中小企業コンサルタントの不破聡と申します。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、「有名企業の知られざる一面」を掘り下げてお伝えしていきます。
引越し費用が高騰しており、100万円を超えるケースも珍しくなくなりました。背景にはガソリン価格と人件費の高騰、タワマン人気、そして運送業界に働き方改革が導入された「2024年問題」があります。
3月の見積もり金額の最高額は「117万円」
見積もり比較サイト「引越し侍」の調査によると、繁忙期の適正価格は50万円から80万円。見積もり金額が100万円前後になることは相場的にあり得る範囲とのこと(「【引っ越し繁忙期調査】」)。2020年から2024年にかけて、引越し料金は右肩上がりに高騰。特に2025年3月は上旬から下旬にかけて、通常月よりも2.2倍程度に上昇することがわかったといいます。
このリリースには、見積もり金額についての投稿が話題になった人物のコメントも記載されています。いわく、3月の見積もり金額の最高額は117万円で、以前類似条件で見積もりを取った際の価格は15万円だったのとのこと。車で15分程度の移動で、3社に見積もりをとったところ、3社ともに100万円前後でした。ちなみに荷物量はほとんど変わっていません。
3月は一番の繁忙期。総務省の「住民基本台帳人口移動報告2024年」によると、2024年3月における、都道府県内移動と他都道府県からの転入者数の合計は37万8701人。年間の平均は22万3708人で、この月だけ1.7倍に膨らんでいます。
「高い見積もり」を出して引越し会社は儲けている?
引越し需要が3月に集中するため、価格が上昇するのはある程度しょうがないでしょう。しかし、これまでの常識からすると100万円を超えるというのは、あまりに違和感があるのではないでしょうか。
引越し会社が不当なほどの儲けを得ているのではないか? と感じるかもしれませんが、実際はそうではないようです。業界大手のサカイ引越センターは、2018年3月期から2021年3月期にかけての営業利益率は11%台でしたが、価格高騰が顕著になった2022年3月期から2024年3月期にかけては10%台で推移しています。
やはり、2025年の価格が驚くほど上昇している背景には、運送業界の2024年問題が大きく関係しているでしょう。
1万人近い従業員数でも仕事が回らない事情が
運送業界の「2024年問題」とは、トラックドライバーの時間外労働が960時間に制限される上限規制のこと。労働時間が短くなることで、仕事量が不足する現象を指します。
サカイ引越センターは2024年3月末時点で、引越し事業に臨時従業員を含めて9812人が従事しています。しかし、繁忙期は自社の人員だけで賄うのは難しく、運送業者に仕事を委託することも珍しくありません。
トラックドライバーにとって、春の引越しシーズンは稼ぎ時。特に需要が高い土日をフル稼働させることもありました。しかし、労働時間が制限されると、積極的に仕事を引き受けようとしなくなります。「引越し侍」の調査では、8割の会社が2024年問題の影響があると回答しました。
3月下旬は特に忙しい時期であり、パートナーとなる運送業者が動かないとなれば、仕事が受けられません。しかし、見積もりを依頼されれば出さざるを得ないのも実情。そうなると、見積もり担当者としてはとても依頼できないような高めの金額を出すこともあるでしょう。いわゆる“お断り見積もり”です。仮にその金額で依頼がきてしまったとしても、高額であればどこかの運送業者が動くでしょう。
引越し業界は構造そのものが大きく変化しており、この流れを変えることはできません。繁忙期の料金は高額であることを消費者がよく理解し、上手く利用することが求められます。
住民からのクレームも多い「タワマンの引越し」
気を付けたいのが近年人気のタワーマンションへの引越し。多くの制限が課されるのです。SUUMOのアンケート調査で、タワマンの引越しで困ったことを聞いたところ、料金の高さを挙げたのが27.2%。時間帯の制約が18.7%、引越し会社を選べなかったが14.9%、マンション内での引越し日の調整の大変さが14.5%となりました(「タワーマンションの引越しで困ったことランキング」)。
新築マンション工事が終わると、一斉に入居が始まるために引越しが殺到します。エレベーターの数と搬入経路は限られているため、好き勝手に作業を行うことができません。そのため、幹事会社がスケジュールを取り仕切るという慣習があります。もちろん、幹事会社以外にも依頼することはできますが、調整は幹事会社が行うために自由度が低くなるのです。
面倒なので幹事会社に依頼するという人が多く、競争優位性が失われるため、結果的に料金は割高になります。
引越し会社にとって、タワマンの案件は決して美味しいものではありません。搬入に時間がかかり、狭い通路を運ぶために養生などの必要な作業が増えるためです。通路が一時的に塞がれる、エレベーターが使えないとなると入居者のクレームにもつながり、その対応に追われることにもなります。
幹事会社以外の引越し会社も、タワマンの案件は積極的に受けたがらず、結果的に料金は割高になるということもあるかもしれません。
国土交通省は「引越し時期の分散」を求めるが…
ともあれ、引越し料金が高いのは3月に集中するためであり、企業や省庁が転勤の辞令を出す時期が一番の焦点になります。
引越し時期の分散を求めてきた国土交通省は、1ヶ月前に出していた内示を2025年の春から1週間前倒ししました。海上保安庁でも発令日を3月15日、4月1日、4月15日の3つに分けて時期の分散を行っています。
国土交通省は引越し時期を分散するよう民間企業にも呼び掛けていますが、決算が3月に集中する日本の企業において、時期をずらすというのはあまり現実的ではありません。結局のところ、消費者や引越し会社、運送業者にしわ寄せが及ぶ構図になっているのです。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界
【関連記事】
・
ユニクロ、しまむらに次ぐ「業界3位」の底力。“地盤沈下”しない2つの理由
・
個人店の廃業が相次ぐ“6000億円”ラーメン市場の中で急成長する「人気ラーメンチェーン」2社の勢い
・
回転寿司チェーンで“ひとり負け”状態のかっぱ寿司。大手3社と分かれた明暗
・
「ドラッグストア業界1位と2位の統合」で超大型チェーンが誕生。浮上する商売敵の“意外な正体”とは
・
大量閉店「サンマルクカフェ」が陥った“想定外の事態”。地方と都市部で異なる課題に苦しむハメに