全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
【写真を見る】アジア圏を中心に、さまざまな国のコーヒーファンが次々と訪れる。時には開店前から列ができることも
関西編の第95回は、大阪市西区の「Mel Coffee Roasters」。店主の文元さんは、オーストラリア・メルボルンでスペシャルティコーヒーの魅力に出合い、現地でバリスタ修業。大阪ではいち早く、オーストラリアのカフェカルチャーを伝えた先駆者でもある。近年は、扱う豆の質を向上させ、種類も幅を広げ、店頭のセレクトを通して進化を続けるコーヒーの楽しみを伝えている。「バリスタの存在価値を上げるために、コーヒーへの期待感をより高めていきたい」という文元さん。いまや海外のお客にも支持を得る、この店で出合える“記憶に残るコーヒー”とは。
Profile|文元政彦(ふみもと・まさひこ)
1983(昭和58)年、大阪市生まれ。自動車メーカーのエンジニアとして勤務した後、世界一周の旅を経て、ワーキングホリデーでオーストラリア・メルボルンへ。現地のカフェカルチャーに触れ、スペシャルティコーヒーとの出合いをきっかけにバリスタに転身。帰国後、大阪・本町のmillpourで2年半、バリスタを務め、2016年に「Mel Coffee Roasters」を開業。2024年に2号店をオープン。
■オーストラリアで出合った“記憶に残る味”
心斎橋や南船場のにぎわいの中心から、西へ少し離れた新町界隈。住宅街も入り混じるエリアには、個性的なセレクトショップや飲食店が点在している。その街の一角、まだ人通りも少ない午前中にも関わらず、「Mel Coffee Roasters」の店先には、すでに開店待ちのお客が列をなしている。よく見ると、そのほとんどは海外からの旅行客。さまざまな国の人々が、一人また一人と現れ途切れることがない。「コロナ禍以降、海外の方が急に増え始めて、今ではこれが日常になっています」という店主の文元さん。インバウンドが多い大阪とはいえ、観光地でもないエリアの小さなロースターを世界に知らしめたのは、「The 50 Best Coffee Shops In The World」なる海外の記事がきっかけ。「Mel Coffee Roasters」は2019年にワールドランク3位、アジアランク2位を獲得。その後もトップ10にランクインしたことで、一躍、海外から注目の存在となった。
「特にアジア圏の方々は、近年になってスペシャルティコーヒーを入口にファンになった人が多く、コーヒーに対する関心も日本以上に高まっています」。そう話す文元さんが、スペシャルティコーヒーの醍醐味を知ったのは、15年前、オーストラリアでのことだった。当時は自動車メーカーのエンジニアだったが、自らの進路を見つめ直し、見聞を広めるために世界一周の旅を敢行。その後、さらに語学を磨くべく、オーストラリア・メルボルンへと渡る。ここで、現地のカフェカルチャーに触れたことが、コーヒーの世界への入口となった。
「語学の勉強のために滞在しましたが、メルボルンは、コンビニでもエスプレッソマシンが置いてあるような環境で、あのスターバックスが出店をあきらめたほど、個人経営のカフェが根付いた街。自然と毎日、コーヒーを飲む習慣ができましたね」と振り返る。数あるカフェを訪ねるなかで、とりわけ盛況だった一軒が、ブラザー・ババ・ブーダン。何気なく立ち寄ったこの店に、衝撃の体験が待っていた。
「後々知ったのですが、ここは現地でもいち早くスペシャルティコーヒーを発信した草分け的なカフェでした。そのコーヒーは苦味がまったくなく、甘い上に心地よい酸味もあり、それまで飲んできたコーヒーと同じものとは思えない味わい。あまりにインパクトが強すぎて、それから毎日のように通い詰めました」と文元さん。忘れられないスペシャルティコーヒー初体験を経て抱いた、“記憶に残るコーヒー”を多くの人に知ってほしいとの思いが、「Mel Coffee Roasters」の原点にある。
以来、コーヒーへの興味は深まるばかり。メルボルンで評判のカフェを巡り歩き、バリスタの仕事ぶりを見るにつけ、自分でもマシンを操り提供してみたいと、カフェでアルバイトに就くべく奔走。とはいえ、「当時のメルボルンでは、バリスタのアジア人は少なく、日本人は2人しかいなかったから、相当に狭き門でした」という通り、採用を得たのは、応募しては門前払いが100軒以上続いた末のことだった。それでも、「現地のカフェでは、1日1000杯、2000杯出るのが珍しくないので、バリスタとして技術を磨くにはまたとない環境。何より、お客さんもまた、そのスキルやサービスにリスペクトがあって、職業として認められている。バリスタのこだわりが愛される街だと実感しました」。今では、海外に渡るバリスタも増えたが、文元さんは大阪では先駆けて、現地のカフェの現場を経験したパイオニア的存在だ。
■豆の品揃えが表現する“おいしいコーヒー”の多様な価値
帰国後は、開店に向けて準備を進めるなかで、前回登場したMUGNAM COFFEEの古荘さんとの縁を得て、本町のmillpourでバリスタとして勤務。「当時、スペシャルティコーヒーを使ったエスプレッソメインの店としては大阪初のはず。店の物件を探しているときに、たまたまmillpourを見つけて、古荘さんと話すなかで、手伝わせてほしいと声をかけたんです」。一方で、この頃は、スペシャルティコーヒーのより繊細な風味を志向してハンドドリップの研究を始めた。「もともと浅煎りが好みでしたが、よりすっきりした味わい、自分の食の嗜好でもある和食に近いニュアンスを求めるようになりました」と文元さん。また、millpour 在籍中の2013年にはQグレーダー資格を取得し、2015年からはジャパンブリューワーズチャンピオンシップ(JBrC)、ジャパンハンドドリップチャンピオンシップ(JHDC)にジャッジとして参加。さらにシェアローストなどで焙煎の経験を積み、2016年に「Mel Coffee Roasters」を開業した。
