全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
【写真を見る】リング型ドーナツで定番人気のバニラシュガー(左)、素朴な甘さがあとを引くきび砂糖
四国編の第20回は、香川県高松市の「COPOLI DOUGHNUTS」。12年前のオープン以来、厳選素材を活かした優しい味わいの手作りドーナツと自家焙煎のコーヒーの取り合わせで、地元の厚い支持を得る人気店だ。「ドーナツに合う、コーヒーの組み合わせを常に考えています」という店主の魚岸さんは、開店後に焙煎に着手し、2016年にカフェスペースを併設したのを機に、本格的にロースターとして始動。近年は、コーヒー部門として「JEFFERSON COFFEE」のブランドを掲げ、ロースターの勉強会や競技会にも参加するなど活動の幅を広げている。今も進化を続けるコーヒーとドーナツの新たなペアリングで、個性を発揮するユニークな一軒の足跡をうかがった。
Profile|魚岸大嗣(うおぎし・だいじ)
1977年(昭和52年)、富山県生まれ。大学卒業後、名古屋のスターバックスに勤務し、マネジメントやサービスを学ぶ傍ら、スペシャルティコーヒーの醍醐味に開眼。その後、高松の支店への異動を経て、2012年に独立し、「COPOLI DOUGHNUTS」をオープン。2016年に、カフェスペース「こぽりのとなり」を併設し、同時に自家焙煎にも本格的に着手。2023年に、初めて参加した焙煎の競技会・COFFEE COLLECTION WORLD DISCOVERのNatural部門で準優勝。2024年から、コーヒー部門の新ブランド「JEFFERSON COFFEE」を立ち上げ、ロースターとして活動の幅を広げている。
■転勤がきっかけでできた高松との縁
大小の商店街が縦横に入り組む、高松の繁華街を東西に貫く目抜き通り沿い。一見、ブティックのような店先から中をのぞくと、陳列台にはできたてのドーナツがずらり。片や、窓際に置かれた焙煎機が目を引く、隣のカフェスペースを見れば、コーヒー専門店の趣もある。店主の魚岸さんによれば、「何屋さんかと聞かれたら、ドーナツ屋と答えます」との由。2012年の開店以来、「COPOLI DOUGHNUTS」は、ドーナツ専門店でもありロースターでもある、ユニークなスタイルで地元の厚い支持を得ている。
そもそも魚岸さんは、学生時代を過ごした名古屋のスターバックスに勤めていたが、高松の支店への異動。この環境の変化が、開店にいたる大きなターニングポイントになったという。「当時、独立するなら40代くらいと思っていましたが、香川では若くして独立する方が多いこともあって、想像よりも5年ほど早いタイミングになりました」と振り返る。実は高松は、名物のうどんをはじめ、“手ごろでおいしい”に価値を置く土地柄ゆえ、かつては商売が難しい街というイメージもあったとか。ただ、裏を返せば、食いしん坊気質で、普段からおいしいものに出し惜しみしないということでもある。それゆえ、今でも小さいながら個性を発揮する個人店が多く、そんな街の気質も魚岸さんを後押ししたのかもしれない。
一方、前職時代はコーヒーそのものより、店舗のマネジメントやサービスに関心が大きかった魚岸さんだが、東京のNOZY COFFEEを訪れたのがきっかけで、本格的にコーヒーに傾倒していったとか。「たまたま立ち寄って、何気なく飲んだだけでしたが、メニューに5、6個ほど記されていたフレーバーのプロファイルが、全部その通りに感じられたのが衝撃的で!深煎りだと繊細な風味はわかりにくかったし、当時、浅煎りは極端に酸味が強いものが多かった中で、これは一線を画していました」と振り返る。
東京での新鮮な体験を経たことで、自店もコーヒーを主体としたカフェをイメージしていたが、物件のサイズが小さかったこともあり、まずはテイクアウトメインでスタート。元はベーカリーの跡地だった縁もあって、ドーナツ専門店を思いついたという。「実は、高松はうどんと並んでパン屋さんが多い街。すでに店の数が多かったので、当時は個人店ではほぼなかったドーナツに着目しました」と魚岸さん。小麦粉文化の香川で鉄板の人気を誇るのが、粉もんと揚げもん。ドーナツは、まさに2つの定番にぴたりとハマるメニューだ。それより何より、魚岸さん自身、あんドーナツが大好物だったのが大きな決め手に。「あんドーナツを出したい一心で、生地作りも試行錯誤しました。本当はあんドーナツ専門店にしたかったくらいだったけど、さすがに妻に止められました(笑)」と言うくらいで、店頭に並ぶ8~10種のラインナップにも、必ずあんドーナツは欠かさない。近くの製餡所の上質のあんを吟味し、バリエーションも幅広く考案。いまや店の代名詞ともなっている。
■ペアリングの軸は好物のあんドーナツ
ドーナツのベースの生地は、イーストを用いた発酵生地。リングタイプはもっちりとした弾力、フィリングを包むタイプは、加水、油脂を多めにしたリッチな食べ応えと、種類に合わせて仕上がりを変えている。なかでも最大のポイントは、口溶けと歯切れだ。「揚げものだけど、あっさり食べられる味が理想ですが、柔らかさと食感のよさは相反する要素なので、意外と両立するのが難しい。イースト発酵はどうしても粘りが出るから、粉の配合を考え、米油で揚げてさらっとした質感に仕上げるなど、軽やかさを出すことに腐心しました」。さらに、フィリングを包むタイプは、中身を後で入れることも可能だが、先に生地で包んでから揚げるのもこだわりの一つ。「中身と生地の一体感が全然違う」と言う通り、歯ごたえが残るギリギリの柔らかさに仕上げた生地は、最後にはフィリングとの差がわからないほどに。まろやかな甘味が余韻に残る食後感はあくまで軽快だ。
