インディーズ系スタジオの製作ながら全米で大ヒットを飛ばし、ホラーファンを唸らせ、観客の心を大いにザワつかせた注目のサスペンス・ホラー『ロングレッグス』(公開中)。普通の家庭の父親がある日突然、妻子を惨殺するという事件が相次いで起こり、その謎を新人FBI捜査官のリー・ハーカー(マイカ・モンロー)が追いかける。事件はすべて、月の14日の前後6日間のあいだに起こっていた。カギを握るのは、ロングレッグス(ニコラス・ケイジ)と呼ばれる不気味な存在。捜査陣はこの不審人物を拘束するが、事件はこれで終わらなかった…。
【写真を見る】“ここ10年で1番怖い”とも言われた衝撃作…『ロングレッグス』の世界へようこそ
1990年代に流行したサイコスリラーの構造をなぞりつつ、現代的なサスペンスを創造。一方で人並外れた直感力、マインドコントロールとも呪術ともつかぬ邪悪、アイコニックで恐ろしい殺人鬼、不気味な人形…と、本作はリアリズムと虚構が巧みに混ざり合って展開していく。作中に描かれているさまざまな要素は現実にも存在するのか?PRESS HORRORでは、一足先に映画を観賞した、都市伝説や陰謀論に詳しくYouTubeでも人気の怪奇ユニット「都市ボーイズ」の岸本誠、はやせやすひろに話を聞いた。
※本インタビューは、作品後半の展開に触れる表現を含みます。直接的なネタバレはございませんが、未見の方はご注意ください。
■「オスカー俳優のニコラス・ケイジが悪役を演じると、こんなにすごいものになるとは!」(はやせ)
――まずは『ロングレッグス』を観た率直な感想をお聞かせください。
岸本「観る前はもっと王道のホラーなのかなと思っていたけれど、『羊たちの沈黙』や『セブン』、『ゾディアック』のような名作サスペンスの雰囲気もちゃんと持っている作品ですね。それに加えて、Jホラー的な不穏な空気のつくり方がとても上手い。怖いというより不気味な感じがしておもしろかったです」
はやせ「まずタイトルがいいですよね。ロングレッグスは直訳すると“あしながおじさん”という意味だけれども、子どもに恐怖を与える存在で。自分は14日が誕生日なんですが、『ガキの頃に、コイツと会ってたら俺は殺されてたんか』と(笑)。それとロングレッグス、最初のうちはニコラス・ケイジが演じていると気づかなかったんですよ。不気味すぎて」
岸本「電車に乗ってると、たまにこういう人いるよね。一人で歌ってるおっさんとか。ロングレッグスというキャラクターには、そういう人を見かけた瞬間のゾワッとするような、生々しい恐怖感がありました」
――せっかく名前が出たので、ニコラス・ケイジについてもお話しを。
岸本「ここ十数年、数えきれないほどの映画に出ているじゃないですか。借金返済のためにどんな映画にも出ていると聞いたことがありますが、間違いなくこの十数年の出演作のなかでは代表作といえるでしょうね」
はやせ「もともと本人がコミック好きで、ヒーローを演じたい人じゃないですか。『ゴーストライダー』とか『キック・アス』で演じたような。一方ではアカデミー賞を受賞した演技派俳優でもあって、そういう人が悪役を演じると、こんなにすごいものになるのか!というおどろきがありました」
■「テレビで観るような表立った“超能力捜査”は、現実には存在しません」(岸本)
――では、劇中に登場するさまざまな要素について伺っていきましょう。まず主人公のFBI捜査官、リーが持っている特殊な“力”についてです。現実にも、このような“力”を使った捜査が行われることはあるのでしょうか。
岸本「超能力捜査ということでいうと、放送作家としてそのような題材のバラエティ番組に関わった際に、欧米の捜査機関に超能力部署があるのか調べたことがありますが、少なくとも表向きには存在しません。日本のテレビ番組では、さもそういう専門の部署があるように“盛って”紹介していますが、現実には存在しないのではないかと思います」
はやせ「日本でも部署としては存在しないと思います。ただ、直感の強い人が警察官になるというのはよくある話で、たとえば遺留品のバッグを見て、そのなかに殺人の凶器が入っていると言い当てたとか、亡くなった被害者と話したとか、そういう話は聞いたことがあります。それと、これはかなり昔の話ですが、警察官が殺人現場に踏み込んだ際、あたり一面血まみれで、死体も転がっていてこれは酷い状況だと思ったんですけど、ある同僚が『ちょっと待ってください。魂がまだそこにいます』と言いだした。で、よくよく現場を見ると、死体と思っていたのは、まだ生きている犯人だった…という」
