【今週はこれを読め! SF編】アンドロイドに人間が殺せるか?〜人間六度『烙印の名はヒト』

『烙印の名はヒト』人間 六度早川書房

【今週はこれを読め! SF編】アンドロイドに人間が殺せるか?〜人間六度『烙印の名はヒト』

4月8日(火) 2:30

人間六度というのは印象的なペンネームだが、作品もそれに負けずユニークだ。第九回ハヤカワSFコンテストに投じた『スター・シェイカー』が大賞を受賞してデビュー。同作は、ケレン味たっぷりの超能力バトルとして話題を撒いた。際立った登場人物の造型、凝ったSF的ガジェット、切れ味のよい演出に唸った覚えがある。この欄でも紹介した( https://www.webdoku.jp/newshz/maki/2022/02/01/125223.html )。

作者は同時期に、『きみは雪をみることができない』で第二十八回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞。この受賞作を皮切りにメディアワークス文庫から順調に作品を送りだしているが、早川書房からの単行本は、本書が『スター・シェイカー』につづく二冊目となる。

作品の雰囲気は一ページ目から明らかだ。ジャンクも含んだハイテクが溢れた日常、伝統的なヒューマニズムに収まらない社会環境が、造語があたりまえのように頻出する文章で綴られる。正統派サイバーパンクだ。しかし、主人公は別にパンク(アウトローやアウトサイダー)ではない。介護のためにつくられたアンドロイド(作中では〈介護肢(ケアボット)〉と表現される)であり、名前はラブという。アンドロイドには感情があるが、それは機能を果たす----人間と接するうえでの〈らしさ〉を裏づける----ためのものだ。アンドロイドは、あくまで人間に従属する存在でしかない。人間から悪意を向けられることもしばしばだ。そういう意味ではマイノリティである。

かといって、この作品をディストピア小説と簡単にくくってしまうわけにもいかない。ラブが自己肯定感に満たされるのは、困難な状態にある人間を助けるというミッションを果たしたときだ。それが第一義であり、ラブ本人は、人間になりたいとも人権が欲しいともさらさら思っていない。

介護施設の入居者カーラ・ロデリックから依頼され、ラブは彼女を絞殺してしまう。しかし、アンドロイドは人間を害するようにデザインされていないはずなのだ。そして、ラブには事件当時の記憶がない。わけがわからないまま、ラブは訴追され無期懲役の判決がくだされてしまう。

いったんは牢につながれたラブだが、向かいの房の老いた女囚が失禁するさまを目撃したことで、〈介護肢〉としての衝動に駆られる。あたしにはまだやらねばならないミッションが残っている。気づいたときは、看守の油断をついて脱走していた。

脱走中のラブを追うのは、官憲だけではない。閲覧数稼ぎを至上とする執拗な配信者もおり、アンドロイド排斥に血道をあげる《ラダイト》もいる。ラブの窮地を救ったのは、傭兵のアイザック・コナーだった。彼の雇い主はヨルゼン・イニシアチブ。ラブをつくった製造元である。

アイザックによれば、ヨルゼンが恐れているのは「アンドロイドが人間として裁かれる」ことである。アンドロイドに自由意志があると認められれば、面倒な人権問題が巻きおこり、世間からのバッシングは必至だ。そのいっぽうで、アンドロイドからの訴訟の可能性すらある。

「ラブによるカーラ殺し」の謎を含みながら、物語はアンドロイドの安全神話を支える《ヨルゼン・コード》の問題----コードの裏口を開ける〈脱獄鍵〉の存在----へと接近。ラブの逃避行と並行して、ヨルゼン・イニシアチブの過去の因縁話が浮上し、物語は思わぬ方向へとふくらんでいく。その背景として、未来社会(2070年代という設定)の異様なありさま(国際政治や社会状況のダイナミックな動きも含めて)が活写される。

テーマ面では、「人間であることの意味」がいくつもの段階で検討される。理不尽ななりゆきで人間として裁かれることになったラブに対照されるのは、個人情報のすべてを体制に受け渡すかたちで自由意志を売り払った最先端都市の住民だ。

(牧眞司)



『烙印の名はヒト』
著者:人間 六度
出版社:早川書房
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