織田裕二撮影:スエイシナオヨシ
4月1日(火) 3:00
『東京2025世界陸上』について語ってもらうのなら、この人を置いてほかにはいない。34年ぶりに東京で開催される今大会のスペシャルアンバサダーを務める織田裕二さんだ。1997年から2022年まで、実に13大会でテレビ中継のメインキャスターを務めてきた。実に25年にわたって陸上への愛を育み、その知識量は専門家も顔負けである。9月13日(土)の開幕を前に、織田さんが大会の見どころを熱く語った。
──陸上競技は走る、跳ぶ、投げるというシンプルな運動動作の競い合いですが、織田さんはどんなところに惹かれているのでしょう?
「競技種目はたくさんありますけれど、基本的にどれもやったことがない人はいない競技だと思うんです。地球上の誰に聞いても、かけっこをしたことがない人はいないでしょう。ジャンプしたことがない人も、何かを投げたことがない人も、男女を問わずにいないはず。どんな形でも誰もがやったことがあることの世界一ってどんなもの、というのが『世界陸上』なのです。これほど多くの国を巻き込んだスポーツって……サッカーの『ワールドカップ』もすごいですけど、『世界陸上』で金メダルを獲る、表彰台に立つ、入賞するって、とんでもないことだと思うんですよ」
──しかも、チャンスは何度もあるわけではありません。4年に一回の『オリンピック』より多いとはいえ、『世界陸上』は2年に一回です。そのタイミングで最高のパフォーマンスをしなければ、何かをつかむことはできません。
「僕がやっている職業は、歌を歌うにしても、芝居をするにしても、本番と言われたら本来二回はできないのです。失敗したらNGでもう一回できると思われるかもしれないですが、コンサートは生なので二回できません。演じることにしても、自分がダメだからと言って他の役者さんも巻き込んでもう一回、というのは言いにくいものです。テイクワンがすべてで、そういう意味で『世界陸上』に出てくる選手と自分の職業は似ているのかもと思い込んでいましたが、彼らは2年に一回しかチャンスがない。体調不良なんて絶対にあっちゃいけないし、試合当日にコンディションのピークを持ってこなきゃいけない。その日、その瞬間に最高のパフォーマンスを出さなきゃいけない。それはもう究極です。キャスター当時は時間がある時はサブトラックへ行って、選手たちがどういう準備をしているのかを観ていました」
──今まさにお話があったように、世界一を決める究極の戦いを織田さんは長く現場で観てきました。スタジアム観戦の魅力とは?
「世界一って実際にどれぐらい速いの、どれぐらい高いの、どれぐらい投げるの、というのは、テレビでは伝わりにくいところがあります。というのも、全体のレベルが高く、なおかつ拮抗していて、そのレベルがケタ違いなので、なかなかピンとこないところがあるんですね。でも、実際にスタジアムへ行くと、たとえば100メートルなら自分がどのぐらいのタイムで走れるのかが何となく分かっているから、『はやっ!』とかいうのがものすごく実感できる。100メートルを9秒台で走る。走り幅跳びで8メートル跳ぶ。女子やり投げで、70メートル近くまで投げる。それがどういうスケールなのかが、全部分かるでしょう。あとは、音ですね」
──音、ですか?
「僕は男子の110メートルハードルをトラック上で、一番端の9レーンの選手に手が届くくらいの距離で観たことがあるのですが、その迫力といったら!ジャガジャガジャガジャガーンって、選手が飛び越えたハードルが一瞬で倒れていく。あの音はとにかくすごいから、ぜひマイクで拾って中継に使おうと提案したこともありました。音の効果、音から感じることって、ものすごくあるんです。僕はそれを、『世界陸上』で何度も体験しました」
──おっしゃるとおり、音から得られる情報量は、スタジアム観戦のほうが圧倒的に多いですね。
「自分がドキドキしたり、スタジアム全体がざわめいたり、静寂に包まれたりするわけです。映像を通さずに自分の目で見る、身体で感じることによって、陸上競技の楽しさ、レベルの高さ、一人ひとりの選手の本当の姿、といったものが見えてくる気がします」
──それが、スタジアム観戦の一番の醍醐味でしょうか?
「そうかもしれません。今大会のキャッチコピーは『1秒後、世界が変わる。』ですが、これも僕は実際に体験しています。2009年の『ベルリン世界陸上』で、ウサイン・ボルト選手が100メートルの決勝で人類初の9秒5秒台を出して優勝するのですが、決勝スタート直前は10万人ぐらい収容する競技場がホントにひとつになって、観ている全員が呼吸を合わせているんじゃないかというぐらい息を呑んで。で、世界新が出た瞬間に、ワッと静寂が破裂した。それは喜びですが、逆もあるんですよ。すごく期待されていた選手が、失敗をしてしまうことがある。でも、その失敗は取り戻せない。たった1秒で天国と地獄が両方訪れるけれど、当たり前ですけれど歓喜に浸れるのは本当にごくわずかの人しかいない。それから、スタジアム観戦では、選手と観衆が作り出す雰囲気を味わうことができます」
──走り幅跳びや走り高跳びの選手が、手拍子を求めたりするようなことでしょうか。
「ヨーロッパやアメリカのお客さんは、『世界陸上』の楽しみ方を知っているなあといつも感じていました。今お話のあった走り高跳びもそうですし、選手のアクションに対して素早くリアクションして盛り上げる。お客さんが一緒になって作り出すそういう雰囲気から、世界記録が生まれる場面も見てきました。『東京2025世界陸上』には、海外から観戦に訪れる方もいると思います。そういう人たちと一緒に国立競技場を盛り上げて、好記録をアシストできたらいいですよね」
──織田さんが中継に携わってきた世界陸上で、特に印象的なシーンと言うと?
