東京マラソン 市山翼、赤﨑暁、池田耀平、井上大仁...世界陸上代表の座を目指した日本人トップ争い、それぞれの戦略と誤算

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東京マラソン 市山翼、赤﨑暁、池田耀平、井上大仁...世界陸上代表の座を目指した日本人トップ争い、それぞれの戦略と誤算

3月3日(月) 9:00

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青山学院大・太田蒼生の「激走→失速→途中棄権」が注目を集めた今年の東京マラソン。もうひとつの見どころは、今夏の東京2025世界陸上の代表選考が絡んだ熾烈な日本人トップ争いだった。選手たちの証言から振り返る。

日本人トップ(全体10位)でゴールした市山翼(サンベルクス) photo by Kishimoto Tsutomu

日本人トップ(全体10位)でゴールした市山翼(サンベルクス) photo by Kishimoto Tsutomu





【ゴールするまで日本人トップだと気づいていなかった】ゴール前の石畳、日本人トップ(全体10位)で駆け抜けてきたのは、市山翼(28歳、サンべルクス)だった。40km手前でそれまで先頭だった池田燿平(26歳、Kao)を抜き、日本歴代9位の2時間06分00秒でゴールした。

「池田君が見えたところで、さらに前に日本人がいると思って追いかけて走っていたので、ゴールするまで日本人トップだとは思っていなかったです」

レース後、報道陣による囲み取材を受け、ようやく日本人トップを実感したと笑みを見せたが、池田や浦野雄平(27歳、富士通)といった落ちてきた選手を拾いながら順位を上げる走りは、堅実かつ非常に粘り強かった。

市山は、中央学院大時代にはエースとして箱根駅伝を走り、卒業後は埼玉医科大学グループ、小森コーポレーションを経て、一昨年よりサンベルクスに所属。今年2月9日の全日本実業団ハーフマラソンでは日本歴代8位の1時間00分22秒で優勝し、自信が膨らんだ。

今回は、明確なレースプランはなかったが、「前半にある下りが苦手なので、そこをどれだけラクに走れるかがポイントになる」と考えていた。結果的に下りをうまく走れたことで波に乗れたという。

市山が井上大仁(32歳、三菱重工)や浦野、そして池田を抜いたシーンは仕掛けたように見えたが、市山自身は「自分からそこで仕掛けた感覚はないです。前にいた外国人集団に離されないようにと意識し、粘りきって走って、気づいたら先頭だった」という。

今回のレースは、東京2025世界陸上の代表選考会を兼ねる最後のレースになり、日本記録を更新すれば即内定となったが、そこには及ばず。参加標準記録(2時間06分30秒)はクリアしたものの、吉田祐也(27歳、GMOアスリーツ)が福岡国際マラソンで出したタイム(2時間05分16秒)が最高位のままだ。

「実業団ハーフで優勝させていただいて、そこからの勢いを今回しっかりつなげられたのは自分の力がついてきたんだと思います。自分の目標は、競技者や市民ランナーの目標や憧れになることです。(目標の)タイムを切るとかよりも熱いレースをしたいなと思っているので、今回はそれができたのかなと。記録よりも記憶に残るランナーになり、歴代のすごいランナーのなかに顔を出せたらいいなと思っています」

ふだんはスーパーマーケットで週4日ほど勤務しており、ニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝)で上位に入るようなトップクラスのチームとは練習環境がかなり異なる。たとえ世界陸上の代表に選ばれなくても、多くの選手に勇気と希望を与えたに違いない。

パリ五輪で6位入賞した赤﨑暁(九電工) photo by Kishimoto Tsutomu

パリ五輪で6位入賞した赤﨑暁(九電工) photo by Kishimoto Tsutomu





【目標は世陸の代表ではなく日本記録だった】一方、今回、日本記録(2時間4分56秒)を更新して東京2025世界陸上のチケットを手にするのではないかと言われていた赤﨑暁(27歳、九電工)と池田は、思うような結果を出せなかった。

赤﨑は、昨年のパリ五輪で2時間07分32秒の自己ベストで6位入賞して以降、モチベーションがなかなか上がらず、苦しんだ。2022年のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)前から集中してきただけに、正直なところパリを終えて1年経たずしての世陸挑戦は、肉体的にもメンタル的にもきつかっただろう。それでも高い目標を掲げ、スタートラインに立った。

「今回は、確実に代表を取りにいくということなら第3グループで行くべきかなと思ったんですけど、僕の目標は世界陸上の代表になることではなく、日本記録を出すことだったので、それなら第2グループで行くしかない。コーチと話をして、第2グループで行けるところまで行こうと。ハーフまで62分を切っていく予定で、ほぼ62分(1時02分08秒)で行けたので、そこまではよかったですね」

ハーフまでいいペースだったが、そこからはアップダウンでのダメージとペースが上がったことできつさを感じ始め、31km地点で前を行く池田から離れていった。

「暑さは気にならなかったですが、後半、(全体の)ペースが上がったところからついていけなかった。それが今回の結果になったと思います」

MGCの時に見せた最後のスピードを、東京では発揮することができなかった。それでも1km3分を切るハイペースでのマラソンに挑戦し、未知の領域で走ったことは今後につながるいい経験になったことだろう。赤﨑は、今後も日本記録更新を第一目標にして挑戦を続ける。

