ゾーイ・サルダナのパフォーマンスに酔いしれたい。アカデミー賞最多ノミネートのミュージカル『エミリア・ペレス』を映画のプロたちが語る

『エミリア・ペレス』に魅了された映画ライターと編集部員が見どころを語る!/[c] 2024 PAGE 114 – WHY NOT PRODUCTIONS – PATHE FILMS - FRANCE 2 CINEMACOPYRIGHT PHOTO : [c] Shanna Besson

ゾーイ・サルダナのパフォーマンスに酔いしれたい。アカデミー賞最多ノミネートのミュージカル『エミリア・ペレス』を映画のプロたちが語る

3月29日(土) 0:30

今年度米アカデミー賞で、作品賞など最多の12部門13ノミネートと注目を浴び、助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)と歌曲賞(「El Mal」)を受賞した注目作『エミリア・ペレス』が、いよいよ日本公開された。欲しいものをすべて手に入れてきたメキシコの麻薬王マニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)が、たったひとつ手に入れられなかったもの…それは子どものころからずっと欲していた本当の性=“女性”になること。自分に正直に生きることを決意し、女性弁護士リタ(ゾーイ・サルダナ)に協力を求めた彼は性適合手術を受け、エミリア・ペレスという名で女性としての新しい人生を歩み出す。しかし、すべて捨てたはずの過去の中にも捨てきれないものがあった。そしてそれは、“彼女”の人生を大きく揺さぶっていく。
【写真を見る】いままでとは印象が違うセレーナ・ゴメス…!圧巻の演技力に魅せられる

ミュージカルという形式を借りつつ展開する物語は、意外性と驚きに満ちており、スリルと緊張感を増していく。カンヌ国際映画祭でアンサンブル演技を高く評価された女優4人の演技、そしてフランスの鬼才ジャック・オーディアールの剛腕演出も光り、とにもかくにも見逃せない本作。この映画に魅了された映画ライターの渡辺麻紀と相馬学、MOVIE WALKER PRESS編集部の野口(40代・女性)と高橋(30代・男性)の4名が、座談会形式で『エミリア・ペレス』を深掘りする。

■「ジャック・オーディアール監督のミュージカル作品。予備知識なしで楽しめた!」
 フランス、パリ生まれのジャック・オーディアール監督


渡辺「オーディアールの新作という以外、前知識を持たずに観たんだけど、すごくおもしろかった。ミュージカルで始まり、トランスジェンダーの話になって、中盤でようやく“エミリア・ペレス”って、この人の名前か!と知って驚いた。予備知識なしに観るほうが楽しめるんじゃない?」

相馬「たしかに。そもそもオーディアールがミュージカルを撮るということだけで意外ですよね。冒頭ゾーイ・サルダナが歌って踊るシーンからして引き込まれました」

渡辺「あれはかっこいいよね。私は個人的にミュージカルってそこまで好きじゃなくて。ミュージカルのシークエンスが入ると物語が止まってしまうことが多いから。でも『エミリア・ペレス』の冒頭のシークエンスは、あの歌でリタが置かれている状況をすべて語ってしまうから、ドラマが流れ続ける。ほかのミュージカルシークエンスも同様に、ドラマのパートとシームレスにつながっているし」

高橋「歌の入りはとてもシームレスでしたよね。会話をしているようなミュージカルというか」

弁護士のリタ(ゾーイ・サルダナ)は、麻薬王のマニタスに誘拐され、女性になる手助けをしてほしいと頼まれる

野口「私も最初はオーディアールがミュージカルを撮ることに驚きましたが、観終わってみると表現が若々しくて。とても72歳の監督が撮った映画とは思えず、違う意味で驚きました。ミュージカルだけではなく、ドラマもサスペンスもアクションも詰まってる」

相馬「冒頭でゾーイが歌う『El Alegato』のシーンでは、男性優位の社会でリタが下に見られ、どんなに頑張っても手柄は横取りされる、っていうやるせなさがよく出ていました。このシークエンスに続いて、法廷を出たあとのシーンで、外にいる女性にリタが『タンポンある?』って尋ねるじゃないですか?このへん、全部ひっくるめて“これは戦う女性の物語です”と宣言している感じがしました。カンヌ国際映画祭で、この映画の女優4人がそろって女優賞を受賞したのは、その象徴かなあ、と」
 麻薬王として非道な行いをしてきたマニタスは、エミリア・ペレス(カルラ・ソフィア・ガスコン)という名前の女性として、新たな人生を歩みだす