わずか2.6坪のスペースに、5キロの焙煎機が収まる「Mel Coffee Roasters」は、大阪で最もコンパクトなロースターといってもいい店構え。「ブラザー・ババ・ブーダンも、うちの倍程度の小さな店でしたし、最初から豆売り主体で考えていましたから」と、当初から浅煎り主体のコーヒーを打ち出したロースターは、当時の大阪で先駆け的な存在だった。
当初は10種に満たなかった豆は、いまや20種にまで広がった。中には、JBrC世界大会のチャンピオンが使っていた希少なロットもあり、時に100グラム1万円を超えるものも。「年々いいロットが入るようになって、ちょっと尖ったセレクトもありますが、時代の変化を見つつ選んでいます。今はスペシャルティの価値観も多様になって、風味の特性だけでなく、農園のブランド化が進んで、志向が2つに分かれている感覚があります。詳しい方は農園の名前を見て決められます。自分も他の店に行ったら知らない農園のものに注目するようになっています」
2024年には、初めてベストオブパナマ1位の豆も販売。「品質を追求した結果でもありますが、マイクロロットなので今しか飲めない。1キロ100万とかのレベルですが、知り合いを通じて少量分けてもらえるからできること。時代による嗜好の変化も分かるし、現在進行形のコーヒーが、店の豆のセレクトに現れていると思います」。時季ごとに替わる豆の顔ぶれは、“おいしいコーヒー”にもいろんな価値があることを表現している。
■新たな試みで広げる小さな店の大きな可能性
文元さんにとって、ジャッジとして毎年参加するバリスタの競技会は、コーヒーシーンの最先端を感じる格好の機会になっているが、それ以上に、“おいしいコーヒーとは?”を問い続ける場でもある。「自分だけの判断では単なる好みで、他の人がどう感じるかが分かって、初めて客観的な“おいしさ”につながる。ジャッジは客観的な視点が求められるし、いろんな人の捉え方が集まって判断基準になる。さらにチャンピオンだけでなく、よいのもよくないのも評価しないといけない。さまざまなレベルのコーヒーをジャッジしてコメント・判断できる視点は、出場者=プレーヤーでは持てない。プロとしてどんなコーヒーでもフィードバックするというのが自分の強みです」
値段が高ければおいしい、というわけでは決してないが、これもまた、記憶に残る味を提案するアプローチの1つではある。文元さんが、こうした豆を紹介するのは、ひとえに、バリスタの存在価値を上げるためでもある。「僕らの仕事の価値を上げるためには、コーヒーの価値をより魅力的に、期待感を持ってもらえるようにしないといけない。それが業界全体に広がることで、メルボルンのようにバリスタの仕事がリスペクトされる環境が生まれると思うんです」。豆だけでなく、抽出器具も然り。2019年から、ドリップコーヒーの抽出は、最先端のスマートコーヒースケール、Ultra Koki・COFFEESECRETを採用。湯の流量速度や秒速、粉の中から滴下する速度、ドリッパー内の温度などを数値化できる器具は、ドリップコーヒーの世界大会でも使われているものだ。
開店から10年近く、小さな店で支持を広げてきた「Mel Coffee Roasters」だが、長らく構想を温めていた2号店「MEL COFFEE」が2025年春にオープンする予定だ。「コロナの影響で一度は話が流れてしまったんですが、その間にアイデアを練って、ここでは予約制のコーヒーのコースを提案する予定。やっと座席がある店ができます(笑)。ドリンクだけのメニューですが、提供の仕方に趣向を凝らして、他にない体験をしてもらいたいですね。コミュニケーションあってのカフェですから」。さらに、再開発が進むうめきたエリアの新ランドマーク・GRAND GREEN OSAKAにも「Mel Coffee Roasters Osaka」として出店。新たな展開が広がっている。
一方でこの2、3年は、海外から来るお客ばかりでなく、海外のコーヒーイベントへのオファーも増えている。すでに台湾、香港、タイ、中国などアジア圏の国や地域を訪れ、その名を広めている。「今までは焙煎にかかりきりで手を空けられない状態でしたが、2号店ができれば、他の取り組みもしやすくなるはず」。大阪最小のロースターは、世界に向けて、大きな可能性を広げている。
■文元さんレコメンドのコーヒーショップは「Oliver Coffee Roasters」
次回、紹介するのは、大阪市北区の「Oliver Coffee Roasters」。
「韓国出身の店主・金さんは、もともと、よく店に来てくれていて、開店にあたって豆の卸の相談に来られたのがきっかけで、その後も継続して焙煎のトレーニング、アドバイスをさせてもらっています。韓国でコーヒーの仕事もされていて研究熱心。住宅地の中の穴場的なロケーションで、地元密着の店を目指している注目のニューフェイスです」(文元さん)。
【Mel Coffee Roastersのコーヒーデータ】
●焙煎機/プロバット 5キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(Ultra Koki)、エスプレッソマシン(ラ・マルゾッコ)
●焙煎度合い/浅~中深煎り
●テイクアウト/ あり(700円~)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン18種。200グラム1700円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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