「スタバでMacドヤァ問題」が示すスタバの強さ。「見せびらかしたい」という欲望を叶える場所は、いかにして作られたのか

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「スタバでMacドヤァ問題」が示すスタバの強さ。「見せびらかしたい」という欲望を叶える場所は、いかにして作られたのか

3月4日(火) 6:47

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日本を、いや、世界を代表するカフェチェーンである「スターバックス」。2023年の段階で、世界中に3万8038店舗を有するこの一大コーヒーチェーンは、日本でもかなりの数の店舗を展開していて、2024年3月時点で1917店舗ものスタバが日本を覆っている。この数は、国内のカフェチェーンとしては最も多く、飲食系のチェーンストア全体で見たときも、マクドナルド・すき家に続く数。

特に日本は、スタバがアメリカ以外ではじめて進出した地域でもあり、2026年には日本上陸30周年を迎える。しかも、アメリカのスターバックスの業績が不安定なのに対し、日本でスターバックスを運営するスターバックスコーヒージャパンの業績は基本的に拡大し続けている。スタバにとって日本とは非常に重要かつ、勢いのある地域なのだ。

どうしてスタバはここまで勢力を拡大し続けられるのだろうか。その理由の一つに、「ニセコ化」があると私は考えている。

※本記事は、『ニセコ化するニッポン』(KADOKAWA)より抜粋・編集したものです。

スターバックスはテーマパークのような存在?

まずは、興味深い記事を紹介しよう。

「TDL(筆者注:東京ディズニーランド)とスターバックスに見る『顧客に惚れさせる』演出」

最近は繁華街にコーヒーショップが増えている。中でもスターバックスコーヒーの人気は高く、昼過ぎや一息つきたい午後三時ごろには行列が出来ることも珍しくない。他のコーヒーショップに比べ単価は高いにもかかわらず、「スターバックスでなければダメだ」というファンは多い。スターバックスもTDL同様、独特の世界を形成している点に特徴がある。(『戦略経営者』2000年9月号)

ディズニーランドとスターバックスが比較され、それらが「独特の世界を形成している点」で似ていると述べられる。スターバックスを「テーマパーク」のように捉えているのだ。実際、スターバックスは「スターバックスリザーブロースタリー東京」という「コーヒーのテーマパーク」とも呼ばれる施設を運営していて、両者が近しい関係にあることを物語っている。

スタバが「フラペチーノで選択した客層」とは

スタバの経営を見ていくと「ニセコ化」の重要な要素である「選択と集中」が色濃く見られる。その結果、テーマパークのような店内が生まれたのだ。

では、スタバはどのように「選択と集中」を行っているのか。それが、①商品ラインナップと②商品価格、の2点だ。

まずは、①について。この顕著な例が「フラペチーノ」の導入である。スムージーのようなもので、現在では、スタバを代表するメニューの一つである。月替わりのフラペチーノは日本でも大人気で、新しい味が出るたびにSNSを騒がせる。毎月新作フラペチーノは必ず飲みにいく、という人も多いのではないだろうか。

このフラペチーノは、何を変えたのか。それは、「客層」であった。それは、コーヒーを飲まない客層、特に若い女性を多く店に引きつけることとなった。こう書くと、「顧客を広げた」という言い方の方が正しそうだが、それは同時にスタバに来る客層を「選んだ」ともいえる。

もともと、スタバのCEOであったハワード・シュルツはこのフラペチーノの導入に反対していた。彼は、根っからのコーヒー好きで、イタリアで飲んだコーヒーの味や店の雰囲気をアメリカでも再現したい、という強い思いのもとで作られたのが、スタバだった。しかしイタリアには、こんなスイーツのような飲み物なんてない。シュルツはそう考え、反対したのだ。

しかし、テスト販売してみたところ、フラペチーノは大人気。この勢いに押されて、シュルツもフラペチーノの販売を認めざるを得なかった……という逸話がある。後年、シュルツはこう回想している。

「わたしが間違っていました。良い教訓になったと思います。やはり顧客は常に正しいのです」(AlexBitter、山口佳美編集・翻訳「フラペチーノに反対したのは『間違いだった』スターバックスの元CEOハワード・シュルツ氏が明かす」)

「喫茶店」から「カフェ」に変貌した

顧客の声を聞いたシュルツが印象的ではあるが、ここで注意しなければならないのは、シュルツが「どの顧客の声を聞いたのか」ということ。「顧客」と一口にいっても、その属性はさまざま。ある人の要望が、別のある人の要望と反対であることなんて、日常茶飯事だ。その中には、きっと「フラペチーノなんて売らなくていい」という声だってあったはず。

