「恵比寿映像祭2025」開幕レポートアピチャッポン、小森はるか、小田香らの作品を通して「ドキュメンタリーとは何か」を問う

「恵比寿映像祭2025」参加アーティスト

「恵比寿映像祭2025」開幕レポートアピチャッポン、小森はるか、小田香らの作品を通して「ドキュメンタリーとは何か」を問う

2月7日(金) 3:00

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総合開館30周年に当たる東京都写真美術館全館と恵比寿各所を会場とする映像フェスティバル「恵比寿映像祭2025」が1月31日(金)に開幕した。小田香、角田俊也、林勇気、アピチャッポン・ウィーラセタクン、トニー・コークスら11の国と地域から39人の作家が参加し、展示や上映、ライブ・パフォーマンス、トーク・セッションなど多彩なプログラムが2月16日(日)まで行われる。

アピチャッポン・ウィーラセタクン《Box of Time》より

多様化する映像表現やテクノロジー、社会状況の変化などさまざまな視点で「映像とは何か」を考える恵比寿映像祭。17回目を迎える今年のテーマは「Docs ―これはイメージですー」だ。「Docs」とは、書類や記録物を意味するドキュメント(Document)の略で、ドキュメンタリー(Documentary)映画祭といった名称にも使われる言葉。ドキュメンタリー映画といえば、事実を記録した映画だと思われるのが常だが、フェイクニュースなど情報の取り扱いが課題となる今、何がリアルなのか、事実とイメージの関係を丁寧に解して考え直さなければいけないのではないか、そんな問題意識から設定されたという。

遡ればこのテーマは、第2回「コミッション・プロジェクト」のファイナリスト4名に共通するドキュメンタリーへの問題意識が起点となっている。「コミッション・プロジェクト」とは、日本を拠点とするアーティストを選出し、制作委嘱した新作を恵比寿映像祭で発表する、作家支援プロジェクト。小田香は自らの母を取材し、近しい存在でありながらこれまで知らなかった母の人生を綴っている。

小田香《母との記録「働く手」》2025年

小森はるかは、ドキュメンタリー映画『阿賀に生きる』にも登場する新潟水俣病患者の支援者、旗野秀人さんを追った新作映像を、資料とともに展示。患者運動でともに闘った旗野さんは、被害認定を受けることができなかった患者の人々も「生きていてよかった」と思えるような集いをつくり、子どもたちへの継承に尽力する。『阿賀に生きる』は、小森が東日本大震災後の東北で指針にした映画でもあり、細胞に染みるような小森の新作から、東北や能登など各地の復興のあるべき姿などについても考えさせられる。撮影のために2022年に新潟に移住してから初の発表でもある。

小森はるか《春、阿賀の岸辺にて》2025年

永田康祐は、朝鮮半島(主に韓国)の稲作と酒造における日本統治の影響についてリサーチし、映像インスターレションに仕上げた。ろう者でもある牧原依里は収録した映像作品の「上映」、再現のできないリアルタイムの「上演」、その映像と観客の反応という「三つの時間」によって、本当の意味でのドキュメンタリーとは何かを問う。4作品の中から特別賞が決定されるが、誰が受賞してもおかしくないほど見応えがある。

永田康祐《Fire in Water》2025年 牧原依里《三つの時間》2025年

さらに展示を紹介しよう。トニー・コークスの、言葉による肖像というべきバナー作品は4カ所で展開。うち一作品では、“ソウルの女王”アレサ・フランクリンの歌が公民権運動における女性の解放を支えたことなど、芸術がもたらす政治・社会運動への間接的な貢献について綴られている。ほかにブリトニー・スピアーズ、ドナルド・トランプを題材とした作品もあり、ポピュラー音楽と社会、大衆に関連した問題にも触れる。

トニー・コークス《The Queen is Dead…Fragment 2》2019年

プリヤギータ・ディアは、自身のルーツの探求を含め、東南アジアの労働史、熱帯地域への考察に、精神世界や歴史的状況、神話、個人的経験などを絡ませる。マレーシアに渡った契約労働者の旅、集合的記憶の場としての「海」、さまざまな物語を反映した3Dアニメーションを展示。併せて、植民地時代のゴム農園を撮影した記録写真を一枚一枚に分断し、当時の社会階級を前提に契約(または移民)労働者が権利を奪われるイメージを示した作品も。

プリヤギータ・ディア《The Sea is a Blue Memory》2022年(右)、《liquid.vision_nil.land(after MalayaRubberPlantation, Getty)》2022年(左)

また、カウィータ・ヴァタナジャンクールは、ファストファッション工場の女性労働者に対する搾取、染料による水質汚染と流域住民の健康被害、人間と機械といった問題を、自らのパフォーマンス映像で告発する。

カウィータ・ヴァタナジャンクール《A Symphony Dyed Blue》2021年

劉玗(リウ・ユー)は、台湾の先住民の神話に出てくる大洪水をテーマに、映像とオブジェによるインスタレーションを展示。一方、斎藤英理は、近所や旅の中で、懐かしい肌理の8ミリフィルムで撮影した映像をデジタル化した日記映画を上映している。

劉玗(リウ・ユー)《If Narratives Become the Great Flood》2020年 斎藤英理《Social Circles》2023年

また、東京都のコレクションから、ウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットなど19世紀写真も併せて展示されている。

東京都写真美術館の30年の歴史を思い起こす作品もある。2021年に70歳で没したイトー・ターリのアーカイヴ展示では、東京都写真美術館で2010年に開催されたエポックメイキングな展覧会「ラヴス・ボディ−生と性を巡る表現」(笠原美智子企画)でのパフォーマンス映像も上映。パフォーマンスアーティストであり、レズビアン・コミュニティのアクティビィストでもあった彼女の活動が、彼女を支えた「ターリの会」の尽力でまとめられている。

イトー・ターリアーカイヴ展示

1975年前後に、百科事典の図版を頼りに独自に復刻した《驚き盤》を東京・白樺画廊で発表した古川タクは、プリミティブメディアアーティスト橋本典久の協力で、現存する3台の装置を複製板の円盤とともに展示した。また、本をデジタルで制作したらどうなるか、藤幡正樹による約30年前のメディアアートも楽しめる。言葉とイメージのさまざまな考察は現代にも重要な意味をもたらす。

古川タク《驚き盤》1975/2025年

なお、1階ホールでは、劇映画、ドキュメンタリー、実験映画、アニメーション、現代美術などの上映やシンポジウムもある。「日本のポスト・ドキュメンタリー特集」、映像作家・牧野貴による初の実験ドキュメンタリー映画《100年》と音楽家・渡邊琢磨による弦楽五重奏の共演ライブなど多彩なプログラムだ。

会場では、乳幼児から高齢者まで、障害のある人もない人も、海外にルーツを持つ人も、誰もが楽しめるようアクセシビリティにも力を入れている。さらに近隣各所で地域連携プログラムも開催されている。いずれも公式ホームページをチェックしてから出かけよう。

取材・文・撮影:白坂由里

<公演情報>
総合開館30周年記念恵比寿映像祭2025「Docs ―これはイメージです―」

2025年1月31日(金)~2月16日(日)、東京都写真美術館、恵比寿ガーデンプレイス各所、地域連携各所ほかにて開催

公式HP:
https://www.yebizo.com/

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