『教皇選挙』(3月20日公開)で第97回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされているレイフ・ファインズ。『シンドラーのリスト』(93)、『イングリッシュ・ペイシェント』(96)でもオスカー候補になったファインズだが、「ハリー・ポッター」シリーズのヴォルデモートや「007」シリーズのM、『キングスマン:ファースト・エージェント』(20)での初代エージェント役などブロックバスター作品での印象も強い。さらに、監督としても活躍するマルチな才能も発揮している。アカデミー賞受賞への期待もかかるファインズのキャリアを改めて振り返ってみたい。
【写真を見る】ヴォルデモートを独善的で心が歪んだ“怪物”として表現(『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』)
■『シンドラーのリスト』、『イングリッシュ・ペイシェント』を経て演技派の地位を確立
1962年12月22日にイングランド東部海岸沿いのサフォークに生まれたファインズ。王立演劇アカデミーで演技を磨いたのち、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーに参加し、ブロードウェイでは主演作「ハムレット」でトニー賞を受賞するなど舞台を中心にキャリアを重ねてきた。
活躍の場を映像作品にも広げ、TV映画『ロレンス1918』(91)や『嵐が丘』(92)などに主演した彼の出世作が、スティーヴン・スピルバーグ監督作『シンドラーのリスト』だ。ファインズが演じたのは、ナチス親衛隊の将校、アーモン・ゲート。女性や子どもを問わず多くのユダヤ人を処刑した実在の強制収容所所長を、心を病んだサイコパス的人物として怪演し、第66回アカデミー賞助演男優賞にノミネートされ注目を浴びた。
その後、ロバート・レッドフォード監督の社会派ドラマ『クイズ・ショウ』(94)、ジェームズ・キャメロンが脚本、キャスリン・ビグローが監督したSFスリラー『ストレンジ・デイズ 1999年12月31日』(95)を経て、『イングリッシュ・ペイシェント』に主演。大やけどを負った記憶喪失の男が自分を取り戻していく様を、現在と過去を行き来しながら描いていく。特に特殊メイクで顔を覆われた現在パートでは目と声だけで感情を表現しており、第69回アカデミー賞の主演男優賞にノミネートされた。『シンドラーのリスト』のオーディションでスピルバーグは、ファインズの狂気に駆られた目に魅せられて1テイク目で起用を決めたと語っているが、今作では哀しみがあふれる澄んだ目を通して苦難に見舞われるハンガリー人考古学者を演じ切り、高い評価を獲得している。
■「ハリー・ポッター」に「007」、「キングスマン」など人気シリーズでも存在感を発揮
このように演技派としての地位を確立したファインズは、ヒューマンドラマ、社会派、ミステリー、コメディなど多彩なジャンルの作品に出演するが、とりわけ映画ファンを驚かせ、かつ幅広い世代に知られるようになったのが「ハリー・ポッター」シリーズのヴォルデモート卿だった。スキンヘッドに青白い肌、ヘビのような凹凸のない鼻を持つ悪の権化を、特殊メイクとCG加工、不気味で仰々しい身振り手振りも交えながら体現。世界中の子どもたちを震撼させた。原作を読んでいなかったというファインズは、原作者J・K・ローリングからの言葉で役のイメージを膨らませ、独善的で心が歪んだ“怪物”を自由に表現したという。
元々、役作りに具体的な人物を参考にすることはほとんどなく、脚本に書かれた役を理解し、自分のなかから創りだすと語っているファインズ。ヴォルデモートについても単なる悪ではなく、堕落した人間だと捉えており、そのようなアプローチによって唯一無二の存在感や説得力あるキャラクターがもたらされたといえる。
「007」シリーズには、ジュディ・デンチに代わる次期M役で『007 スカイフォール』(12)から『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(20)に出演。6代目ジェームズ・ボンドことダニエル・クレイグとも張り合えるダンディなMのキャラクターが話題を呼んだ。
同じく人気スパイアクションシリーズのプリクエル『キングスマン:ファースト・エージェント』では、表向きは高級紳士服テーラー、裏の顔は世界最強のスパイ組織であるキングスマンの設立者、英国貴族のオックスフォード卿役で主演。初代アーサーでもあるオックスフォードを、激しいソード&ガンアクションを交えて熱演した。人気シリーズではほかに、サバイバルスリラー『28年後...』(6月20日公開)にも参加。生きる屍が蔓延するディストピアとなった世界で、ファインズがどんな役どころで登場するのか気になるところ。
■監督業では作家性あふれるアプローチで魅せる
映画監督という顔も持つファインズは、すでに3本の映画を手掛けている。デビュー作はシェイクスピアの悲劇「コリオレイナス」を題材にした『英雄の証明』(11)。かつて舞台でも演じた劇曲の設定を、現代の架空のローマに置き換えた戦争ドラマだ。ハードな戦闘描写などいま風アクションを盛り込みながら、台詞回しはシェイクスピアの原作のまま。映画的リアリズムと舞台的な大仰な表現を組み合わせた、舞台出身のファインズらしい異色作になっている。
続いては、文豪チャールズ・ディケンズと若き愛人の日々を描いた『エレン・ターナン ~ディケンズに愛された女~』(13)。フェリシティ・ジョーンズら俳優たちの繊細な感情表現を中心に構成され、陰影を強調した絵画のような映像など、凝った画作りにも圧倒される。
監督3作目『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』(18)は公演先のパリで亡命したロシア人ダンサー、ルドルフ・ヌレエフの半生を描く伝記映画。ヌレエフの激しい生き様に迫っただけでなく、ウクライナ出身の現役バレエダンサー、オレグ・イヴェンコを主演に起用し、華麗なカメラワークを用いながら見事なバレエシーンを映しだすことに成功している。舞台時代を含めて何度もロシアを訪れているファインズは、当地の文化や伝統に魅せられたと述べており、そのこともこの作品を作る原動力になったようだ。そして現在は、ロンドンで暮らす移民の青年を描いた新作も準備中とのこと。
■コンクラーベに翻弄される聖職者の人間性を繊細に表現した『教皇選挙』
ファインズ主演の最新作『教皇選挙』は、カトリック教会の最高指導者であるローマ教皇の死に際して開かれた、後継を選ぶコンクラーベ(教皇選挙)をめぐるサスペンス。ファインズが演じるのは、教皇が信頼を寄せていた主席枢機卿(教皇に次ぐ高位の聖職者)で、選挙の執り仕切りも担うローレンス。自身も候補者の一人なのだが、信仰に迷いを抱き、選挙が終わり次第引退することを決めている。
世界各地から候補者が集まり、荘厳な空気のなかで行われるコンクラーベ。映画ではその内幕で繰り広げられる策略や足の引っ張り合いがスリリングに描かれ、エンタメ色も濃厚。さらに、不審な動きを見せる候補者をローレンスが極秘裏に捜査することになり、ミステリーとしても楽しめる作品になっている。二転三転する物語の最後には、バチカンの歴史を覆す想定外のどんでん返しも…。
『教皇選挙』においてレイフ・ファインズは、混迷を極める選挙に翻弄されるローレンスを人間的弱さと確固たる決意を持った人物として体現。アカデミー賞主演男優賞のノミネートも当然といえる。カメレオン俳優の本領発揮と言わんばかりの繊細な演技を、スクリーンで味わってほしい。
文/神武団四郎
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