渡辺「オーディアールの映画は必ず、いまの時代を反映しているしね。社会性が確実に宿っている。スペイン語で撮ってることにも驚いたなあ。フランス人なのにね。でも『ゴールデン・リバー』は英語だったし、『ディーパンの闘い』ではタミル語も混じってたから、グローバルな視点で人間を撮れる人なんだなあという発見もありました。そのうち日本語でも撮るかも(笑)」

相馬「それは観てみたい(笑)。自分はオーディアールの映画を、野性的な人間ドラマと捉えています。獣的というか、ともかく獣同士がぶつかると状況がどんどんバイオレントになる。その結果、『ゴールデン・リバー』のように腕をなくしたり、『君と歩く世界』のように脚を失ったりするけれど、それでも“かわいそう”という同情を必要としないんですよね。共感は覚えても、むやみに感傷的にはならない」

 マニタスの元妻ジェシー(セレーナ・ゴメス)は夫が死んだと思いこみ、子どもたちと静かに暮らしていた

渡辺「『君と歩く世界』は、まさにそれだった。とにかく、むき出しの、力強い映画を撮る人だよね。『ゴールデン・リバー』もそうだけど、開拓時代の西部って自然がむき出しだし、そういう汚い世界を汚いまま見せてしまうようなリアリティを感じます。今回の映画ではメキシコを舞台にして、それをやっている。メキシコはそういう部分だけじゃないだろうし、いいところもあるに違いないんだけれど、一方では麻薬ビジネスでしか生きられなかった人がいるという現実もある」

相馬「世界中どこでも一緒ですよね。東京だってきれいなところも汚いところもある。麻紀さんがさっき言われていたグローバルな視点は、そういう部分にも表れていますね」

■「助演女優賞のゾーイ・サルダナはしなやかで、パンチが効いていましたね」
ゾーイ・サルダナが魅せる圧巻のパフォーマンスは、ぜひスクリーンで楽しみたい!


渡辺「あとは、やっぱりゾーイ・サルダナ。アカデミー賞では助演女優賞も獲ったし、歌曲賞のパフォーマーでもある」

相馬「中盤の慈善パーティで歌った『El Mal』ですね。あのシーンのゾーイもめちゃくちゃ、かっこいい。歌にも虐げられた者の主張があるし、彼女自身テーブルの上に飛び乗って踊って、ちょっとアクロバティックなこともして、とにかくしなやかで、パンチが効いていました」

高橋「あの場面は撮影もかっこよかったですね。K-POPの音楽番組のようなカメラーワークで、ダンスのリズムに合わせてカメラが動くような。最近は日本のテレビ番組でも真似している印象があります」

渡辺「ゾーイのダンスとカメラが一致しているような感じですね。『アバター』でジェームズ・キャメロンに取材した時にゾーイについて訊いたけれど、彼女はバレエをやってたから身体能力が高くて、アクションを演じる時はすごく助かったと言ってた。考えてみると、ゾーイはアクション映画への出演が多いから。『スター・トレック』シリーズに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズとか」

相馬「正直、主演女優賞でもいいんじゃないか?というくらいの存在感がありました。で、主演女優賞に実際にノミネートされたエミリア役のカルラ・ソフィア・ガスコンも、やはりイイんですよね!実際にトランスジェンダーの方だからかもしれないけれど」
カルラ・ソフィア・ガスコンは、麻薬王の男性とトランスジェンダー女性を見事に演じ分けた


渡辺「この映画のために連れてきた素人の方なのかな?というくらい、自然でハマってた。ミュージカルの場面では、あの人、そこまでたくさん歌わないじゃない?歌っても音程差がそんなにない曲で、ラップのようでもあるけれど、ゾーイがしっかり歌ってるぶん、それが味になってるよね」

