語りたくなる映画なので、まずは観てほしいと思います」

取材・文/タナカシノブ


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