F1フォトグラファー対談 2025 中編
F1の2025年シーズン開幕前に、キャリア30年以上のベテランF1フォトグラファーの熱田護氏と桜井淳雄氏が対談。中編(全3回)では、参戦5年目を迎えた角田裕毅選手の現状と課題、フル参戦する6人のルーキードライバーのリアルな評価、そしてF1への関わりを強めるトヨタの最新の動向など、気になる話題についてふたりが意見を交わす。
プレシーズンテストでは精力的に周回を重ねていた角田裕毅撮影/桜井淳雄
【背水の陣の角田裕毅に求められる"大活躍"】
ーー角田裕毅選手はレーシングブルズで5年目のシーズンを迎えます。
熱田護(以下、熱田)
角田選手の動向は今シーズンの大きな見どころだと思います。最近、ホンダレーシング(HRC)の渡辺康治社長が「ホンダと角田選手はスポンサー契約をしていますが、独立したドライバー。うまくタイミングとチャンスをつかんで次のステップにいってほしい」とコメントしていました。もう5年目ですので、ひとり立ちしていかないといけないということなんですよね。だからこそ今シーズンは成績を出さないと、未来につながっていきません。2026年以降のレギュラーシートを獲得するためには並の活躍じゃなく、大活躍をしなければならないと思います。
桜井淳雄(以下、桜井)
ホンダも今までは角田選手をサポートしてきましたが、「独立した存在だ」とHRCの渡辺社長が自ら発言したということは、ホンダのスタンスが明らかに変わったということでしょう。正念場のシーズンだと思います。
熱田
来シーズンのシート争いの動きは早いと思います。遅くとも夏休みの前にはほぼ決まると思いますので、前半戦が勝負ですよね。角田選手には何度か表彰台に上がるぐらいの活躍を期待しています。
青から白へカラーリングを一新したレーシングブルズ。2024年型のレッドブルのデザインを踏襲撮影/桜井淳雄
ーー2026年からはゼネラル・モーターズ(GM)の参入が正式に決定し、シートがふたつ増えますが、それでもレギュラーシート獲得は簡単ではないということですね。場合によってはリザーブドライバーを目指すしかない......?
桜井
今の時代はリザーブドライバーになるのも簡単ではありません。ドライビングの能力は当然ですが、プラスして資金を求められるケースが多い。ホンダという後ろ盾がなくなっても、角田選手は「うちのチームに来てほしい」と言われる存在にならなければなりません。それだけの力があることを前半戦で証明する必要があります。
熱田
もしかしたら2026年には日本人のレギュラードライバーが誰もいないという事態にもなりかねない。だからこそ角田選手には期待していますが、同時に僕はマックス・フェルスタッペンが5連覇を達成できるかどうかにも注目をしています。もちろん世界中の多くのファンが、フェラーリをドライブするルイス・ハミルトンに期待していることはわかっていますが、正直、今のハミルトンがフェルスタッペンのライバルになれるとは思えません。ハミルトンはすばらしいドライバーですが、もうピークを過ぎた選手です。たとえば、予選一発のタイムを見ても、昨シーズンのメルセデスではチームメイトだったジョージ・ラッセルにも勝てませんでした。もちろん経験は超豊富なので、決勝ではペース配分や戦略でなんとか成績を出していますが、フェルスタッペンは多少マシンの性能が劣っていても、予選でタイムをひねり出して優勝してしまう......。そんなキレキレの走りをハミルトンはもうできないでしょう。
レッドブルグループとホンダのパートナーシップも今季限りで有終の美を飾りたいところ。写真は、ホンダF1の現場責任者を務める折原伸太郎氏撮影/熱田護
【完成度は随一! 注目する新人とは...】
ーーフェルスタッペンのライバルになるのは、やっぱりマクラーレンの若くて勢いのあるランド・ノリス選手とオスカー・ピアストリ選手ですか?