岸本「『ソウ』みたいな話だ(笑)。取調室のなかにいるはずのない人の姿を見たと思ったら、それが亡くなった人だった…みたいなケースはよくあるようです。ただ、日本の警察では『霊が見える』『魂が見える』というような発言をする警官は、拳銃の携帯を許されず、捜査の現場からは外されてしまいます。『病院で診てもらってこい』と。だから霊感があると表立って打ち明ける人はいませんし、吞みの席でネタ的に話すことはあっても、公になることはないと思います。が、なかには本当に“力”を持った方もいらっしゃるとは思いますけどね」
■「ロングレッグスには、新興宗教における“先生”のような側面があります」(岸本)
――続いては、ロングレッグスによる謎めいた犯行の手口に話を移しましょう。現実的に捉えると、彼はマインドコントロールを駆使しているように見えます。
はやせ「マインドコントロールされた人って、その状態から簡単には抜けだせないんですよ。被害者の会に出席したこともありますが、家族がどんなに説得しても、さんざんお金を搾り取られて、得るものがなにもなくても、『“先生”の言うことは正しい』と信じている。ロングレッグスが行っている洗脳は、そのもっとも悲惨なかたちです」
岸本「“先生”というのは新興宗教によくみられる存在です。本作はその“先生”がシリアルキラーであるという特殊な例ですが」
はやせ「日本で最近起きた事件ですが、身内を亡くした方が『先生に言われたから』とその身内の遺骨や遺影を持ちだしたんです。その方の家族は当然先生に対して『返してよ』と訴えるわけですが、コミュニケーションの過程で先生は家族も支配下に置いて、大事なものを持ち出させたんだそうです。しかも、主犯は宗教家でもないたった1人の男性だったんです。それくらいマインドコントロールって案外、簡単にできちゃうんですよね。僕は呪物を収集していますが、最初うちの奥さんは『やだ、こんなの』と嫌がっていたけど、いまはすごくかわいがってくれています。これもある種のマインドコントロールですよね(笑)」
岸本「フリースクールでも、洗脳めいたことが行われていた例があります。不登校の児童を集めた学校で、指導者が児童を拉致して性格を矯正した、というような事件があったんです。生徒たちは解放され、常識的におかしいと理解しても、そこから簡単に抜けられない。先生に褒められることが価値観のすべてになってしまっているからです。洗脳が解けたとしても、ふとした瞬間に先生に褒められたことを思い出したりする。本作でいうと、主人公のリーの潜在意識のなかにロングレッグスがいるように感じました。母子家庭で育ったという描写もあって、ロングレッグスをある意味でお父さんのように思っているようにも感じたんです。逆にロングレッグスは、リーが自分を救ってくれると信じている。取調室で2人が対峙した時、ロングレッグスが泣いているように見えるんです。本気で助けてほしいと、彼女に願っていたのかもしれません」
■「呪物を集めているなかで、魂の入った人形と出会うことがあります」(はやせ)
――ロングレッグスは人形というアイテムを用いて、標的の家族に災厄をもたらしますが、その部分はどう見ましたか。オズグッド・パーキンス監督によると、あれは児童が犠牲となった未解決事件ではもっとも有名と言える「ジョンベネ事件」の犠牲者、ジョンベネ・パトリシア・ラムジーの6歳の誕生日に、彼女が両親から等身大の“ジョンベネ人形”をもらっていたという実話をヒントにしたとのことです。
岸本「あー、なるほど。事件そのものは似てないけれど、発想はわかりますね」
はやせ「人形を媒介として、なにも知らない無垢な子どもを呪いに利用するというのは胸糞悪いですね。さっきも言いましたが、僕は呪物を集めていて、そのなかには人型のものがけっこうあるんです。だから、僕としてはこの映画での人形の扱いはかわいそうというか、同情を感じてしまいました。
人形と呪いということでいうと、タイにルクテープという人形があって、僕も現地の市場で入手したんですが、隠れている部分に呪文がビッシリ印字されているんです。その人形は、4歳の時に虐待で亡くなった子どもの魂が込められていると売り手は言っていました。『この子にとっていい思い出のないタイにずっといてほしくない。大事にしてくれるんなら、安く譲るから国に持って帰ってくれ』と言われて買いました。それくらいタイの人は人形ときっちり向き合っていますし、決してネガティブな面ばかりではないと思います。
