『惑星カザンの桜 (創元SF文庫)』林 譲治東京創元社
3月18日(火) 2:30
日本SF大賞を受賞した『星系出雲の兵站』をはじめ、このところ、複数巻の作品をハヤカワ文庫JAで発表していた林譲治だが、本書は単著としてははじめての創元SF文庫刊となり、三百ページ弱で一巻完結だ。設定もストーリーもスリムにまとまっており、一気呵成に読める。
人類が太陽系外に踏みだしはじめた未来。地球から一万光年離れた惑星カザンで、何らかの文明があることが確認されていた。それはあくまで遠隔の観測であり、当時は一万光年もの宇宙をわたっていくほどの動機はなかった。しかし、カザンの文明活動の兆候がぷっつりと途絶えてしまう。災害か?自滅か?あるいは、他の宇宙文明に滅ぼされたのか?
初めて発見した地球外文明の喪失。戦慄した人類は急遽、七百五十人からなる調査隊を組織する。ワープ航法を繰りかえし七年間かけての航宙は、前代未聞の計画だった。しかし、その第一次調査隊は現地到着後に連絡を絶ってしまう。
物語は、後続の第二次調査隊が、カザンの属する惑星系に到着したところからはじまる。ミッションは、第一次調査隊の探索とカザン文明に関する調査だ。第二次調査隊は、調査船パスカルと巡洋艦オリオンの二隻からなり、乗り組んでいるのは調査に携わる三千人、支援業務の六百人、合計三千六百人である。
調査隊の人数の多さは、林譲治SFならではだろう。惑星調査を十全になすための規模というリアリズムであり、組織のなかでの人間を描くという物語的要請でもある。ちなみに異星生物とのコンタクトを扱った古典、A・E・ヴァン・ヴォークト『宇宙船ビーグル号の冒険』では、学者と軍人を併せて千名が搭乗していた。
『宇宙船ビーグル号の冒険』に情報総合学者のグローヴナーがいたように、本書では第二次調査隊の文明調査班の班長である吉野悠人が主人公である。グローヴナーは組織のなかのアウトサイダー的存在だったが、吉野はあくまで組織人であり、駆け引きやリーダーシップもこなさなければならない。そのあたり、林譲治作品に一貫して流れる大人のSFの雰囲気だ。
もっとも、作品の読みどころは、あくまで次々に提示される惑星カザンの謎と、その謎に立ちむかう過程であらわになる異星の特殊な生態系である。文明と自然とが影響しあってダイナミックに変貌した経緯、そして調査隊がここへ来たことでさらなる変貌が進むさまが、表現においては鮮烈な画像的イマジネーション、ストーリーのうえではサスペンスで綴られていく。
そして、SFのテーマとしては、異質な存在とのファーストコンタクトである。吉野は何度となく不可解な状況に行きあたり、「言葉が通じるからと言って意味が通じるとは限らない」という問題を、さまざまな角度から検討するはめになる。こうした展開は古典的なSFのファーストコンタクトというよりも、意識とは何かをめぐる哲学的思惟――たとえばジョン・サールの「中国語の部屋」――に近い。
(牧眞司)