ヨーロッパリーグ(EL)、ラウンド・オブ16。久保建英を擁するレアル・ソシエダ(以下、ラ・レアル)は、イングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドの本拠地オールド・トラフォードで4-1と敗れ、2試合合計5-2で敗退が決まった。
試合後のスペイン国内のSNSは審判への悪口雑言であふれ返っている。
「恥知らず」「汚い泥棒」「豚野郎のくそ」「役立たずのゴミ」......。もっとひどい表現も少なくない。かの国では、審判を罵る言葉で、悪口全体が進化してきた。ひどい言葉をひどい言葉でかけ合わせ、最大限の攻撃性と憤慨を示すのだが、まさにその状況だ。
「審判がラ・レアルをヨーロッパの舞台から追い出した」
スペイン大手スポーツ紙『マルカ』も堂々とそんな見出しを打ち、「ふたつの存在しないPK判定が逆転を許した」と憤っている。
ラ・レアル側のファンの心理としてはEL敗退の無念さと同時に、「世界的に人気があるマンチェスター・ユナイテッドが勝ち残ったほうがマーケティングでうまみがある。(審判の)買収行為があったのでは?」という裏読みがある。それが真実かどうかではなく、その疑惑が怒りに拍車をかけるのだ。
では、本当にラ・レアルは判定で敗れたのか?
マンチェスター・ユナイテッド戦に先発、後半31分までプレーした久保建英(レアル・ソシエダ) photo by ZUMA Press/AFLO
その日、久保は右サイドアタッカーで先発している。開始早々、左センターバックに入ったエイデン・ヘブンを鮮やかに股抜き。必死に戻った左ウイングバックのパトリック・ドルグがCKに逃げる。仕掛けることで、相手を押し込むことに成功した。マンチェスター・ユナイテッドが予想以上にふわりとした入り方だったのもあったが、プレッシングも含め、高い強度で押し込んだ。
そして5分、久保は右サイドでボールを持つと、敵選手をフリーズさせる。大外をフリーで回ったアリツ・エルストンドに絶妙のパスを送った。その折り返しのクロスに、ニアへ一歩早くミケル・オヤルサバルが飛び込む。後ろから足首を蹴られた形になって、VAR判定でPKを得た。これをPK職人オヤルサバルが決め、先制に成功した。
【ワールドクラスのプレーを見せたが...】これ以上ない幕開けだった。この時点で2試合合計2-1のリード。前途洋々だったはずだが......。
直後から雲行きが怪しくなる。ラ・レアルは全体的に腰が引けてしまう。プレッシングでパワーをかけられなくなり、簡単に前線へボールを運ばれると、単純に戦力で上回る"個人"に手を焼く。ブルーノ・フェルナンデスは魔術師的、カゼミーロは昔取った杵柄、アレハンドロ・ガルナチョは若く荒々しい攻撃力を誇り、対応が後手に回った。
防戦一方の展開となり、決定的なパスからクロスを入れられ、後ろから倒す格好になって、PKを献上した。名手ブルーノ・フェルナンデスに決められた。接触度は低く、判定自体はグレーだったが、劣勢を考えれば"必然の失点"だった。
この後、試合がやや膠着すると、またも久保が輝いた。
久保はライン間のギャップを見つけると、カゼミーロ、ヘブン、ドルグに三方を囲まれた状況でボールを受ける。すかさず美しいバレリーナのようなターンから包囲を突破。ハンドオフでヘブンを抑えながら、マタイス・デ・リフトをドリブルで外した。最後の左足シュートはヌサイル・マズラウィにブロックされたが......。各国代表選手を相手に、ワールドクラスのプレーだったと言える。
ただし久保以外、ラ・レアルはほとんど攻撃が仕掛けられない。シェラルド・ベッカーは完全に沈黙。彼は右サイドのスペースを駆け上がってクロスを送るだけが持ち味で、ラ・リーガのレベルに達していない。オヤルサバルは先制点こそ見事だったが、それ以外は起点になれない。ブライス・メンデスも不調で、パブロ・マリンも苦しそうに見えた。
これだけ攻撃が手詰まりでは、勝てるはずはない。スピード、パワーに優れた選手を擁したマンチェスター・ユナイテッドに押し込まれる。失点の香りが漂い、アクシデントが起こる可能性は高まっていた。
後半4分には再びPKを献上した。判定そのものは、ひとつ目以上に厳しかった。アリツ・エルストンドは立ち止まって、相手が当たってきたようにも見えた。しかし、倒れたのも事実である。2-1と逆転を許した。
その後、途中交代出場したジョン・アランブルが決定機阻止で退場を余儀なくされ、ほぼゲームオーバーになった。さらに、アマリ・トラオレのボールに触っていたタックルに対してPKの笛が吹かれる。結局、これはVAR判定で取り消されたが、このあたりで審判への懐疑的な目が完全に怒りへ変化した。PKではないプレーもPKとし、まるで死者に鞭を打つかのようだった......。
ただ、ラ・レアルはほとんど打つ手がなかった。
76分、久保がオーリ・オスカールソンと交代で下がると、両チームの力の差は浮き彫りになっている。数的不利だけが理由ではない。オスカールソンはトラップをミスし、カウンターを許し、まともに戦力になっていなかった。
開幕前から書いてきたが、補強面の失敗は深刻だろう。久保入団後に獲得した選手で、「戦力アップに貢献した」と言いきれるのはナイエフ・アゲルドのみ。一方、ダビド・シルバ(引退)、アレクサンダー・セルロート、ロビン・ル・ノルマン(ともにアトレティコ・マドリード)、ミケル・メリーノ(アーセナル)が抜けた穴は埋まっていない。それが今の現実を引き起こしているのだ。
久保はマンチェスター・ユナイテッドにも怖さを与えていたが、今のチーム状況では限界があった。
ラ・レアルは中2日でラ・リーガ、ラージョ・バジェカーノと戦い、代表戦のためオフに入る。代表明けはバジャドリード戦で、来季の欧州カップ戦出場もかけ、負けられない戦いが続く。4月1日にはスペイン国王杯準決勝、レアル・マドリードとのセカンドレグだ。
代表に選出された久保は過密日程となるが、乾坤一擲の勝負となる。
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