ただ、人形に人間が操られるという意味では、『ロングレッグス』と似たような話も聞いています。人形供養をしている京都の神社に、ある男性が『この人形の魂を抜いてほしい。怖いから』と持ち込んだんです。で、神社では魂抜きの儀式を行ない、ガラスケースのなかに保管した。数日後、依頼人の男性が怒って乗り込んできて『人形が帰ってきたじゃないか!』と、その人形を持って来たんです。でも神社の方は、『それは違います。あなたが持ち帰ったんです』と。実際、その方の姿は防犯カメラにしっかり映っていた。彼にはその記憶がまったくないんです。こういうことって、あるんですよね」
――本作の終盤で描かれる“悪魔崇拝”という要素は、日本人にはなじみが薄く感じられるように思います。
岸本「先ほど“先生”にあたるのが、本作ではロングレッグスだとお話ししました。しかし、ロングレッグスにとっても“先生”に相当する、さらに上位の存在がいるわけです。それはいわゆる悪魔です。ある人物が人形を届けに行く時、必ずシスターの恰好をしていましたよね。日本では悪魔崇拝と言われてもピンと来ないのが当然だとは思いますが、欧米ではそれに傾倒している人が身近にいたりするんです」
はやせ「それで思い出したけれど、日本のとある島に記者さんが取材に行ったんです。その島は上陸するのが困難なところにあるんですけれど、住民がある物に手を合わせているんです。なんだろうと思って見てみたら動物の石像で、数十年前に、『これに願えば、思いはかなう』と言い残して外国人が置いていったものだと。で、島の住民はそれに手を合わせるようになったんだけど、この動物の像は実はヤギで…つまり悪魔信仰やったんです。記者さんが『これはよくない』と訴えて、その石像は地面に埋められたんですが、その後も住民は埋めた場所に手を合わせている。しょうがないですよね。じいちゃんの代から続けていたことだから。彼らがそのまま悪魔信仰だと知らなかったら、それは悪魔じゃないわけだし、いまでも正しい信仰として続いていたでしょうね」
岸本「確かに、知らず知らずのうちに…というのは信仰のうえではよくあることですね。ですから悪魔崇拝というのも、そんなに珍しいものではないんです」
■「『羊たちの沈黙』で『X-ファイル』で、ラブストーリー。気になった人は観て損はないです」(はやせ)
――では最後に、まだ未見の方に『ロングレッグス』を薦めるとしたら、お2人はそれぞれどうアピールされますか?
はやせ「映画としては、『羊たちの沈黙』だと思ったら、『X-ファイル』が始まって…とジャンルを超えたおもしろさが詰まっているので、気になる方は観て損はないよと言いたいです。僕らの動画のファンの方に言うとしたら…“まるではやせを観るような映画”じゃないかと思います。このまま生きていったら、僕自身がロングレッグスになるような気がするんです。呪物をさんざん集めてるし…」
岸本「じゃあ、はやせの未来を観ることできる映画ということで(笑)。それはともかく、ホラーが好きな人もそうでない人も、楽しめる映画なんじゃないかなと思います。残虐な描写やジャンプスケアがあまりないので、ある意味ホラーらしくはないんだけど、得体の知れない不気味な雰囲気が充満しています。そしてその不気味さのなかにこそ、人間にとっての恐怖の根源があるような気がしますね」
はやせ「僕はこの映画をある種のラブストーリー、愛の映画だとも捉えていて。巷では人を愛しすぎると、その愛は狂気と化していくと言われていますが、僕はちょっと違うんじゃないかと思っています。たとえ裏切られたとしても、愛は愛のままだし、好きであることは変わらない。この映画では、その尖った愛を散々見せられた気がします。ロングレッグスにとってリーは敵ですが、実は彼女に対して汚い言葉を一切吐いていないんです。すべてに対して愛があるのがおもしろい」
岸本「どちらかというとロングレッグスは、彼女に感謝しているような感じでしたからね。いろんな要素がある作品なので、どこを立てて薦めるかは難しいですが、そういう曖昧なところがまた味になっている。エンタメ性の強い映画だから、ホラー好き以外にもぜひ観てほしいですね」
取材・文/相馬学
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