しかし、シュルツは、その声ではなくて、むしろフラペチーノを売ってほしいという声を聞いた。そこに、「どの顧客の声を聞くか」という「選択」が発生している。実際、このフラペチーノを売り出す前後、スタバは意識して低脂肪乳や、バニラシロップやラズベリーシロップの導入を行っていた。特に低脂肪乳はカロリーを気にする女性たちから人気が高かったようで、明確に1990年代後半あたりから、スタバは、「女性」をターゲットにした政策を打ち続けていた。その流れの中でのフラペチーノの販売なのだが、シュルツのいう「顧客は正しかった」という言葉の裏に、「顧客の選択」が潜んでいることは、見逃してはならない。

実際、フラペチーノ導入後、スタバの客層は大きく変化した。日本においてそれまでの「喫茶店」はどちらかといえば、個人経営店の多い落ち着いた場所だったが、それ以後は、その客層や雰囲気がガラリと変わった「カフェ」が誕生した。そして実際にスタバは、どちらかといえば若い人が訪れる雰囲気の店になった(そして、おじさんが「ちょっと行きづらい……」と愚痴をこぼす場所になった。

つまり、フラペチーノに「選ばれなかった」人々がいる、ということだ)。ちなみに、日経クロストレンドが2018年に行ったインタビューではスタバ利用者は若い女性に偏りがちだった(小林直樹「スタバ人気は若い女性に偏り気味、江崎グリコは年配層が支持」)。この流れは現在まで続いているとみてよいだろう。

安売りをしないスタバ。なぜ?

これに輪をかけているのが、②「商品価格」による「選択」である。

スタバの商品は、他のチェーン系カフェと比べて若干高い。先程のTDLと比較した記事においても、そのことは指摘されていた。たとえばブレンドコーヒーの値段で比べると、ドトールコーヒーが250円、タリーズコーヒーが360円であるのに対し、スタバは380円だ。ちなみに、ドトールの客単価が500円前後なのに対して、スタバの客単価は1000円前後だという話もある。実際、これはスタバに行く人ならば分かるのではないかと思うが、1000円近くは大体使うよな、という感覚がある。

それに、安売りをしないこともスタバの一つの特徴だ。これはスタバのCEOであったジョン・ムーアが『スターバックスはなぜ値下げもテレビCMもしないのに強いブランドでいられるのか?』で述べていることで、むしろ、それを一つのブランディングにしている。これによってスタバには、ある程度日常的にその価格を払うことに耐えうる人々がやって来る。価格設定で、静かにそこに来る人を選んでいるわけである。

この点に関して「でも、若い客層だって来ているじゃないか」という意見があるかもしれない。実際、スタバ利用者の年収を集計すると、他のチェーン系カフェよりも低い、という話もある。ただし、これは逆にスタバのブランド力の高さを表しているのではないだろうか。スタバは、「ちょっと背伸びしてでも行きたい」店の一つになっているということであり、その点でやはり安売りせずにある程度の高さを保っておくことが、一種のブランディング、つまり「選択」になっていることを表しているだろう。

「見せびらかしたい」という欲望を叶える場所

ちなみに、この点に関して、『お望みなのは、コーヒーですか?』でブライアン・サイモンという社会学者が、ちょっと辛口なコメントをしている。

スターバックスがターゲットにしたのはビジネスピープル、旅行好きの人々、本を買うのが好きな「まともな稼ぎのある人々」であった。(p.35)

つまり、スタバはある種のアッパーミドル層を対象にしているということだ。そして、スタバで商品を買うことは、そうしたプチブルの「見せびらかしたい」欲望を適度に叶えるのだ、とやや辛口に論評している。

もちろん、先ほど、若年層も多く訪れることを指摘した通り、必ずしもその客層の実態はアッパーミドル層だけではない。ただ、興味深いのは、スタバがインスタグラムなどの「見せる」タイプのSNSと相性が良いことだ。特にフラペチーノは「インスタ映え」の文脈とも強く結びついていて、「フラペチーノ」と検索すれば、「インスタ」「インスタ映え」などの検索候補が出てくるし、フラペチーノをいかに映える形で撮影できるのかを指南するサイトさえある。こうした傾向を踏まえれば、ある種の「見せびらかしたい」傾向は当たっていて、スタバは全体としてこうした人々を「選択」しているのではないかと思える。