開店後は、試行錯誤を重ねたドーナツに合う、コーヒーの組み合あわせをずっと考えていたという魚岸さん。2016年に隣の店舗が空いて、広いカフェスペースが併設されたことで、ようやく目指すイメージが形になった。開店以来、店の営業と並行して焙煎も始め、手網からサンプルロースター、小型焙煎機ディスカバリーと徐々にステップアップ。カフェスペースの拡張に合わせて、大型焙煎機を導入して、本格的にロースターとしての環境が整った。もちろん、コーヒーの味作りは、ドーナツとのペアリングが前提。その基準となったのも、好物のあんドーナツだ。「一般的にドーナツに包むあんは糖度60度くらいが多いんですが、ここでは45度と甘さは控えめ。そこにフルーティーなコーヒーの風味が合うと感じていました。自分が浅煎り好みというのもありますが、深煎りだとコーヒーが勝ちすぎるので、今は中浅煎りくらいのレンジが中心です」
現在、店頭に並ぶ豆はシングルオリジンのみ8種ほど。デイリーに楽しめるスタンダードな銘柄と、希少銘柄など個性が際立つスペシャルな銘柄の2ラインで提案している。ホンジュラス エル・プエンテ農園のナチュラルの、白ブドウのような涼やかな甘さと、ほのかに酸味のあるカシスチーズクリームのドーナツ、グアテアマラのゲイシャの紅茶のような華やかな芳香と、甘味にコクのあるカスタードクリームやキビ糖ドーナツなど、相性のよさは食べ合わせてみれば瞭然。イートインメインで営業する夏場は、ペアリングをテーマにしたイベントを開催することもあるとか。一度味わえば、いろんな組み合わせを試したくなるのも、さもありなんだ。
■焙煎競技会を機にロースターとして心機一転
とはいえ、「ドーナツは好きが高じて作り始めたけど、コーヒーはやり出すとついのめり込んで、悩みしかない」と苦笑する魚岸さん。トライ&エラーを繰り返し、イメージに近い味になってきたのは最近のことだという。2023年は、さらに焙煎の技術を学ぶべく、徳島のカモ谷製作舎を中心にした焙煎の勉強会にも参加。世界基準のカッピングの進化にも触れ、「今まで何となくぼんやりしていた焙煎が理論づけてとらえられるようになり、はっきり見えるようになった」と手応えも感じている。また、同じ年に、東京のGLITCH COFFEE & ROASTERSが主催する、シングルオリジンの焙煎競技会・COFFEE COLLECTIONに初めて参加し、Natural部門で準優勝を獲得。「コルシカ珈琲に行ったら、たまたまGLITCH COFFEE & ROASTERSの鈴木さんが来ていて、競技会の話になって、軽い感じで応募したので、自分が一番驚いてます(笑)」と、本人も望外の結果は、自信になったはずだ。
この入賞を機に、今年から店のコーヒ―部門として新ブランド・JEFFERSON COFFEEを立ち上げ心機一転、ロースターとしての取り組みも力を入れる。「競技会にはコポリドーナツとして出場しましたが、ドーナツ屋のイメージが強すぎてロースターとして認知されにくかったので、独立したブランドを作りました。名前を変えたら、イベント出店のときなども、意外にコーヒー目当ての若いお客さんも来てくれるようになったと感じます」。また、カガワコーヒーテーブルの活動にも、JEFFERSON COFFEEとして参加。「今まで点で活動していたのを、面にして広げる取り組み。若手ロースターが出てくるきっかけに」と、新たな活動の幅を広げている。
創業から12年で、高松にもドーナツ専門店が増えたが、「自家焙煎しているところはないので、独自の個性になっています。といっても豆の販売を広げるというよりは、コーヒーは今も趣味の延長みたいな感覚。ロースターとしてはまだ経験が短いですが、近年はコーヒー自体がどんどん進化しているから楽しい。これから最新の技術、知識を追いかけていきたい」と魚岸さん。スタンスはあくまで、ドーナツありきのロースター。進化するコーヒーとの新たなペアリングを楽しみに、通いたくなる一軒だ。
■魚岸さんレコメンドのコーヒーショップは「CORSICA COFFEE DEVELOPMENT」
次回、紹介するのは、香川県高松市の「CORSICA COFFEE DEVELOPMENT」。
「店主の吉村さんとは、オープンの時期が同じくらいで、開店してから紆余曲折を経て続けてきたところに、シンパシーを感じます。深煎り嗜好の土地柄で、浅煎りを広めたパイオニア的な存在で、高松で“浅煎りオンリー”ときっぱり言えるコーヒー店は、ほかにない個性。絶えず探求心を持って、味作りを突き詰めることが吉村さんの強み。ブレずに信念を貫く姿勢でファンを広げています」(魚岸さん)
【COPOLI DOUGHNUTS のコーヒーデータ】
●焙煎機/ギーセン 1.5キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(オリガミ)、エスプレッソマシン(シモネリ)
●焙煎度合い/浅~中煎り
●テイクアウト/ あり(500円~)
●豆の販売/シングルオリジン5~6種、100グラム900円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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