「いま話したベルリン大会のボルト選手もそうだし、ここ最近だと2022年のオレゴン大会で、サニブラウン・アブデルハキーム選手が100メートルで日本人で初めて決勝へ進出しましたよね。彼のことは10代から見ていて、すごい選手が出てきた、ボルト選手を上回った選手がいる、と。実際に会ってみたら、底抜けにチャーミングな少年で。『世界一を獲りたいんです』と聞いたときに、この笑顔を無条件で応援したいと思いました。チャーミングと言えば、女子やり投げの北口榛花選手もそう。大舞台で最後の最後で逆転の投擲をしてみせる。それでもう、ホントに純粋な笑顔を浮かべるじゃないですか。こっちまで嬉しくなります」
──今大会の注目選手を教えてください。
「日本人選手で期待しているのは、みなさんと同じです。北口選手、サニブラウン選手、男子走り幅跳びの橋岡優輝選手、女子中長距離の田中希実選手……女子の110メートルハードルにも強い選手が3人、4人といて、メダルに絡んでくる可能性もあります。今回は東京ですから、地元の風が吹いたら一番いい色のメダルが見えてきたら嬉しいな、とか。どんどん、どんどん夢は膨らみます」
──外国人選手では?
「女子400メートルハードルのシドニー・マクラフリン選手、女子中長距離からマラソンまで走るシファン・ハッサン選手。ハッサン選手はエチオピアからオランダへ亡命するなど、複雑な環境のなかで競技を続けてきました。ハッサン選手はいま32歳ですが、陸上競技から退いたあとも気になる存在ですね。自分が年を取ってきたからか、選手の生き様とかが気になるんです。」
──陸上と言えば100メートルが花形競技で、今大会では北口選手がいることで女子やり投げも注目度が高いですが、それ以外の種目も面白い、と。
「男子棒高跳びのアルマンド・デュプランティス選手も注目です。彼は世界記録保持者で、パリ五輪でこの種目の連覇を果たしていますが、まあとにかくすごい選手です。彼がもしひとり旅にならなかったら驚きです。金メダルだけではなく記録を目指したら、何十年後まで抜かれない世界新が東京で見られるかもしれないですよ」
──『東京2025世界陸上』は、どんな大会になってほしいとお考えでしょう?
「9月13日(土)から21日(日)までの開催ですので、怖いのは暑さですね。大会については、海外で開催される『世界陸上』を多く観てきたので、東京大会がどうなるのかについてはまだ想像がつかないというのはありますが……海外から観に来てくれたお客さんが競技に感動するだけではなく、日本ならではの細やかな気配りとか、おもてなしの心とか、そういうものにも心を動かされたら嬉しいですね」
──大会の舞台となる国立競技場ついてもお聞かせください。
「2020年から稼働して、ある意味ではホントに日の目を見るというか。世界大会が開催されるのは、今回が初めてだと聞きました。木材と鉄骨を組合せていて、ちょっと面白いなと。『世界陸上』の仕事で世界中の色々な競技場を見てきて、だいたい同じような感じになりがちですけれど、これはちょっとひと味違うぞと思いますね」
──陸上にあまりなじみのない女性や、お子さんにおすすめの観戦法はありますか?
「夏の大会ですから、縁日とかお祭りみたいに屋台が出たりしないですかねえ?それはちょっと無理かな(笑)。僕がこれはいいなあと感じたのは、2022年のオレゴン大会で見たある光景です。100メートルの決勝の直前だったはずですが、スタート地点を使って子供たちがたわむれていたんですね。まだ何ものにも染まっていない子どもたちに、『世界陸上』という夢の舞台に触れてもらうという。子どもたちに観てほしい、触れてほしい、というのは個人的にも強く思っていることで、世界一を争う大会に関わることはかけがえのない体験になるでしょう。だからこそ、東京ならではのオリジナルのアイディアを実現させてもらえたら、とても素敵だと思いますね」
──最後にもう一度、『東京2025世界陸上』への期待を。
「これはもう色々なところで何度も話していますが、前回が1991年ですから30何年に一回しかない。それぐらい貴重なチャンスですから、ぜひ全国のみなさんに国立競技場へ来てほしいですね。海外で開催される『世界陸上』に比べれば、足を運ぶのはそこまで大変じゃないと思うんです。陸上の大会として、これ以上のものはありません。世界一のアスリートが集まってきます。中継するテレビ局には申し訳ないですけれど、東京で開催される今回ばかりはたくさんの方にスタジアムで、生でご覧になってほしいですね」
取材・構成:戸塚啓
撮影:スエイシナオヨシ
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