■『今こそ女子プロレス!』vol.24
真白優希前編
「どうして自分を責めるんですか?他人がちゃんと必要な時に責めてくれるんだから、いいじゃないですか」
ノーベル物理学賞を受賞したアルベルト・アインシュタインの言葉である。
また、芸術家の岡本太郎はこうも言っている。
「自分自身を責めることで慰め、ごまかしている人が意外に多いんだよ。そういうのは甘えだ。みじめな根性だと思うね」
10月にアイスリボンのICE×∞王座を獲得した真白優希 photo by 林ユバ
自分を責めることは、天才たちにとって愚かな行為なのだろう。しかし、アインシュタインも岡本太郎も、プロレスラー真白優希の人生を知ったら、それを「愚か」と言えるだろうか。いつもオドオドしていて、謙遜ばかりしている、「私なんて」が口癖の、彼女の人生を知ってもなお、「愚か」と言えるだろうか。
これは「へなちょこ真白」と呼ばれた彼女が、ひとりで生きていく"強さ"を身につけるまでの物語である。
【いじめに遭うも、「負けたくない」と生徒会に立候補】真白は2001年、兵庫県に生まれた。両親、妹、2人の弟の6人家族。家はいつも賑やかだったという。父は自衛官で、厳しく育てられた。
内気で、大人しい子どもだった。自分の意見を言えず、人と目を合わせるのも苦手。人前に出ると声が裏返るため、なるべく目立たないように生きていた。
将来の夢は看護師。医療系ドラマが大好きで、人を救える職業に就きたいと思った。
中学に入ると性格は明るくなった。走ることが大好きで、陸上部に入部。友だちも多く、楽しい学校生活を送っていたものの、2年生の時、いじめに遭う。クラスのリーダー格の女子と同じグループにいたが、悪口を言い合う関係が嫌でグループを抜けると、毎日のように悪口を言われたり、LINEで攻撃されたりした。
しかし「いじめに負けたくない」と思った真白は、生徒会に立候補する。演説を行ない、見事、書記に選ばれた。その後もいじめは続いたが、泰然自若としていたら真白の味方が増え、徐々にいじめはなくなった。
高校1年生の時、父に「アイスリボンのプロレスサークルに通ったらどうだ?」と勧められた。父は格闘技ファンで、たまたまアイスリボンの優華が出演するドキュメンタリー映像を観たのだった。真白は運動不足を解消しようと、サークルに通い始める。
プロレスを観たこともない。ルールもわからない。しかし6歳から器械体操を習っていたため、飲み込みは早かった。前転も後転も倒立も、難なくできた。
高校卒業後は、附属の大学の看護科に進学するつもりだった。しかし進路を決める際、父に「プロレスラーになってみたら?」と言われ、心が揺らいだ。昔から真白に「いろいろな経験をしてほしい」と言っていた父。「プロレスラーは特殊な職業だけど、一度はそういう世界に足を踏み入れてもいいんじゃないの?」と言われ、プロレスラーになる決意をする。
【ヘッドロックでギブアップ。ついたあだ名は「へなちょこ真白」】2020年4月、高校卒業と同時にアイスリボンに入門。同年6月に新木場1stRING大会で、つくしとエキシビジョンマッチを行なうも、最初のヘッドロックでタップしてしまった。
「初めてリングに上がって、『なんでこんなところに上がってるんだろう?』と思っていたらヘッドロックされて......めっちゃ痛いし、つくしさんも怖いし、タップしちゃったんです。試合後は、終わった安心感から号泣しました」
上野大会でエキシビションをやった際も、対角に立ったトトロさつきを見ただけで怖くて号泣しまい、コーナーで泣き続けた。その後もバックドロップの体勢に入られただけでギブアップするなど珍プレーを続出し、いつしか「へなちょこ真白」と呼ばれるようになった。
8月9日、横浜文化体育館大会にて、4対4のイリミネーションマッチ(尾崎妹加&テクラ&星いぶき&海樹リコvs. トトロさつき&バニー及川&Yappy&真白優希)でデビュー。真白は最後までエプロンの下に隠れ、自陣の最後のひとりとして残ったが、尾崎に見つかり逆エビ固めでギブアップした。