高橋「男牲だった時の歌声はラップで、あれもかっこよかったですね。低音でシブみがありました」

野口「生きるか死ぬかの世界で、心が女性であることを隠し通すことへの苦悩が伝わってきます。そういう意味でも、先ほど麻紀さんが言われたように、歌ですべてが語られていますね。ご本人の地声は男性と女性の中間ぐらいの音程だと語っていました。声の音程を代えて演技をするのもやりがいがあったようです」

相馬「演技の点でいうと、『眠れない』という子どもたちに添い寝する『Papa』のシーンで、子どもに『パパの匂いがする』と言われた時の表情とか、のちに恋人になるエピファニア(アドリアーナ・パス)と出会った時の好意の表現とか、いちいちイイんですよ…。考えてみると、物語のエモい部分は、ほとんどこの人が担っている」

ポップスターのセレーナ・ゴメスが魅せるパフォーマンスには、思わず目を奪われる

渡辺「その対極に、彼女の元妻ジェシーがいるんだけど、演じるセレーナ・ゴメスも最初は誰なのかわからないくらい、全然違う印象で役に馴染んでいて。やっぱりポップスターのイメージが強いから」

野口「私もです。どこかで見たことがあるけれど、誰だったか思い出せないくらい印象が違いました。でも、この映画では悲劇のヒロインのようなポジションでもあって、すごく印象に残りました」

相馬「セレーナはスマホで自撮りしながら歌い出すシーンがあって、自撮り映像がそのままスクリーンに映し出されるけれど、あのアップの場面はポップスターらしい華を感じました。それと後半に行くほど重要なキャラクターになっていくけれど、その重さもしっかり表現していましたね」

高橋「自撮り動画のシーンは隣の部屋が異空間のようになっていて、その2つの部屋を行ったり来たりするのが、またおもしろかったですね。セレーナの場面では、あとは愛人とカラオケを歌う場面。ミュージカル映画にカラオケを導入したのが斬新で(笑)」

 劇中ではセレーナ・ゴメスのカラオケも?現実世界と異空間が混ざり合う、不思議なミュージカルシーンも見どころ

渡辺「華があるし、人目を引くし、その強みが生きていました。そういえば、今年のアカデミー賞でノミネートが発表された時、それに失望を覚えた人たちのコメントがどこかのサイトで記事になっていたけど、その中に『セレーナ・ゴメスが助演女優賞にノミネートされていなかった』というのがありましたよ」

相馬「結果がわかっているいまなら、ゾーイだけでいいじゃんと言えますけど、それはたしかに感じますね」

■「制作はサンローラン プロダクション。ジェンダーに対する意識の強さを感じます」
さすがサンローランの制作。ジェンダーへの鋭い切り込み、お洒落な衣装やインテリアも見逃せない『エミリア・ペレス』


渡辺「この映画はサンローランが共同制作としてクレジットされてるけど、映画制作は初めて?」

相馬「短編や、自社にまつわるドキュメンタリーは作っていたけれど、劇場用映画はペドロ・アルモドバル監督の中編『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』が最初のようですね。これもゲイのガンマンたちを題材にした西部劇で、ジェンダー意識の強い作品だった。で、昨年『エミリア・ペレス』をカンヌ国際映画祭に送り出したのですが、ほかにも2本出品していて、そのうちのひとつがデヴィッド・クローネンバーグの新作です」

野口「『エミリア・ペレス』ではゾーイとセレーナがサンローランの服を着てたから、そういうことかとは思いましたが、衣装にもお洒落な魅力がありますね」

 隅々まで洗練された衣装やセットにも注目

渡辺「確かに洋服は素敵だった!インテリアも含めて、センスがいいよね。映画制作に関していえば、もともとクリエイティブなことに理解があったということなのかな。そもそも、伝記映画『イヴ・サンローラン』を観てわかるとおり、サン=ローラン自身もゲイだったし、ジェンダーに対する意識は強かったんでしょう。こういう映画はデリケートな問題を扱っているから、メジャーな映画会社は作りだからないし。でも、そこに切り込んで行くのはいいことだと思います」

