【今週はこれを読め! ミステリー編】二重構造の謎に挑む!〜南海遊『パンドラブレイン 亜魂島殺人(格)事件』

『パンドラブレイン 亜魂島殺人(格)事件 (星海社FICTIONS ミ 3-04)』南海 遊,清原 紘講談社

【今週はこれを読め! ミステリー編】二重構造の謎に挑む!〜南海遊『パンドラブレイン 亜魂島殺人(格)事件』

3月27日(木) 1:15

なんとも魅力的な、この二重構造。

南海遊『パンドラブレイン亜魂島殺人(格)事件』(星海社FINCTIONS)を読んでいる間中、いったい自分は何をされてしまうんだろう、という期待で背筋がうずうずし通しだった。

別ジャンルに分類される作品でデビュー後、2024年に初のミステリー長篇『永劫館超連続殺人事件魔女はXと死ぬことにした』(星海社FINCTIONS)を発表した。同作は2025年3月現在、本格ミステリ大賞の創作部門候補に挙がっており、デビュー作にして受賞の目もある。つまりそれくらい、同好の士に支持された作品になったのである。

『永劫館超連続殺人事件』は、その作品内でのみ成立する超理論や現象を元に謎が解かれる、いわゆる特殊設定ミステリーだった。一口では説明するのが難しい設定で、着想自体もそうなのだが、それを圧倒的な密度の高さで作品化したところに真価がある。単なる思いつきだけの作品ではなかったのだ。私は評判になってから読んで、これはみんな好きになるだろう、と感心した。

その作者の第二作である。やはり特殊な設定はある。あるのだが説明は後回しにしたい。

物語の舞台は亜魂島という離島だ。そこにミステリ研究会の学生たちがやってきて連続殺人事件に巻き込まれる、という定番の設定が用いられている。〈僕〉こと、茂由良伊月の視点から、ぱら、ぱら、ぱらとカードをめくるようにしてその他の登場人物が紹介されていく。その雰囲気はかつての新本格と呼ばれた青春ミステリーの作品群を見ているようで、ちょっと懐かしい。

亜魂島は三年前に大きな事件が起きる前は先端科学の研究所が置かれていた場所で、途中で登場人物の一人が森博嗣『すべてがFになる』(講談社文庫)に言及するくだりがあって心が和む。つまり小説の前半はミステリー読者、特に新本格ムーブメントの後にこのジャンルを好きになった向きの共感を呼ぶような要素が多く散りばめられていて、実はそれが作品全体の趣向に強く関係しているのである。

この小説は、現在と過去のパートが交互に記述される構成になっている。現在パートは島に来て巻き込まれる伊月が視点人物となるものだ。過去パートでは霧悠冬真という名探偵がその役を務める。霧悠冬真、〈存在しないはずの一人(ファントム・アルファ)〉と呼ばれる探偵だ。

過去パートで描かれるのは研究所が閉鎖されるに至った大事件の顛末である。それ以前に〈О事件〉というものがあった。Оと呼ばれる連続殺人鬼が密室の中で、しかも必ず四人ずつを殺害していったというもので、百人近くが犠牲となった。この天才的な犯罪者を冬真が捕らえ、研究所で厳重な監視下に置いていた。そのОを冬真がモニター越しに尋問している最中に事は起こった。なんとОの体が突然燃え始めたのである。他に誰もおらず、完全に密閉されたはずの部屋の中で。この密室変死事件がプロローグに置かれ、以降過去パートではその謎にまつわることが書かれていく。

研究所が扱っていたのは、FICTIONS-Tech、人間の頭脳から記憶を取り出して映像化するという技術だが、その延長線上に非陳述獲得形質高次移植技術というものが生まれた。これは、人間の頭脳から記憶を取り出し、別の人間に移植するというものだ。人格が上書きされるわけで、副題にある〈殺人(格)〉はこのことを指している。題名の『パンドラブレイン』はこの移植技術の通称だ。

人格が移植可能ということがあらかじめ明かされるので、目の前にいる人物は別の誰かなのかもしれない、という可能性がある小説だと読者は認識することになる。これが本作における特殊設定だが、それだけに寄りかかった小説ではない。現在と過去のパートが並行しているので、その構造になんらかの意味があるであろうということは明白である。小説内で進行している事態の謎がまずある。それは平坦な叙述ではなく、異常さを読者に意識させる形で書かれている。その異常さとは何か、というのがもう一つの謎だ。二重構造の謎を解かないと真相には到達できない。

とにかく最後まで読者を楽しませようという意欲に満ちており、好感を抱いた。前述したように、ありがちな青春ミステリー的な展開から入る小説で、その形になっていることにもちゃんと意味がある。これはネタばらしにならないと思うが、私は相沢沙呼『medium 霊媒探偵城塚翡翠』(講談社)に近いものを感じた。ミステリーに愛着があり、過去作の記憶が先入観を作っている読者ほどこの仕掛けにははまると思う。

たぶん作者は新本格以降のミステリーが好きな人で、作中にもそれを感じさせる箇所がいくつかある。前に触れた、森博嗣〈S&M〉シリーズへの言及などもそれだ。ミステリーが好きであることへの自己言及に、成長痛とでも言いたくなる感傷があっていい。

もう一箇所、とても好きなところがある。最後に紹介しておきたい。

現在パートで、殺人事件が起きた後に、孤島ミステリーでは定番の、犯人の侵入を防ぐための罠を仕掛ける場面がある。ありあわせのもので作った仕掛けだ。こう書かれる。

----椅子の上にスマホを立て、先ほど拝借してきた『鉄鼠の檻』と『絡新婦の理』で挟んで固定する。

『鉄鼠の檻』と『絡新婦の理』が重石として説明なしに書かれるのは、新本格ファンの証拠。

(杉江松恋)



『パンドラブレイン 亜魂島殺人(格)事件 (星海社FICTIONS ミ 3-04)』
著者:南海 遊,清原 紘
出版社:講談社
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