アイドルから実業家、スポーツ選手、芸人と幅広い人々が出演。彼らの本屋での買い物に付き合う企画「本ツイ!」がYouTubeチャンネル『出版区』の人気コンテンツに
出版取次大手の「トーハン」が手がけるYouTubeチャンネル『出版区』。インフルエンサーや著名人に本屋で1万円を渡したら、どんな本を買うのか追跡する企画『本ツイ!─本屋ついていって1万円あげたら何買うの?─』(以下、「本ツイ!」)が人気だ。
鳴かず飛ばずの小さなチャンネルだったが、「本ツイ!」始動によって、チャンネル登録者数も14万人を超えた。その立役者となった「本ツイ!」の舞台裏を、プロデューサーの岩崎暁太さんとディレクターの青木周平さんに語っていただいた。
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――2023年3月から始まった「本ツイ!」ですが、出演者数がついに100人を超えました。再生回数91万超の回もあり、人気コンテンツとなっています。
岩崎
コツコツと日陰で地味にやってきたので、こうして取材していただけるなんてうれしい限りです。「本ツイ!」が軌道に乗るまでは、いつまで続けられるのか......と精神的に追い詰められていましたから(笑)。
青木
チャンネル立ち上げから1年半は、本当に鳴かず飛ばずでした。美文字練習帳を1ヵ月練習して本当に字が上手くなるのかとか、運気があがる本の通りに生活したら宝くじを当てられるのかとか......YouTubeらしさを意識して、いろいろやりましたね。
岩崎
当初はこの青木を前面に出してですね、とにかくいろんな動画を作っていたんです。いずれ青木の人気が出て、グッズを作って売れたらいいな~なんて夢を見て。でも何をやっても再生回数は伸びず、ああどうしよう......と本当に頭を抱えました。
青木
「ほんやさんぽ」という企画では、八丈島の「八丈書房」さんまでロケに行ったんです。店の手伝いをして、書店員さんとご飯も共にして、ドキュメンタリーにまとめて、全員で「これは頑張ったぞ!いけるだろう!」と。ところが......。
『出版区』では、「本ツイ!」のほか、「本ツイ!」ゲストの一問一答インタビュー「ぶっちゃけ聞きます、本とのトコロ」、芸人の永野と声優の鷹村彩花が、小説、漫画、映画などについてトークする「永野・鷹村の詭弁部、はじめました!」をメインに配信している
――え~と、再生回数は......1256回(取材時)。その頃は1000回再生に満たない動画も結構ありますね。そんななか、「本ツイ!」はどう生まれたんですか?
岩崎
単刀直入に言うと、私が『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京)が好きだったんです。企画会議も行き詰まっていたタイミングでその話になり、「もし我々が本屋についていったら」と今の「本ツイ!」のスタイルが出来上がっていきました。
――「本ツイ!」の企画以降、登録者数がしだいに増え、出演ゲストも100人を超えたと。そもそも企画から社内の人だけで考えて運営しているんですか?
岩崎
そうなんです。事業の立ち上げ当初から、私がマネジメント担当者で、勤務地も年齢も経験もとっぱらい、関心がある社員を社内公募して、最終的に青木と他数名が選ばれました。
青木
僕はシステム部署のSEだったんですが、メディア制作に関心があったんです。応募当時はラジオのスタイルも考えていましたが、1年くらい企画を練って、最終的にYouTubeに決定しました。企画から始まり、キャスティングも撮影も編集も、それから宣伝も全て専属の社員だけでやっています。
――なおさら「本ツイ!」のヒットはうれしいですね。印象に残っている回はありますか?
青木
どれも印象的ですが、ランジャタイ・国崎和也さんは本を買ってないんですよ。いきなり本屋を飛び出して......僕がかなり必死に「国崎さん!本!本屋さんです!!」と連呼してるんです。しかも2回目の撮影でどうなるのかと焦りました(笑)。
岩崎
本好きな視聴者さんからは「本をきちんと紹介してほしい」という批判も多かったんです。でも僕個人としては、『出版区』を知るきっかけになればと思っているので、大事な回だったと感じています。ちなみに国崎さんは、書籍こそ買っていませんが、書店で高価なDVDを自腹で買ってくれました(笑)。
青木
それから、国崎さんの動画を他の芸人さんもよく観ているそうで、国崎さん以降はゲストの方々の企画への理解がスムーズになった気がします(笑)。
――芸人さんでいうと永野さんの回の「20年間ずっと新古書店で買い物をしていて、作家さんたちに還元できていなかった」という言葉が印象的でした。内容もですが、トーハンが取次会社で新刊を取り扱う会社という意味でも......。
青木
そこはあまり気にしていませんね。単純に永野さんの発言がリアルだったので、カットしませんでした。「普段は電子書籍しか読まない」というゲストの言葉もそのまま使っています。
岩崎
当然、一般の書店さんで新刊をお買い物していただきたい気持ちはあるんです。でも最近は本屋さんはもちろん、古本屋さんすら行かない方も多い。あくまで我々の動画が「本に接する機会」になることが重要で、「近所の本屋を少し眺めてみようかな」と思う人がひとりでも増えたらうれしいなと。
青木
「本は特別好きじゃない」という人にこそ興味を持っていただきたいんですよ。なので、キャスティングも、お笑い、演劇、スポーツ、アイドル......と特定の分野に偏らないように意識しています。「推しがゲストだから観た」で充分だと思ってて。
――さまざまなゲストが本や読書に対する想いを語るので、どの回も個性的な魅力が引き出されていますね。
青木
