この記事は「これ以上レストアする必要があるのか?|「あるべき姿」を極めたジャガーDタイプ【前編】」の続きです。
【画像】歴史資料の調査を重ね、オリジナルと同じ状態にレストアされたジャガーDタイプ(写真8点)
最終仕上げの方法を模索する
また、当時の写真や、希少な手つかずのDタイプを調べて、オリジナルの塗装が最小限だったことも分かった。「1955年当時、ジャガーのエンジニアはどういう考え方をしたか。彼らならどうやったか」マーク・ヒューズはこれを指針として、最終仕上げの方法を検討した。
1955年のファクトリーの写真をつぶさに見て、この指針を当てはめた結果、Dタイプは未塗装のアルミニウムのまま、走行可能な姿に完全に組み立てられた、とヒューズは結論づけた。「塗装は最もあとに行われた作業のひとつでした。完全に組み立て済みの車を塗装するのは楽ではありませんが、これはレーシングカーですから、時間的余裕はなかったのです。パースペックス製スクリーンをマスキングしたら、あとはドーム型の固定ネジの上から塗装していました。もしスクリーンを外側に装着していたのなら、塗装のためにいったん取り外して、再び装着しなければなりません」
XKD 526は、1956年のカラーリングでレストアすることになり、その結果、目を見張る外観に仕上がった。レースナンバーの”11”は直線的なので、ボディワークの曲線との対比で視覚的なアクセントになっている。また、ダークグリーンのボディと赤いヘッドレストパッドも、フォルムの面白さを際立たせている。このレストアのあらゆる面と同じように、丹念な作業でコンセプトを実現したが、配色を選ぶのは簡単ではなかった。
「インテリアはすぐに変更されていたし、その写真もモノクロしかない。だから何色だったのか判断するのは容易ではなかった。記録もないんだ」とハダウィー。「最初はブリティッシュレーシング・グリーンとタンだったが、1956年に今の色に塗り直された。非常に濃い、ほとんど黒に見えるダークグリーンだ。既にインテリアは変更済みだった」
「私たちは、内部をブリティッシュレーシング・グリーンにペイントした。あの頃は、ほぼ間違いなく、わざわざ内部まで塗り直したりしなかったからだ。ただマスキングして、外部だけ塗装したはずだ。そこで、内部はブリティッシュレーシング・グリーンに、外部は濃いダークグリーンに、そしてインテリアは赤にした。私は、XK140のものだった赤いハーデュラ製フロアマットを見つけることができたんだ。ハーデュラはセンターコンソールで使われていた素材だ。いま手に入る素材では質感が違う。点描の模様のような感触だから」
CKLは正しい塗料を使用し、あまりテカテカしすぎない光沢の程度も含めて、オリジナルと同じ仕上がりにした。最後に、ラウンデルとレーシングナンバーを、これも1956年と同じ手法で、手作業でペイントした。
コクピットはまさに理想的な仕上がりで、すべてオリジナルのメーターやスイッチが並ぶ。正しい方法で仕立てたコノリーレザーのシートに、イグニッションキーもオリジナルだ。さらなるディテールが運転席に本物の風格を添えている。たとえば、例のジャガー特有のハーデュラ製カバーがセンタートンネルを覆い、同時代の2点式ラップベルトが備わり、ステアリングの中央は、この車が装着していたのと同じタイプの古めかしいラバーだ。バックミラーは、コクピットの横にある先すぼまりのカウルに収まっており、その下にある照明のハイ・ロー切り替えメカニズムは、ジャガーがモディファイした希少なルーカス製である。
チームの調査で判明したのだが、エンジンベイやボンネット、スペアタイヤ用コンパートメントの内側は、明らかに組立が完了してからファクトリーでペイントされていた。従来のレストアの常識に反して、ボンネットの内部は、配線を収めた管やパイプクリップ、ボンネットキャッチ、ヘッドランプのボール、ほとんどの固定金具を装着したまま、全体にアルミニウムペイントを吹き付けていたのだ。
XKD 526は、1955~70年までという非常に長いレースキャリアをオーストラリアで築いたので、その間に整備やアップグレードを受けていたが、そうした要素はレースヒストリーの一部として手を付けなかった。1956年には、ギアボックスのトラブルに見舞われたため、代わりのDタイプ用ケースが届くのを5カ月間待ち、合わせて、フロントのアンチロールバーを硬くし、ZF製ディファレンシャルにアップグレードされた。また、1959年にはオリジナルのエンジンが3.8リッターに拡大された。
現在の機構部はまさに本物で、シリンダーヘッドにはオリジナルのエンジンナンバーE2024-9が入っているし、ウェバー製キャブレター(ナンバー574、571、552)とドライサンプのタンクもオリジナル、といった調子である。一方、ダメージがあったり複製品と交換されたりしていたコンポーネントは、可能な限りオリジナルのアイテムと交換した。CKLが見つけた軽量なアルミニウム製のフロントラジエターは、航空機パーツのサプライヤーだったマーステンが製造した、紛れもないオリジナルだ。テストしてみると、意外にも、極薄の合金製マトリックスが今もちゃんとクーラントを保持できることが分かったので、ペイントして搭載した。
