「最高の離婚」から「いつ恋」「カルテット」…『片思い世界』に通じる坂元裕二作品のエッセンスを名セリフと共にひも解く

『片思い世界』に通じる坂元裕二作品のエッセンスを解説/[c]2024『片思い世界』製作委員会

「最高の離婚」から「いつ恋」「カルテット」…『片思い世界』に通じる坂元裕二作品のエッセンスを名セリフと共にひも解く

4月1日(火) 10:30

『花束みたいな恋をした』(21)の脚本家の坂元裕二と土井裕泰監督が再タッグを組んだ『片思い世界』(4月4日公開)。広瀬すず、杉咲花、清原果耶がトリプル主演を務めるのだが、3人が東京の片隅で共同生活をしている主人公を演じること以外、多くの情報が伏せられている。一方で、坂元が手掛けてきた「カルテット」、「anone」、「大豆田とわ子と三人の元夫」といった大ヒットドラマから『花束みたいな恋をした』など劇場作品まで、過去作に通じるエッセンスもちりばめられている。そこで本稿では、ライターの綿貫大介が最新作『片思い世界』の魅力を解説。これまでの印象的なセリフもピックアップしながら、坂元作品が描いてきたものに迫っていく。
【写真を見る】歓楽街のギラツキも人情でコーティングされた下町の風情もない、日常としての東京を描く『片思い世界』

■これまでの坂元裕二作品にも通じる『片思い世界』の魅力とは?

なんて豪華な共演なのだろう。広瀬すず、杉咲花、清原果耶。それぞれが朝ドラヒロインを務め、唯一無二の俳優としてキャリアを積んでいる。この魅力的なキャスティングは、本作の脚本家でもある坂元裕二発案だという。3人が話しているところが思い浮かんで離れなかったそうだが、まさか実現するとは。広瀬は「anone」で、清原は『花束みたいな恋をした』で坂元作品に出演経験はあるものの、時を経てさらに勢いを増す俳優となった3人が集結した『片思い世界』、観たいに決まっている。キャストだけで見応え、見どころは十分なのだけど、ここは過去の坂元作品と紐づけながら本作について考えていきたい。

広瀬すず、杉咲花、清原果耶がトリプル主演を務める『片思い世界』

■街も一つの主役。変化した東京の描き方

坂元作品においては、出演者はもとより、街が一つの主役として存在している。特に東京という街は、単なる舞台ではなく、登場人物の生き方や感情に深く関わる重要な要素として描かれる。これは坂元がトレンディドラマ出身の作家であることと無関係ではないだろう。

初期の代表作「東京ラブストーリー」のキャッチコピーは、「東京では誰もがラブストーリーの主人公になる」だった。おしゃれで、夢があって、華やかな東京。画面からは何者にでもなれる輝かしい街の魅力が存分に伝わってきた。でもその25年後、坂元が描く東京は一変する。「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」の東京にかつてのキラキラはなく、孤独を抱える街の現実に対して、登場人物もこんな言葉をこぼしている。

「横型の信号機。迷路のような地下鉄。人身事故で電車が五分遅れると、舌打ちする人。“おいおい”と読んだら笑われたお店の名前」(音/有村架純)

「東京は夢を叶えるための場所じゃないよ。東京は夢が叶わなかったことに気付かずにいられる場所だよ」(晴太/坂口健太郎)

かつてのキラキラはなく、孤独を抱えた街として東京を描いた「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」

では、『片思い世界』が映しだす東京はどうか。美咲(広瀬)、優花(杉咲)、さくら(清原)の3人は、東京の片隅の、古い一軒家で一緒に暮らしている。それには“ある理由”があるのだけど、その驚きはこれから観る方のためにとっておこう。3人が生きる東京の街は、静かに、でも、力強く息づいているように見えた。緑豊かな井の頭通り沿いを走るバスから見える景色。駒沢オリンピック公園で、それぞれの楽しい時間を過ごす若者たち。東京といえど、わかりやすい歓楽街のギラツキも、人情でコーティングされた下町の風情もない。そこには私たちが日々ひっそりと暮らしている、日常の東京があった。「最高の離婚」の中目黒や『花束みたいな恋をした』の調布がそうだったように、本作もこの街に実際にいそうな登場人物たちが、リアリティを持って存在している。そのことがとても嬉しかった。3人を観ていたら、なんだか取るに足らない東京の日常が、急に愛おしく感じられた。

菅田将暉、有村架純演じる男女の出会いと恋人として過ごした日々、すれ違い、別れを描いていく(『花束みたいな恋をした』)

■ホームドラマを更新し続ける坂元作品。描くのは拡張する家族像

特に2010年代以降の坂元作品には、ホームドラマへの視座も感じられる。もちろん扱うのは、世の中の“ノーマル”を享受しているような家族だけではない。「最高の離婚」ではこんなセリフがあった。

「一番最初に思い出す人だよ。一番最初に思い出す人たちが集まってるのが家族だよ」(結夏/尾野真千子)