熱田
基本的には、フェルスタッペン対マクラーレンのふたりという構図になると予想しています。そこに、フェラーリのハミルトンとシャルル・ルクレールも絡んできたらおもしろいですが、正直簡単ではないと思っています。
桜井
チャンピオン争いに関しては、熱田さんと同じ意見ですね。あと、今シーズンはメルセデスのアンドレア・キミ・アントネッリを始め、たくさんの新人ドライバーが参戦するのも見どころだと思います。
史上最多の5連覇を狙うマックス・フェルスタッペン。「開幕戦は、優勝争いはできないだろう」と弱気だが、はたして...撮影/熱田護
ふたりがともにタイトル争いの中心になるとみるランド・ノリス。テストでも好調な走りを披露した撮影/熱田護
ーー初めてフル参戦するのが、メルセデスのアントネッリ選手、アルピーヌのジャック・ドゥーハン選手、ハースのオリバー・ベアマン選手、ザウバーのガブリエル・ボルトレート選手、レーシングブルズのアイザック・ハジャー選手、さらにレッドブルのリアム・ローソン選手も入れると合計6人になります。
熱田
ボルトレートは2024年のF2チャンピオンですね。安定感はありましたが、他の選手をぶっちぎるほどのスピードがあるという印象はありませんでした。
桜井
プレシーズンテストを見るかぎり、今シーズンのザウバーはマシン的に厳しそうですよね。ボルトレートもアウディで参戦する2026年シーズン以降を見据えて、ザウバーからデビューすることを決めたと思います。今シーズンは成績うんぬんじゃなく経験を積んで、来シーズン以降に結果を出したいと思っているんじゃないですか。昨シーズンのF2では、角田選手のチームメイトとなるハジャーはアグレッシブな走りで印象に残っています。
対談したF1フォトグラファーの熱田護氏(左)と桜井淳雄氏撮影/村上庄吾
熱田
速さやドライバーとしての完成度で言えば、ベアマンが一番だと思います。彼のことは、ハースの小松礼雄代表も大絶賛しています。
桜井
肝が据わっていますし、すごく落ち着いていますよね。昨シーズンのサウジアラビアGPで、ベアマンは病欠したカルロス・サインツJr.の代役を急きょ務めることになりましたが、いきなり7位に入賞しました。その実力もさることながら、デビュー戦にフェラーリのガレージに入っていったら、メカニックと談笑して、チームにすっかり溶け込んでいる姿に驚きました。ベアマンは人柄がいいんですよね。人間性というのは、ドライバーが成功するためにすごく大事な要素。エンジニアやメカニックを自分の味方につけて、"こいつのために絶対に頑張ってやろう"って思わせることができるドライバーはやっぱり強い。そういう意味でも、ベアマンはこれから楽しみな存在です。
新人のなかでも最注目のオリバー・ベアマン撮影/桜井淳雄
熱田
ベアマンは昨シーズン、フェラーリでデビューしたあと、ハースからも2戦出場しています。まだ19歳ですが、レース中に乱れることがいっさいないとのことです。自分がどんな状況で戦っているのかという判断が的確にできて、精神的にキレることなく、しっかり仕事してゴールまでマシンを持って帰ってきてくれると、小松代表は評価していました。ハースは毎戦、ポイントが獲得できるかどうかのギリギリの戦いをしていますので、チームとしては最後まで走ってもらわないと困るわけです。べアマンはミスも少なくて、かつ速いとベタ褒めしていました。
【トヨタドライバーをF1へ! その戦略のウワサ】
ーー今シーズンの新人では、アントネッリ選手とベアマン選手のふたりが要注目ということですね。レッドブルから参戦するローソン選手の評価は?
桜井
ローソンは忠実なセカンドドライバーとしてフェルスタッペンの援護に徹するんじゃないですか。レッドブルとしても下手に頑張っちゃってコースアウトやクラッシュするよりも、確実にポイントを取ってくれるドライバーを求めていたと思います。そういう観点で見ると、ローソンは適任だったと思います。新人では、アルピーヌから参戦するドゥーハンに関して、シーズンがまだ始まっていないにもかかわらず、途中でいなくなっちゃうかも......という噂が出ていますよね。
熱田
リザーブドライバーを務めるアルゼンチン人のフランコ・コラピントは国がバックについています。お金も持っていますし、ドゥーハンはシーズン序盤にしっかりと結果を出さないと厳しいかもしれませんね。
ーーアルピーヌでは、FIA世界耐久選手権(WEC)にトヨタから参戦している平川亮選手もリザーブドライバーを務めています。平川選手は、日本GPではフリー走行に出走すると発表されています。
桜井
トヨタがアルピーヌへの関与を深めているという噂も聞こえてきます。アルピーヌの代表を務めるのはイギリスの強豪レーシングチーム、ハイテックの創業者オリバー・オークスです。現在のアルピーヌは、ハイテックと協業で運営されています。今年、トヨタはハイテックと協力してF2に参戦するトヨタの育成ドライバー、宮田莉朋選手をサポートすることになっています。トヨタはハイテックを通じてアルピーヌとの距離を縮めているようです。
2025年1月、ハースでF1の初テストを行なったトヨタ育成の宮田莉朋撮影/熱田護
ーートヨタは昨年、ハースと業務提携を発表していますが、アルピーヌとも関係を深めて、トヨタの育成ドライバーがF1を走れるという道筋を確実につくっているように見えます。
桜井
今シーズン、F2で2年目のシーズンを迎える宮田選手が所属するのはARTグランプリ。過去に何人ものチャンピオンを輩出した強豪チームですし、活躍が期待できそうです。でも、トヨタがイチオシのドライバーはWECに参戦しながらアルピーヌのリザーブドライバーを務める平川選手のようです。昨シーズン、最終戦アブダビGPの金曜フリー走行でマクラーレンから出走しましたが、すごく落ち着いて走っていたのが印象的でした。平川選手はチーム内の評価も高いようです。今後のトヨタとアルピーヌの関係次第ですが、日本人のレギュラードライバーがこのチームから登場するかもしれません。
ーーさて、次は世界中で巻き起こっているF1ブームや取り巻くビジネスについて語ってもらいましょう。
後編へつづく
<プロフィール>
熱田 護あつた・まもる
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦したのち、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。F1取材は2019年に500戦を超え、2025年は600戦を迎える予定の、日本人最多取材回数を誇るF1カメラマン。アイルトン・セナ没後30年プレミアム写真集『Ayrton』(限定999部・インプレス刊)が2025年5月末まで販売中。また、写真集とは別カットも使用したアイルトン・セナの2025年カレンダーも販売。
桜井淳雄さくらい・あつお
1968年、三重県津市生まれ。1991年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材し、まもなく500戦を迎える。F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。現在、鈴鹿サーキット公式ホームページ内の企画『写真で振り返る2025年シーズン:プレシーズンテスト』で作品を掲載中。YouTubeで好評だった『ヒゲおじ F1徒然日記』は一時お休み中。近日中に再開予定だという。
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