Apple TV+で独占配信が開始され、世界中で好評を博しているマイルズ・テラー&アニャ・テイラー=ジョイ主演のApple Original Films『深い谷の間に』。SFやアクション、ホラーなどのジャンルをミックスしながらも、筋の通った物語となったのは、主人公2人の人間ドラマが主軸となっているから。これはまさに、『ドクター・ストレンジ』(16)や『ブラック・フォン』(22)などで鳴らしたスコット・デリクソン監督の演出の賜物だ。いったい彼は、どんな思いを『深い谷の間に』に込めたのか。PRESS HORROR編集部がオンラインでインタビューを行なった。
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■「本作はSF、アクション、ホラー、政治スリラーで、もっとも大きな要素がラブストーリーです」
異なる極秘任務を背負い、谷を挟んだ断崖の監視塔に、それぞれ配置された男女のスナイパー。孤独な日々のなかで、彼らは双眼鏡越しに交流を重ねていくが、谷底に潜む秘密が明らかになった時、平穏そのものだった任務の日々は恐怖と危険に満ちたものへと変わっていく。
――『深い谷の間に』は、ザック・ディーンによるオリジナル脚本から始まったと聞いていますが、どんな点に惹かれたのですか?
「まずはロマンスの部分です。個人的な話になりますが、3年ほど前に恋愛して再婚したので、そこに共感を覚えました。そしてもちろん、ジャンルのミックス。取り組み甲斐のある題材でした」
――確かにこのジャンルミックスは意外性があります。演出するうえで、どんな点に気を配られましたか?
「本作に含まれるジャンルは虹のように重なり合っています。SFやアクション、ホラー、政治スリラーなどの層がある。そして、その一番うえ、すなわちもっとも大きな層にラブストーリーがあります。なので、どんな局面であっても、この要素は見失わないよう心がけました。たとえば、危険なことが起きたときの、主人公2人の反応ですね、お互いに向けるまなざしを的確にとらえるなど、映像の面は特に気を配りました。彼らが2人で一つのチームになる。そう見えることが重要だったのです」
――ラブストーリーという点では、主人公リーヴァイとドラーサが、谷を挟んでスケッチブックやホワイトボードで筆談しながら、コミュニケーションを取っていく描写に品性があり、印象的でした。このアイデアはどこから来たのでしょう?
「ザックの脚本にすでにありました。本当にすばらしいアイデアだったので、私はほとんど手を加えていません。ザックはパンデミックによるロックダウンの最中に、この脚本を書いたんです。世界中がそうだったと思いますが、人々が孤独や寂しさを感じていた時期ですね。他人と触れあいたいと思っても、物理的に触れることはできなかった。脚本を読んで、あのころの感覚を思い出しました。それを思うと、主人公の2人が距離を隔てて、孤独のなかで求め合うのは、とても人間的だし、美しいことですよね。思うに、あのディスタンスがなければ、プロである彼らは他人とつながろうとは考えなかったのではないでしょうか。ロックダウンのころのように分断されているからこそ、つながりたいという強烈な思いが生まれ、相手のことを知りたくなるのです」
――元軍人のリーヴァイは使い捨ての駒、つまりエクスペンダブルな存在として扱われようとしています。政治スリラーの要素もあるとのことですが、その点でしょうか?
「もちろん。劇中では明らかにしていないけれど、リーヴァイはなんらかの理由で戦場を去りました。しかし軍需企業は彼を、まだ価値のある、使えるスナイパーだと考えています。実は私がもっとも興味があったのは、防衛産業の民営会社が政府と組んで、活動していることでした。リーヴァイが正規の軍人ならば、政府は守ってくれる。しかし、軍を去った彼は個人事業主であり、防衛産業にしてみれば使い捨てにできるわけです。これは決してよいことではない。一人のフィルムメーカーとして、僕が暮らしている国のそういう面について、建設的批判をしたかったのです」
■「『ブラック・フォン』の続編は、よい意味で期待を裏切るでしょう」
――Appleスタジオとの仕事は、あなたがこれまで関わってきたハリウッドのメジャースタジオとの仕事と、違いがありましたか?
「大きな違いはありませんでした。これまでも今回も、スタジオから信頼されていると感じられたし、気持ちよく仕事ができました。違いがあるとすれば、Appleは巨大企業だから、製作資金に余裕があることですね(笑)。実のところ、ザックの脚本の後半部分は、かなり手を入れたので時間がかかったし、そのぶん予算もかかりました。しかしそのおかげで、この映画は僕のビジョンに忠実な映画となった。これはAppleの支えなしではできないことでした」
――マイルズ・テラーとアニャ・テイラー・ジョイは、いずれも孤独感を体現するとともに、肉体的にハードな演技を見せています。彼らのアクション演技を目にして、”スゴい!”と思った点があれば教えてください。
「なんといっても、断崖に吊るされたジープを引っ張り上げる一連のアクションシークエンスです。あのジープは第二次世界大戦期に使用された本物のジープで、撮影も実際に断崖絶壁で行ないました。そして彼らも、宙づりになりながら本物の演技を見せてくれたんです。もちろん命綱は付けてはいましたが、高い位置に宙づりにされ、なおかつ複雑なコレオグラフをするのは肉体的にキツいことです。しかも撮影は数日におよびました。それでも彼らは『自分でやりたい』と申し出て、やり遂げたんです。感服しました。鮮明に記憶に残っているのは、すべてを撮り終えて、アニャが宙づりから解放され地面に降りた時、断崖を見上げて敬礼をしたことです。『さよなら、壁さん』と言っているようにも見えたし、『壁はもうたくさん、じゃあね』と吐き捨てるようにも見えました(笑)」
――谷の底に存在するクリーチャーのデザインは、どこからヒントを得たのですか?
「先ほど脚本の後半部分に手を入れたと述べましたが、それはもっとミステリーを押しだしたかったからです。そして、そのミステリーを完結させるためには強烈なクリーチャーが必要でした。デザインの元となったのは、欧米に古くから伝わるホラー民話です。そこにはプラント・ピープル、つまり植物と人間が組み合わさったようなモンスターが登場します。ならば植物だけでなく、動物や昆虫などの自然界の生き物を一体化させたらおもしろいと考えました。強烈なハイブリットといえるでしょう」
――最後に、次回作となる『ブラック・フォン』の続編について教えてもらえますか?
「そもそも続編を作る義務はなかったし、興味もなかったんです。しかし、スティーブン・キングの息子で、前作の原作者でもあるジョー・ヒルからメールをもらい、興味を持つようになりました。ジョーは続編のアイデアを書いてよこしたんです。それは前作の子どもたちが高校生になって、新たな恐怖に襲われる、というものでした。前作は中学生のホラーだったけれど、中学生と高校生では怖いと感じるものが違いますよね。前作から4年を経て、彼らも成長しているのですから。それに高校時代は人生でもっとも多感な時期ですから。これに基づけば、前作とまったく違うものが作れると思い、ワクワクしました。よい意味で、前作の観客の予想を裏切るでしょう」
取材・文/相馬学