自殺で命を落とす者たちがいれば、未遂で生き永らえる者たちもいる。“死ねなかった”人々はどんな後遺症を抱え、その後どのような人生を歩むのか。彼らの声に耳を傾け、“生きること”の意味を考える。
「気づいたら吊っていた」妻の不倫をきっかけに…
10年前に自宅のトイレで首吊り自殺を図ったという、男性を訪ねた。現在は重度の間質性肺炎という病を抱え、薄暗いワンルームの部屋で一人暮らしている。
「自殺はトイレに行くような感覚。気がついたら、死に神はすぐ隣にいたんです」
当時をそう振り返るのは坂本誠さん(仮名・56歳)。自殺の理由は、妻の不倫だった。
「家業の理容室の経営が厳しくなり、夜もアルバイトを入れて働きづめの毎日でした。私はホテルのレストランの厨房で、妻はスナック。子供が2人いたので、もう必死で。それなのに、妻は若い常連客との浮気に走ったんです」
「『疲れたなあ』とため息をついて……」
当時の怒りを思い出したのか、一気に眉間にしわが寄る。
「妻は『彼は悪くない』と相手をかばい続けた。毎日怒鳴り合い、私はうつ病を発症。そして限界を迎えました」
その日は昼の理容師の仕事に加え、夜は忘年会シーズンでバイトが立て込み、疲れ果てて意識が朦朧としていた。
「玄関の扉を開けて、トイレに向かったんです。『疲れたなあ』とため息をついて……」
記憶はそこで途絶えていた。
「次に目覚めたときは、病院のベッドの上でした」
「次に目覚めたときは、病院のベッドの上でした」
朦朧とした状態で、トイレのドアノブに引っかけたLANケーブルを首にくくりつけた。妻子に心肺停止の状態で発見されたが運よく後遺症は残らなかった。1カ月ほど入院したのち、帰宅を果たした。
「死ぬつもりなんてなかったんです。魔が差すという言葉通り、一瞬の隙に死に神が入り込んだんです」
難病を発症、余命宣告によって「気が楽に」
退院後、妻とは関係を修復できずに離婚。子供たちは成人し、今ではほぼ絶縁状態だ。
「家族が崩壊し、私は一人になりました。それでも知り合いのツテで、理容師の仕事を紹介してもらい、人生を立て直そうとした。しかしその矢先に、難病を発症。余命はあと2年。酸素を作り出す機械がなければ生きていけません。でも終わりが見えているから、自殺しないで済む。だいぶ気が楽ですよ」
死ぬために、今を生きる。部屋には、命を繫ぐための酸素の音が、静かに響いていた。
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取材・文/週刊SPA!編集部
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