もっと小型のコンポーネントも、オリジナルと同じタイプを調達した。マーステン製オイルクーラー、チェズニー製ホースクリップ、正しい亜鉛めっきのバンディー製ブレーキパイプと編み込みのオイルホース、メタラスティック製ヘッダータンクマウントなど、数多い。ブレーキのマスターシリンダーは、S/N 80と刻印されたオリジナルの品で、今も装着されてきちんと機能する。
フロントサスペンションもオリジナルのパーツばかりで、まさに夢のようだ。特徴的なニュートン製ダンパーに始まり、ル・マンを走れば真っ赤に光った硬質クロムめっきのブレーキディスクも、個別のナンバリングが付いたダンロップ製6ポットキャリパーも、オリジナルのものである。いうまでもなく、Dタイプはディスクブレーキを採用した世界初のプロダクションカーだった。
とくに入手困難だったのが、フロントのアッパーウィッシュボーンだ。過去にひびが入ったため、ジャガーのクラシック部門が復刻版Dタイプのために造った複製品と交換されていた。CKLは、幅広いツテに電話をして回り、地球に残った最後の1個かもしれない品を見つけ出した。鍛造した会社のマークが平面の部分に浮き彫りされていることが本物の証しだ。
足元には、オリジナルの16インチ、プレス加工のダンロップ製ペグドライブ・ホイールを履く。ホイールのオフセットとリム幅は4輪ともオリジナルどおりで、リアも昨今のヒストリックレースで好まれるリバースリムではない。最近は滅多に見なくなったが、このDタイプはバランスウエイトの仕組みも正確だ。今ではモダンなクリップ式のウエイトがすっかり一般的になっている。しかしこの車のバランスウエイトは、ホイール中央部を取り巻く冷却用の穴の間にドリルで開けた小さな穴に取り付けられて、1列に並んでいる。また、中央の1個のボルトでバランスウエイトディスクを挟んでおり、比較的軽いタフノル製スペーサーか、もっと重い鉛製ディスクのどちらかを選んで、必要な調整ができる仕組みだ。
時代を超えた本物の輝き
レストアが完了したのは、2024年のペブルビーチ・コンクールにぎりぎりで間に合うタイミングだった。そこでクラス最優秀賞の栄冠をつかむと、次はクラシックカーによるチャリティーツアー”コロラド・グランド”に参加して、公道を1000マイルにわたって走行した。マーク・ハダウィーは帰宅したあとも、近隣の山道で頻繁にドライブしている。その結果、飛び石で傷が付き、古艶が出てきたが、このオーナーはそれでいいと考えている。ハダウィーはこう語る。「私にとって車とのつながりというのは、ただ”これを持っている”と口にすることじゃない。素晴らしい1台を見つけて、実際に味わうことなんだ」
ハダウィーはコレクターとして、現代のレストアのあり方だけでなく、車の使い方に関しても、”本物”といえるレベルを引き上げたといえるだろう。英国スポーツカーのスペシャリストで、Dタイプについて熟知するグレゴー・フィスケンは、『Octane』にこう打ち明けた。「この車をレストアし直すと聞いたときは、誰もが”本気か?”と思ったものです。何しろあのままでも、オーナーの10人中9人は満足したでしょうから。しかし謙虚に認めますよ。ペブルビーチでこの車を目にして、彼は完全に正しかったのだと分かりました。Dタイプはどうあるべきかという基準を引き上げてくれたのです。脱帽ですよ。ペブルビーチの審査員は、当然ながら、それをきちんと評価したのです」
XKD 526は今、ハーペルハウスと同じように、時代を超越した本物の輝きを放っている。どちらも、こうした重要な遺産を収集し使用するマーク・ハダウィーの深い見識の証しだ。クリス・キース-ルーカスとマーク・ヒューズ、そしてもちろん、CKLのスタッフが誇る知識と経験の賜物でもある。
こうしたプロジェクトには情熱も欠かせない。ハダウィーは、話をしているうちにこちらまで熱くさせる人物だ。その情熱がどこから湧いてくるのか、最後に語った言葉がヒントを与えてくれた。「私はただ、自分の夢を忘れないようにしているだけさ。Dタイプはあの純粋さがたまらない。シングルコクピット、スナップで留めるトノカバー、フィンもない姿…。ほら、あの『スピードレーサー(マッハGoGoGo)』の車にそっくりだろう?」
1955年ジャガーDタイプ
エンジン:3442cc(1959年に3781ccに拡大)、直列6気筒、DOHC、ウェバー製キャブレター×3基
最高出力:306bhp/5500rpm
最大トルク:43.1kgm/4200rpm
変速機:シンクロメッシュ付きモス製4段MT、後輪駆動、リミテッドスリップ・ディファレンシャル
ステアリング:ラック&ピニオン
サスペンション(前):ダブルウィッシュボーン、トーションバー、テレスコピック・ダンパー、アンチロールバー
サスペンション(後):リジッドアクスル、リーフスプリング、テレスコピック・ダンパー
ブレーキ:ダンロップ製ディスク
車重:870kg
最高速度:290km/h超
0-100km/h:4.5秒
翻訳:木下 恵Translation: Megumi KINOSHITA
Words: Simon AldridgePhotography: Evan Klein
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