『ミッキー17』ポン・ジュノ監督インタビュー「人間の価値が“底をついた”時、どのように乗り越え、克服するのか?」

『ミッキー17』ポン・ジュノ監督インタビュー「人間の価値が“底をついた”時、どのように乗り越え、克服するのか?」

3月28日(金) 1:00

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『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督の最新作『ミッキー17』が本日から日本での公開をスタートする。毎作、巧みな語り口と観る者を翻弄する物語で高評価を集めるポン監督は、本作でもその魅力を発揮している。

ポン監督は、どのような思考を経て物語を語っていくのか?インタビューを通じて、ポン・ジュノ作品の“唯一無二の語り”の秘密に迫る。

ポン・ジュノ監督は1969年生まれ。映画学校で学びながら短編作品を手がけて注目を集め、2000年に『ほえる犬は噛まない』で長編デビュー。その後は『殺人の追憶』(2003)、『グエムル-漢江の怪物-』(2006)と韓国の映画興行記録を塗り替える大ヒット作を手がけ、2013年には『スノーピアサー』で海外に進出した。

彼がこれまでに手がけてきた作品のジャンルは多種多様。サスペンスもあれば、怪獣や未来世界が登場する作品もある。しかし、監督にとって設定はあくまで“背景”。そこに宿るドラマに彼の視線は注がれている。

本作の主人公ミッキーは善良な人間なのに、なぜか運のない男。ちょっと内気で凶暴なわけでも悪党でもないが、ある出来事を機に追い詰められ、逃げるように地球を脱出して“何度も生まれ変わる夢の仕事”に就く。しかし、それは過酷な環境に放り込まれて死んではまた生き返る仕事だった。

死んでもすぐに新しい自分がプリンターから出てくる。エドワード・アシュトンの小説『ミッキー7』に書かれたこの設定に監督は強く惹かれたという。

「この映画の複製人間は“クローン技術”とは少し違う概念なんです。本作ではまるでプリンターから紙が出てくるように、人間が“出力”されるのです。小説を読んだ時、私は“人間”と"プリント”は組み合わせてはいけないコンセプトだと思いました。尊重されるべき人間の価値が“底をついた”状態になった時に、ミッキーがそれをどのように乗り越えて克服していくのか? これこそが私が語りたいことでした」

ミッキーはワーキングクラス“以下”の存在だ。過酷な労働をさせられ、死んでも誰も気にしない。ここまで極端な設定は初めてだが、ポン・ジュノ作品ではいつも社会の中で光があたることのない、声を持たない者たちの物語が描かれる。

「意識して、そうしようとしているわけではないんですよ(笑)。でも、確かに私はヒーローを主人公にしたことはないですね。特殊なパワーを持っていたり、裕福な人、富裕層の人を主人公にしたこともありません。そういえば、『パラサイト』で裕福な家のセットで撮影をする最初の日に、何回もご一緒している撮影監督(ホン・ギョンピョ氏。『母なる証明』や『スノーピアサー』なども手がける)から『僕たちがこんな裕福な家で撮影するのは初めてですね』と言われました(笑)。これまではみすぼらしい場所でばかり撮影していましたから。

私は、少し足りないような人々、少し欠けたような人々、少し間抜けに見えるような人々に惹かれるような気がします。そういった人々が、到底引き受けることのできないようなミッションを乗り越えようとする。シナリオを書く時にそういった物語に本能的に惹かれてしまうんです。ですから、あえて社会的な物語や、政治的なテーマを描こうとしているわけではありません。そういうストーリーに惹かれてしまうだけなんです。もしかしたら、食事や音楽の“好み”に近いのかもしれません。味の問題ですね。“味噌にする?トンコツにする?”みたいな感じです(笑)」

本作の主人公ミッキーも少し足りない、少し間抜けで、少し欠けている人間だ。しかし、ポン監督はミッキーの“足りなさ”よりも、彼の“善良さ”に目を向ける。

「これまで私の作品では主人公や登場人物たちが過酷な状況に追い込まれて、その渦に巻き込まれてきましたが、この映画で私はミッキーを破壊したくはありませんでした。彼を破壊して私が得られるものは何だろうか?とも考えました。それぐらいミッキーに憐れみを感じたのです」

そのため、本作では物語を語る視点がミッキーに寄り添っている。どんな苛烈な状況であっても、客観的でシニカルな視線が混ざるこれまでのポン・ジュノ作品と違い、そのまなざしには過去作にはない温かみがある。

「本作ではボイスオーバーを使いました。これまで私はボイスオーバーやナレーションをあまり使ってこなかったんです。でも『パラサイト』のエピローグで父と息子が手紙をやりとりする形式でボイスオーバーを使って、とても面白いと思って本作でも積極的に取り入れています。というのも、本作ではミッキーの個人的な視点がとても重要だと思ったからです。客観的な視点よりも、ミッキーの個人的な考えや感情を表現したい。その手法としてボイスオーバーを使ったわけです」

冒頭からカメラはミッキーと並走しながら、どんどん物語を語っていく。ポン・ジュノ作品の魅力は、観客の予想を裏切る展開と、それまでの展開を“脱臼”させるような笑い、そして大胆な省略による疾走感にあるが、それらは本作でも健在だ。

「一般的な映画とくらべて私の映画はショット数は多くないと思います。ただそれぞれのショットが長く、スピード感を上げるために細かくカット割をするようなことはしていません。その代わり、大胆に省略をしている側面は間違いなくあると思います。説明を入れすぎないようにすることで、観客が映画を観終わった後に、あのシーンはどういう意味だったのかな? と気になったり、好奇心をかき立てられて推測してもらえたりします。ですから私は省略については大胆な方だと思っています」

『ミッキー17』も映画始まった瞬間から猛スピードでドラマが進んでいき、想像力が膨らむ省略や伏線を交えながら、主人公を見守る温かな空気をまとまったままクライマックスに向かって全速力で進んでいく。通常の映画なら3時間ぐらいかかるような話をポン・ジュノ監督は2時間強で語ってしまう。このドライブ感と語りの上手さをスクリーンで体感してほしい。ここには唯一無二の時間が流れている。

「そういう風におっしゃってくださってありがたいのですが、私の妻はいつも“あなたの映画は長い!”と言うんですよ(笑)」

『ミッキー17』
公開中
(C)2025 Warner Bros. Ent. All Rights

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