日本歴代2位の記録を持ち、注目を集めていた池田耀平(Kao) photo by Kishimoto Tsutomu

日本歴代2位の記録を持ち、注目を集めていた池田耀平(Kao) photo by Kishimoto Tsutomu





【最初からリズムに乗りきれなかった】昨年9月のベルリンマラソンで日本歴代2位の記録(2時間05分12秒)を出した池田も日本記録を狙いにいった。

「5km14分40秒(ペース)で行くことを決めていて、(ペースメーカーも)設定どおりにいってくれたので、ペースとしては問題なかったです。でも、自分の感覚と実際のペースが一致しなくて......。設定のタイムは余裕を持って走れるような状態に作ってきたんですけど、スタートしてからリズムに乗りきれなかったんです。前を走る選手に合わせてもなんかハマらないし、後ろで自分のリズムで行ってもうまくいかないなぁって感じがずっと続いていました」

中間地点は1時間02分09秒で、そのままいけば2時間4分台が見えていた。最初はリズムが噛み合わなかったが、25kmを過ぎると自分の走りがハマるようになった。35kmまでそのペースで行こうと決めた。

「30kmを超えて、このまま行くと赤﨑さんとの勝負かなと考えてはいました。その時に後ろから来る選手のことも考慮すべきだったんですけど、赤崎さんとの対比で自分のほうが余裕があると感じて後ろを気にせず、前を行く海外の選手についていったんです」

だが、35km手前で池田に異変が起きた。走りに余裕がなくなり、「まだ距離があるな。長いなぁ」と思ってしまった。

「その時点で厳しくなってしまいました。時計を見ても1km3分08秒ぐらいに落ちたので、もう日本記録どうこうという話ではない。あとは、どこまで粘れるかというのを考えて走っていました」

ベルリンから東京まで試行錯誤を重ねながらも練習をしっかりとすべて消化し、コンディションもよかった。しかし、結果だけが出なかった。レース後、池田は苦悩の表情を浮かべていた。

「うーん、何かを変えていかないといけない部分はあると思いますが......。従来やってきたことに対して、やらなきゃじゃなくて、余裕を持ってやれるようになることが大事かなと思いますね」

ベルリンで好タイムを出していただけに、今回、池田への注目度は非常に高かった。そうした周囲の期待が、もしかすると池田の余裕度に少しずつ影響を及ぼしていたのかもしれない。

4年ぶりに自己ベストを更新した井上大仁(三菱重工) photo by Kishimoto Tsutomu

4年ぶりに自己ベストを更新した井上大仁(三菱重工) photo by Kishimoto Tsutomu





【今回ダメならもうどうしようもないなって......】期待された選手が苦しんだなか、復活を遂げた選手もいた。自己ベストを33秒更新し、2時間06分14秒で日本人2位(全体12位)に入った井上だ。

「今回は、久しぶりのレースだったのですが、練習はできていました。池田君たちと勝負したかったなと思っていましたが、まずは着実に走ることを目的にしました。レースは、もう本当に苦しいというか、粘りだけでした。でも、久しぶりに6分台と自己ベストを出せたので、ここからが新しいスタートというか、次につながるレースになったんじゃないかなと思います」

井上は少しホッとしたような表情を見せた。前回の自己ベストは2021年2月のびわ湖毎日マラソンだった。しかし、以降はなかなか更新できず、MGCも7位に終わり、パリ五輪出場の夢が潰えた。それから復活を目指し、練習を丁寧に積み重ねてきた。

「今回、練習ができていたので、ダメならもうどうしようもないなって思っていました」

何かしらの覚悟を決めてのレースだったのだろう。ひとつでも上を狙い、タイムを出す。前の選手が落ちてくることはあまり望めなかったが、それでもあきらめずに我慢して走ったことで、それが現実になった。

「思っていたところからは遠いタイムだったので、満足できる結果ではないです。でも、周囲のレベルが上がってきているなか、自分も遠回りでもゆっくり進んできている。今後は日本のレベルが上がったなかで勝負するのはもちろんですけど、世界との勝負ももう一度していきたいなと思っています」

32歳のベテランの復活は、大阪マラソンで日本人トップ(2時間5分39秒)の近藤亮太(25歳)や、2023年ブダペスト世界陸上の代表の山下一貴(27歳)ら同じ三菱重工の選手たちへの大きな刺激になるだろう。もしかすると井上自身のキャリアをさらに高めていくターニングポイントになるかもしれない。

東京2025世界陸上の男子の代表選考レースはこれですべて終了。この日、日本人トップの市山も最大3枠の代表に選ばれるどうかは何とも言えないところだが、それぞれの選手が、それぞれの思いを胸にベストを尽くし、42.195kmを走り抜いた。マラソン代表は今月の日本陸連の理事会で決定する。

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