11月29日、SKIPシティ多目的ホール大会にて、世羅りさの保持するFantast ICE王座に挑戦。しかし、またもやジャイアントスイングでギブアップするという珍プレーをやらかしてしまう。
「本当にへなちょこで、試合後にいつも倒れていた記憶があります。控室でずっと介護されていました。いつも経口補水液を持っていたんです。真白専用の経口補水液が必ず用意されていましたね」
【主力8選手が大量離脱。ベルトを初戴冠するも......】そんな真白にターニングポイントが訪れる。2021年12月、アイスリボンの主力8選手が大量離脱したのだ。タッグ王者組(リボンタッグ王座)の世羅りさ&雪妃真矢、WUW王者であり次期Fantast ICE王座挑戦者の藤田あかね、10年以上所属している柊くるみや宮城もちを筆頭に、鈴季すず、テクラ、弓李――。残された選手たちは、「私たちが頑張っていかなければならない」と覚悟を新たにした。
年明けの2022年1月16日、後楽園ホール大会にて、真白は尾崎妹加の保持するトライアングルリボン王座(3WAYマッチのベルト)に挑戦し、もうひとりの挑戦者・松本都に勝利して王座奪取。キャリア初タイトル戴冠を果たした。
2022年からアイスリボンは新しくなる。ベルトも獲った。いつまでも「へなちょこ真白」でいるわけにはいかない。「強くならなければいけない」「団体を引っ張らないといけない」と思った。自身の試合映像を徹底的に分析し、どこがダメだったのか研究するようになった。練習内容も変え、「手応えがあった」という。
6月に開催された「ICE×∞王座決定トーナメント」で、決勝に進出した。初めての後楽園ホールでのメインイベント。しかも対戦相手は憧れの安納サオリ。嬉しさ、誇らしさ、プレッシャー......抑えきれない感情が込み上げ、試合前にボロボロ泣いた。結果は、安納の勝利。強くなっても、団体最高峰のベルトには手が届かない。悔しさでまた泣いた。
真白は9月に記者会見を開き、突如、年内で引退することを発表した。記者から今後の活動について尋ねられ、「世界に旅に出たいです」と答えた。しかし、本当の引退理由は違った。「初めて言うんですけど......精神を病んでしまって」と、躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「本当の自分と真白優希というレスラーの間に、溝ができてしまったんです。本当の自分は内気な性格だし、人前に出るのが苦手。SNSも得意じゃない。でも真白優希は元気で明るい、摩訶不思議なキャラクター。表向きは『アイスリボンを引っ張っていきたい』と言いながら、どんどん本当の自分とかけ離れていって、覚悟がないままリングに上がっていた時期もありました。『このままだとケガをしてしまうし、精神的にも潰れてしまうな』と思いました」
ボーっとするし、夜、眠れない。精神科に通い、抗うつ剤を服用した。しかし、薬に頼りながらリングに上がるのがつらくなり、引退を決めた。もう戻るつもりはなかった。
(後編:給料未払いでも団体に恩返し「お客さんを笑顔にできるチャンピオンに」>>)
【プロフィール】
真白優希(ましろ・ゆうき)
2001年4月18日、兵庫県生まれ。高校3年間、アイスリボンのプロレスサークルに通い、卒業後に入門。2020年8月9日、横浜文化体育館大会にて4対4のイリミネーションマッチでデビュー。2022年1月16日、トライアングルリボン王座を戴冠。同年12月31日、引退するも、2024年1月27日、後楽園ホール大会にて現役復帰。10月19日、YuuRIを破り、ICE×∞王座を戴冠。給料未払いを契機に、10月末で所属契約を解除し、11月からフリー。153cm、47kg。X:@mashiro_yuki89
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