個人的に特に覚えているのは、ゲームクリエイターの小島秀夫監督ですね。小島さんは自分の中で、面白い本とそうでもなかった本の基準をしっかりと持っていました。ご自身の普段の書店の歩き方や、書籍の探し方を語っていて、物作りをされる方ならではの"軸"を感じました。
あとは、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』 (平野啓一郎、講談社現代新書)を買われた元・乃木坂46の樋口日奈さん。アイドルという職業を経験して「自分って何だろう」といった問いからその本にたどりついていたので、撮影していて感動しました。
岩崎
「本ツイ!」で選ぶのは「買いたい本」。未読の状態なんですよ。ここが少し新しいのかなと。「すでに読んだ本の紹介」だと、自分を少し飾ることもできると思うんです。でも「これから読む本」だと、より普段の思考や生活など「その人らしさ」が際立つ気がします。
青木
ゲストが「本棚を見られるより恥ずかしい」と言うのは"あるある"ですね。「心理テストをされてるような気分」と表現した方もいました。企画で購入いただいた本はすべて撮影後にゲストにお渡ししているのですが、、なぜか「本当にもらえるの!?」と驚く方も結構いらっしゃいます。
「本ツイ!」では、ほとんどの撮影に同行している青木さん。だいたい撮影時間は1時間程度だが、長引いて2時間を超えたこともあるそう
――『出版区』を通じて、書籍や映画など「好きなものを語る」コミュニティが広がっている感覚があります。『出版区』そのもののファンが増えたという点はありますか。
青木
「本ツイ!」を100回以上も続けて、ようやく『出版区』自体にファンがついてくださった感じはありますね。SNSでもハッシュタグ(#本屋で一万円企画)で買った本を投稿していらしていて。そういう広がりは本当にうれしいです。
あとはイベントや物販など、動画以外の形での展開も考えています。YouTubeから先へ広がるコンテンツをもっと盛り上げていきたいなと。
――書店さんなどの反応はいかがですか。
青木
ヴィレッジヴァンガードの名物店員でもある長谷川朗さんは、書店員として「本ツイ!」に出たこともあって、毎日のように「『出版区』を見ました」と声をかけられるらしいです。書店さんや出版社さんからは、「『出版区』で紹介された書籍の棚やポップを作ってもいいか」とよくご連絡をいただきます。
岩崎
「本ツイ!」ではないですが、「永野・鷹村の詭弁部、はじめました!」という企画がありまして、そのトークイベントを先日、池袋HUMAXシネマズさんという映画館で開きました。支配人の方が詭弁部のファンで、直々にお電話をくださって実現したんですよ。
プロデューサーの岩崎さん。メディア運営とはまったく関係のない部署にいたメンバーをまとめているが、「キャスティングにあたって、みんな趣味が違うので幅広い候補が出てくる」という
――YouTubeがきっかけで映画館でのイベントにつながるというのは、カルチャーがまさに育まれている瞬間ですよね。
岩崎
我々の本業は、出版社さんから書店さんに本を届けるB toBの卸ですから、toCである読者さんのことを知る機会がなかなかない。でも、そのトーハンのコンテンツを通じて、本好きの方に楽しんでいただけたり、これから本を好きになってもらう可能性を届けられるのは、やはり仕事として大きな意味があると思っています。
青木
「自分も1万円持って本屋行ってみよう」とか、「久々に本屋に行きたくなった」というコメントを結構いただくんですが、それがやっぱりうれしいです。エンドユーザーである読者の方と出会うことの少ない僕らにとっては、励みになるパワーワードですね。
――本社の受付には「銀の盾」(YouTubeのシルバークリエイターアワード)が飾ってありますね。
青木
盾が届いたら「開封の儀」を撮ろう!と言ってたんですよ。でも、海外事業部に届いて「ごめ~ん、先に開けちゃった」みたいな連絡とともに、箱が開いた状態で受け取りました(笑)。
岩崎
盾が届いた当初は、社長が会合に盾を持ち出してアピールをしていただいて、「今日もアレ(盾)貸してね」という連絡がよくきました(笑)。
受付に鎮座する「銀の盾」。さまざまな事業があるトーハンのなかでも、YouTube運営は異色。「面白がってくれる人が、社外でも増えてきた結果なのでうれしい」と岩崎さん
――『出版区』の登場で、出版業界にも新鮮な反応が起こりそうです。
青木
自分たちのYouTubeチャンネルを通じて、何か出版業界のお役に立てたらいいなとは思いますね。書店歩きや読書、書籍そのものがもつエンタメへの共感や再評価の広がりは強く感じています。本を通じた新しいコミュニケーションを社会に提供できればと。
岩崎
宇垣美里さんや片桐仁さんを起用した新番組「宇垣・片桐の踊る!ミリしら会議」も4月から始まる予定です。「本ツイ!」に続く人気番組になると思うので、ぜひご期待ください。
●岩崎暁太
株式会社トーハン コンテンツ事業本部所属、『出版区』プロデューサー。社内公募から始まった新規事業として『出版区』を立ち上げ、現在までマネジメントを担当する。
●青木周平
株式会社トーハンコンテンツ事業本部所属。『出版区』の企画・撮影・編集を務める。「本ツイ!」動画の進行役としてよく登場している。Xアカウント【@shushu777】
●YouTubeチャンネル『出版区』
https://youtube.com/@shuppunk
公式X【@SHUPPUNK】
公式Instagram【@shuppunk_tohan】
公式TikTok【@buzzlab_shuppunk】
取材・文/赤谷まりえ
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