法律婚をしたカップルの行く末を描く「最高の離婚」

この作品は、法律婚をしたカップルの行く末を描いている。しかしこのセリフからは、法律婚、血縁関係によって結ばれた親族関係を基礎とする“ふつう”の家族の概念を、拡張する可能性に満ちたものとして捉えることができる。同様に、坂元作品はこれまで様々な新たな家族像を示してくれていた。例えば、「カルテット」における4人の共同生活も、拡張家族的だ。

「私たち同じシャンプー使ってるじゃないですか。家族じゃないけど、あそこはすずめちゃんの居場所だと思うんです。髪の毛から同じ匂いして、同じお皿使って、おんなじコップ使って、パンツだってなんだって、シャツだってまとめて一緒に洗濯物に放り込んでるじゃないですか。そういうのでもいいじゃないですか」(真紀/松たか子)

偶然出会った4人の男女がカルテットを組み、軽井沢で共同生活を送る「カルテット」

「anone」でも不思議な縁で出会った人々が、血縁を超えた疑似家族を形成していた。

「ここはもうハリカちゃんが帰るところだからね。横並びで寝てるでしょ?今度から行くじゃなくて帰るって言いなさい。帰れない日は、帰らないって言いなさい」
「もし何かあった時は、私がお母さんになってあなたを守る。偽物でもなんでも、私があなたを守る」(共に亜乃音/田中裕子)

すべてを失った少女がある老齢の女性と運命的に出会う 「anone」

坂元はこの国のホームドラマを更新し続ける存在と言っていいだろう。そして『片思い世界』も、新たなホームドラマという見方ができる作品だ。例えばこんな会話が出てくる。

「もう泣くのやめな。住む場所探してさ、3人で普通に暮らそうよ、って。ご飯もちゃんと作ろう。お風呂も入ろう。洗濯物はたたもう。学校行って勉強するの。いつか仕事だってするんだよ。誰も見ていなくたって、トイレのドアは閉めなさい」
美咲、優花、さくらの3人は、東京の片隅の古い一軒家で一緒に暮らしている(『片思い世界』)


3人に血縁関係はないが、ひとつ屋根の下で家族というべき運命共同体をつくっている。美咲は慎重派で頼れる存在、優花は好奇心旺盛、さくらは素直でまっすぐ。性格もまるで、家族における長女、次女、三女のようではないか。家族とはいつのまにか、お互いにしっくりなじんでいくものなのかもしれない。さらに拡張家族の描き方としてはとりわけ、弱い立場の者たちに寄り添いながら、新たなホームの可能性を探っているのが坂元作品の特徴でもある。本作もそのあたりに注目してほしい。
血縁関係はないが一つの共同体を形成している(『片思い世界』)


■軽快な会話劇だけじゃない。坂元作品の魅力は“片思い”にあり

「片思い」という言葉が印象的な『片思い世界』。観終わったらこの上ない納得感のあるタイトルなのだが、これについてはまだ語れない。そこで、坂元作品における片思い、つまり一方通行の思いを振り返っておきたい。

「片思いって、1人で見る夢でしょ?」「両思いは現実。片思いは非現実。そこには深〜い川が……」(「カルテット」:家森/高橋一生)

「いいんです、私には片思いでちょうど。行った旅行も思い出になりますけど、行かなかった旅行も思い出になるじゃないですか」(「カルテット」:すずめ/満島ひかり)

「片思いはハラスメントの入り口だ。僕は、彼女に片思いという暴力を振るってしまった」(「初恋の悪魔」小鳥/柄本佑)

「片思いなんて扁桃腺とおんなじだよ。何の役にも立たないのに病気のもとになる」(「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」:朝陽/西島隆弘)

「片思いだって五十年経てば宝物になるのよ」(「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」:静恵/八千草薫)

『片思い世界』で描かれる一方通行の片思いとは?

坂元がいかに「片思い」が好きか、これだけで伝わるだろう(もちろん、片思いは恋愛だけの意味ではない)。そして意思の疎通に相互関係がないという意味では、手紙というツールも一つの片思い表現だと言えるだろう。「それでも、生きてゆく」、「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」、「最高の離婚」をはじめ、多くの坂元作品には手紙が登場する。作品によって相手に届く手紙もあれば、相手に届かない(もしくは本人が出さない)手紙も多く、届かない時は書き手の気持ちが宙吊りにされるのも特徴だ。

大概の人が坂元裕二作品の好きなところとして軽快な「会話劇」を挙げたがるが、双方向のやり取りだけでなく、他者を介さない一方的な思いの吐露も、坂元作品の魅力の一つ。そして『片思い世界』は、タイトル通り、一方通行の思いがメインとなる。本作は坂元が描く、片思いの境地。届かない思いを、3人はどう世界に伝えるのか。そのヒントは、すでに公開されている劇中歌「声は風」にある。鑑賞前にSpecial Movieを見て予習を。そして劇場で、この片思いの結末をぜひ見届けてほしい。

文/綿貫大介


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