未来世代の「よき祖先」になる決心

未来世代の「よき祖先」になる決心

未来世代の「よき祖先」になる決心

3月5日(水) 21:00

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グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか 『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』(あすなろ書房)著者:ローマン・クルツナリック Amazon | honto | その他の書店 土になる 『土になる』(文藝春秋)著者:坂口 恭平 Amazon | honto | その他の書店
◆未来世代の「よき祖先」になる決心
新型コロナウイルス・パンデミックと地球温暖化による異常気象を危機と捉え、一刻も早く抜け出さなければならないとは誰もが考えていることだ。ところがここには「今すぐ行動が要求される最も緊急性の高い課題として、長期思考を求めねばならない」というパラドックスがある。しかも、現代社会は「長期思考という概念の危機」にあると『グッド・アンセスター』の著者は言う。

人類は、200万年ほど前に脳の大型化の過程で四つの長期思考を身につけた。(1)狩猟採集の旅のための認知地図作成 (2)おばあちゃんが子どもをケアする世代間の時間 (3)信頼、互恵、共感にもとづく協力関係 (4)道具の開発。このような長期脳を著者は「どんぐり脳」と呼ぶ。子どもにマシュマロを15分食べずに我慢したらもう一つあげると言っても3分の2はすぐ食べてしまうという実験例から、短期脳は「マシュマロ脳」。今は、各人がどんぐり脳を起動し、未来の世代に対する「よき祖先」になる決心をする時だ。

「近代産業時代の鍵となる機械は、蒸気機関ではなく時計である」(L・マンフォード)は至言である。現代人は、自然の循環的時間でなく直線的時間を意識し、分や秒という人工概念で効率化を求めている。更に近年のディジタル化は集中力を奪うとされる。そこで長期思考のための六つの方法が示される。(1)ディープタイムの慎み(宇宙時間を意識。数千年をも意識させる樹木への関心は時間と共生の両方を思い起こさせる) (2)レガシー・マインドセット(よい記憶を残す。個人でなく世代としてよく記憶されること。アフリカ人女性W・マータイのケニアでのグリーンベルト運動によるノーベル平和賞受賞は好例だ) (3)世代間の公正(ネイティブ・アメリカンは常に7世代後の幸福まで考える。ここには受託財産管理の哲学がある。子どもの意見を聞くのも一手段) (4)大聖堂思考(英オックスフォード大の食堂の梁が腐った時、500年前の創設者がオークを植えておいたことが判明。ただし、大聖堂思考には問題を抱えるものも少なくない) (5)全体論的な未来予測(複数の道を描く) (6)超目標(かけがえのない地球)。超目標として、永続進歩、他の星の活用、サバイバルスキル開発などを検討の結果、「一つの惑星の繁栄」という概念を出す。求められるのは時間と同時に場所(空間)の重要性を示す「生命の継続」である。

すでに、ディープデモクラシー、再生型経済、文化進化など超目標へ向けての変化は起きている。世界各地で数多くの活動を調べた著者は、それらの今後に期待する。その一方で、長期思考をもつようになった「個人のライフスタイルの選択が、政治によってスケールアップされない限り、あまり意味をなさない」として権力者に変革を迫る戦略の必要性を説く。評者もそれを実感する一方、各人の生き方の選択が周囲を動かしていく道も意味をなさないとは言い切れないと思うのだ。

実は『グッド・アンセスター』を読み終えた時、『土になる』に出合った。作家・画家・建築家など多様な顔をもつ著者が、ふと始めた畑での生活の92日間の記録だ。初心者だが、毎日通って面倒を見たトマトが49日目に初めて収穫できた。口にしての感想は「美味しすぎる」である。畑の主であるヒダカさんの助言あってのことだが、ここに至るまでに著者の中で「時計で測った時間ではない時間が生まれる」という変化が起き、10年以上続いていた躁鬱病は消えている。鬱とは「時間を感じている時間」と気づき、「時間とは遅れである」というベルクソンがいいなと思うのだ。とくに長期思考の意識はないのだが、本来の時間が体内から生まれてきているとしか言えない。

畑にはノラジョーンズと名づけたノラ猫がおり、それも含めて生きものが動き回る地面の上に自分もいると実感しているうちに、水のことが頭に浮かんだとある。生きもの、土、水と自然に続いていく先には、地球という空間が見える。まさに時間と空間をものしているのだ。そこで、土を豊かにするために必要なことを色々やってみると、「土は楽しくなってくる」のだ。ヒダカさんが野菜に元気がなくても不思議なほど凹まないのは、広く全体を見ているのだ、目の前のことを見ながら先を見るのだとわかってくる。こうして日々何かがわかっていくのである。そして自分のやっていることから「わからない」という言葉が消えていく。羨ましい充実感だ。毎日描いているパステル画を先生に見せたら「空気が描けてる」と言われる。この生き方は、「よき祖先」そのものだろう。各人が自分が生きていることを実感する生活を送ることで、おかしな「わからない」が消えていくなら、これは大きな力になるのではないだろうか。たとえ政治がだめでも。

グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか 『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』(あすなろ書房)著者:ローマン・クルツナリック Amazon | honto | その他の書店 土になる 『土になる』(文藝春秋)著者:坂口 恭平 Amazon | honto | その他の書店

【書き手】
中村 桂子
1936年東京生れ。JT生命誌研究館館長。生命誌という新しい知を提唱。東京大学理学部、同大学院生物化学博士課程修了。

【初出メディア】
毎日新聞 2021年10月2日
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