第97回アカデミー賞で助演女優賞(ゾーイ・サルダナ)、歌曲賞(「El Mal」)に輝いた『エミリア・ペレス』(3月28日公開)。すべてを手に入れたメキシコの麻薬王が女性弁護士の助けを借りて、“エミリア・ペレス”という女性として新たな人生を歩んでいく激動の物語をミュージカルで描きだす。本作を手掛けたのは、フランスの鬼才として知られ、本作でアカデミー賞監督賞にノミネートされたジャック・オーディアールだ。MOVIE WALKER PRESSでは、3月中旬に来日したオーディアール監督にインタビューをする機会に恵まれた。
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■「音楽を大切にしたかったので、セリフを減らしても歌で物語を語ることにした」
――通常のミュージカルの場合、歌やダンスによってストーリーが停滞してしまうことがあります。しかし、『エミリア・ペレス』は歌がしっかりとストーリーを支えていると思いました。ミュージカルシーンではそういうこだわりがあったのでしょうか。
「仰るとおり、それは意図したところです。この映画のミュージカル部分は、音楽関係の人たちと何度もミーティングを重ねて創り上げていったんですが、彼らに最初にリクエストしたのがまさにそれでした。歌でストーリーが止まるのではなく、歌いつつ、ストーリーをできる限り前に進められるように頼んだんです。ダンスも同様です。役者たちの踊りとストーリーも密接に結び合うかたちで創り上げていきました。
もう一つこだわったのは、これも通常のミュージカルによくあるパターン、普通に喋っていたのが突然歌いだしたり、歩いていたのが躍り始めたり。そういった振付的な部分もなるべくストーリーと融合し、ちゃんと自然な流れになるように心掛けました」
――もしかして、監督はそういった通常のミュージカルは得意ではない?
「実はね(笑)。突然、歌いだしたり踊りだしたり、ああいうのは好きじゃないんです。もう一つ、本音をいえばウエスタンも好きじゃない(笑)」
――そういう通常のスタイルではないミュージカルを撮るということは決めていたんですか?
「そうなります。そもそも私はこの作品をオペラにしようと思っていたんですが、キャラクターたちを変更していくうちにミュージカルのほうがふさわしいと思うようになり、今回のスタイルにしました。その流れのなかでミュージカルを選択したのは、これまでの経験からです。映画撮影において、母国語のフランス語ではない、私が理解できないいろんな国の言語で撮影することも多いのですが、そういう時は無意識に、私の耳にはその言葉が音楽的に聴こえてくるんです。これはとてもおもしろい経験で、これまでもそういうことが度々あったので、ミュージカルという選択になったところはあります。音楽を大切にしたかったので、セリフを減らしても歌で物語を語ることにしたんです。私は今回の挑戦によって、知らない言語で撮るおもしろさを味わいました。そういう言語は映画に音楽性を与えてくれるんです」
――ちなみに、ミュージカルならどんな作品がお好きなんですか?
「好きなのは『シェルブールの雨傘』や『キャバレー』、『ヘアー』もお気に入りです。これらの作品の共通点は、その背景に戦争があるところ。『シェルブールの雨傘』はアルジェリア戦争、『キャバレー』はナチズムの台頭、『ヘアー』はベトナム戦争です。史実や現実に基づいた設定が好きなんです」
――それは監督のほかの作品にもみられる傾向ですよね?
「そうですが、映画を撮る時に私が最初に考えるのは、その企画が映画としての正当性を得ることができるかどうかなんです。映画としての正当性、これに対してはいつも自問自答しています。つまり映画が、なにかできる役割を持てるかどうかであり、シネマとして成立しているかです。いまはとても複雑な世の中で、いろんな衝突や緊迫が毎日のニュースを賑わせていますが、そのなかで映画に役割があるのかと問われると、『あります』とはきっぱり言えないかもしれない…。
とはいえ、個人的にとても興味をもった社会的な事件をひとつ挙げるならば、フランスで起きた“イエローベスト運動”でしょうか。燃料税の引き上げに対するデモで、地方の低層階級の人や、車がないと生活できない人たちが参加しました。でも、燃料税の引き上げはきっかけにすぎず、その運動は全国に飛び火して、世の中に対するうっぷんを晴らすかのような運動へと膨らんでいったんです。あとは、地方の過疎化にも興味があります」
■「私が無視するのは、映画のジャンルが持っている制約」
――そのなかで映画の企画として進んでいるのはあるんですか?
「いや、具体的には決まっていません。私はこれまで、1本が公開に漕ぎついた時には、次作の準備をしていることが多かったんですが、今回はなにもやっていない。『エミリア・ペレス』は製作に4年半を費やしたのでさすがに疲れ果て、しばらく休もうと考えているんです」
――本作のみならず、監督の作品は国境や言語、性別等、すべてを乗り越えるような傾向が強いように思います。この認識は正しいですか?
「いや、ちょっと違いますね。私は別にそういうものを超越したいと思っているわけじゃないんです。ただ、いろんなものに興味があって、その興味の赴くままに撮ってきたというのが正解です。もし、なにかを越えたいというのなら、ジャンルでしょうか。このジャンルの映画なら、こういうふうに創ったほうがいいという規制がありますよね?私はそれを取っ払った映画づくりをしたい。そういうお約束的なことを言われるのが大嫌いなんです(笑)。ミュージカルであろうがウエスタンであろうが、自分のやり方で撮る。私が無視するのは、そのジャンルがもっている制約なんです」
――だから、今回のようなミュージカルになるわけですね。
「そうです(笑)」
――『エミリア・ペレス』は今年のアカデミー賞で作品賞をはじめ12部門13ノミネートされましたし、ほかの作品も様々な映画賞に輝いています。ハリウッドのメジャースタジオで映画を撮る日が来ても不思議じゃないと思うんですが。
「うーん、ハリウッドで撮りたいのなら、もっと早くから動いていたと思います。ハリウッドに興味が沸かないのは、先ほど言った“規制”です。規制が多いところで映画は撮りたくない。でも、役者に関しては違います。ハリウッドやアメリカの役者を使ってヨーロッパで映画を撮るというのはアリだと思います」
――本作のゾーイ・サルダナもハリウッドの女優さんですものね。彼女のアカデミー賞助演女優賞受賞はいかがでしたか?
「とても誇りに思っています。これで彼女のキャリアが大きく変わると思うし、どんどんすばらしいオファーが彼女のもとに舞い込んでくるんじゃないでしょうか」
――いまハリウッドの役者で注目されている人はいるんですか?
「いまはフランスの役者に注目していて、ハリウッドはどうだろう…あ、あの『ANORAアノーラ』のヒロイン、アカデミー賞で主演女優賞を獲得した彼女(マイキー・マディソン)は興味深いと思いましたね」
――最後の質問です。最近の風潮として、映画そのもののクオリティよりも社会的、政治的な要素を優先して評価するという流れがあります。そういう傾向をどう考えますか。
「そういうことに対する個人的な意見はないですが、前も言ったとおり、映画として最も重要なのは、シネマとして成立しているかです。いくら社会的な要素がたくさん詰まっていても、シネマとは呼べないような作品は結構ありますから。そういう意味で私は、ちゃんと“シネマ”と呼べる作品を、これからも創っていきたいと考えています」
取材・文/渡辺麻紀
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