「スタバでMacドヤァ問題」が示すスタバの強さ

この「スタバに行くタイプ」に関連して、スタバがその「選択と集中」に極めて成功していると思われる例が、「スタバでMacドヤァ問題」。つまり、「スタバには、Macユーザーがたくさんいて、いつもポチポチなんかやっていて、ドヤっている」というやつ。これは、ネット上を中心にまことしやかに語られてきた噂で、検索エンジンなどで「スタバMac」などと検索してみると、多くの記事がヒットする。例えば、以下のような記事だ。

「スタバでMacを広げてドヤ顔してる人を威嚇する方法からブランド戦略を考える」(エンジニアライフ)
「ドトール、若者の間で人気上昇『スタバでドヤ顔と揶揄されるのが鬱陶しいから』」(ガールズちゃんねる)

これ以外にもさまざまなドヤエピソードが出てくるが、興味深いのは、これらが、ほとんど「イメージ」でしかないこと。例えば、「スタバでMacBook広げて何してる?ネットで疑問、店内観察して分かった事実」(J-CASTニュース)では、実際にスタバ3店舗を回ってMacを使っている人の調査を行っているのだが、ある店舗ではPC類使用者11人のうち、Mac使用者は1人で、また別の店舗では、PC類使用者18人のうちMac使用者は5人にとどまっていた。現実としてスタバでMacを開く人は少なく、その結びつきは、イメージ上のものなのだ。

裏返すと、それだけ人々は「スタバにいそうな人々」について、あるイメージを持っているといえる。それは、誤解を恐れずに言えば「ちょっとおしゃれで都会的、かつそれを見せびらかすような人々」ということで、そのイメージを強く人々に植え付けることに成功している。

スタバの「選択と集中」は、そこにいそうなタイプの人々のイメージを私たちに植え付け、その空間の「らしさ」を作り、特別感を高めている。だからこそ、ある人々は「スタバだから行く」のではないか。

経営危機の中で力を入れた「キャストの育成」

一方、もちろんスターバックスの歩みは順風満帆ではなかった。特に2000年代後半に、スタバは深刻な経営危機に陥る。店舗経営が順調な分、レコードや書籍など、あらゆる事業に手を出し始め、赤字が膨らんでいったのである。この時期のスタバについて、創業者のシュルツは以下のようなメモを残していたという。

過去10年間、成長と拡大と発展を実現して、1000軒に満たなかった店舗を1万3000軒へと増やす過程で[…]スターバックス体験の質を低下させ、ブランドをコモディティ化してしまった。(『スターバックス再生物語』p.36-37)

コモディティとは「日用品」のことだと認識しておけばいい。シュルツが当時のスタバの問題点として指摘しているのは、スタバが「選ばれた人」のためにある「ブランド」ではなく、「どこにでもある日用品」のようになってしまった、ということなのだ。

まさに「選択と集中」が適切になされない事態が起こってしまった、というわけだ。これをきっかけに、シュルツは、一度退いていたCEOに復帰。バリスタの再教育や、店内で販売する商品の厳選、事業内容の切り分けなどを行っていく。まさにそれは、スタバというブランドを再構築するための「選択と集中」のやり直しだった。

その中でもシュルツが力を入れたのが、従業員の育成、テーマパークでいうならば「キャスト」の育成である(この点、前章の新大久保でも述べた点に近い)。シュルツは、常々、その経営理念として、「人」を経営の中核に据えることを述べている。経営危機のときシュルツが行ったのも、この「人」へのフォーカスだった。彼は、米国にあるスタバ全店を一時閉店させ、パートナーへの研修を断行。改めてスターバックスの「価値観」を全員で確認したのである。そうしてもう一度スターバックスの「色」にパートナーたちを染め直していった。これは、まさにスターバックスというブランドを再構築するための「集中」に他ならない。

こうした改革も功を奏して、スタバはV字回復を遂げる。

現在、世界には「スターバッカー」といわれる熱狂的なスタバファンがいる。彼らは世界中のスタバを訪れ、スターバッカー相互で交流を重ねている。一つのチェーン店に、このようなファンが生まれることは非常に珍しい。しかし、それは、スタバが徹底した「選択と集中」を行っているからこそ生まれたものである。そして、その結果として、一つの「世界」を作り出す、テーマパークのようになっている。まさに、ニセコ化が起こっているのだ。

<TEXT/谷頭和希>

【谷頭和希】
ライター・作家。チェーンストアやテーマパークをテーマにした原稿を数多く執筆。一見平板に見える現代の都市空間について、独自の切り口で語る。「東洋経済オンライン」などで執筆中、文芸誌などにも多く寄稿をおこなう。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社)『ブックオフから考える』(青弓社)

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