相馬「そういう意味でいうと、脚本協力のレア・ミシウスもジェンダー意識が強い方ですね。監督作の『ファイブ・デビルズ』もその色が濃く出ていました。オーディアールとは『パリ13区』でも脚本家として組んでいます。『チタン』のジュリア・デュクルノー監督もそうだけれど、フランスでは若い女性監督が意欲的な作品を送り出していますが、この人も要注目の映画人になっていく気がします」

渡辺「スタッフであと触れておきたいのは、音楽がすごくよかったクレモン・デュコルとカミーユ。歌曲賞のパフォーマーはゾーイだけど、曲を作って受賞対象者となったのは、この2人だし」

野口「カミーユは『レミーのおいしいレストラン』で楽曲を提供した人ですね」

高橋「もう一人のクレモン・デュコルはレオス・カラックスの『アネット』でカンヌ映画祭の賞を獲っていましたが、『エミリア・ペレス』の曲の雰囲気は、あれとはまた全然違いますね」

 リタは女性となったエミリアに再会し、彼女の事業を手伝う

相馬「『アネット』では共同で音楽を手掛けたスパークスの色が強かったのかもしれません。ついでと言ってはなんだけれど、もうひとつ、ミュージカルシーククエンスに触れさせてください。リタがテルアビブに飛んで、そこの医師に相談に行った時に歌う『Lady』の場面、あまり派手ではないけれど重要だなあと思ったんですよ。経験からくる固定観念を捨てて『あなたの考えを変えて』と歌いかけるシーンですが、何気にこの映画のテーマでもあるような」

野口「あの場面は私も好きです。『身体は変わっても人間の本質は変えられない』という医師を、リタが説得する場面ですよね。『治療はできるけれど、戦争は止められない』というフレーズもありましたが、とても考えさせる、いいシーンだったと思います。こういうテーマは、ミュージカルだからこそ飲み込みやすい。普通のドラマでは難解そうに見えてしまうんじゃないでしょうか」
【写真を見る】いままでとは印象が違うセレーナ・ゴメス…!圧巻の演技力に魅せられる


渡辺「それを思うと、エミリアは結局、最初に医師が主張していたことが間違いだったと、証明したわけだ。男性だったころは麻薬王として人をあやめていたけれど、好きでやってたわけではないし、もともとは女性の心を持っていて、女性の肉体を得たことで、本当にやりたかったこと、つまり犯罪以外のことができるようになったんだから。それは身体が変わったことによって初めて得られたことだからね。そのあとはあまり男性キャラは出てこないけれど、ジェシーの愛人のような小ずるい男もいるじゃない?だから見方によっては“男はロクなもんじゃない”と言ってるようにも見えるよね(笑)」

高橋「(苦笑)極端に言えばたしかに、そうでした。まともな男性のキャラクターというと、手術を担当した医師くらいですからね」

相馬「いずれにしても女性映画としてきれいに着地しているのは間違いないと思います。エミリアは男性だったころ、麻薬戦争の中で生きてきたけれど、戦争を起こすのはだいたい男。そういう意味では、あの医師に象徴されている現代の保守的な男性に『考え方を変えて』と訴えている映画のようでもありますね」

文/相馬 学


【関連記事】
『エミリア・ペレス』ジャック・オーディアール監督が来日!ティーチインで明かす、“音楽映画”を手掛けた理由
【第97回アカデミー賞】デミ・ムーア、エマ・ストーン、エル・ファニング…豪華スターのレッドカーペットドレスを一気見!
フランスの名匠ジャック・オディアールが挑んだ新境地!『エミリア・ペレス』の誕生秘話を独占入手
【第97回アカデミー賞】『エミリア・ペレス』ゾーイ・サルダナが初ノミネート初オスカー!助演女優賞&歌曲賞の2部門を受賞
助演女優賞受賞のゾーイ・サルダナが魅せる圧巻のパフォーマンス!『エミリア・ペレス』本編映像
第97回アカデミー賞最多ノミネート『エミリア・ペレス』トランスジェンダー女性として史上初のアカデミー賞主演女優賞ノミネート!
MOVIE WALKER PRESS

関連キーワード

    エンタメ 新着ニュース

    エンタメ アクセスランキング

    急上昇ランキング

    注目トピックス

    Ameba News

    注目の芸能人ブログ