「BIG6」とは、英国メディアの造語である。
近年のプレミアリーグ繁栄に貢献したマンチェスター・ユナイテッド、アーセナル、チェルシー、リバプール、マンチェスター・シティ、トッテナム・ホットスパーを指し、彼らの多くはヨーロッパのサッカーシーンでも永らく中心だった。
プレミアリーグが発足した1992年からしばらくの間は、マンチェスター・Uの一強と言って差し支えない。サー・アレックス・ファーガソンに率いられたチームは常に年齢バランスもよく、1990年代に6回、2000年代も2012-13シーズンまでに7回のリーグ優勝だ。このなかには2度の3連覇も含まれている。
1990年代のマンUはまさに無敵だったphoto by AFLO
1996年に名将アーセン・ベンゲルを招聘したアーセナルは、たしかにマンチェスター・Uと激しく争った。当時のフランス代表の中心だったティエリ・アンリ、ロベール・ピレス、パトリック・ヴィエラを軸とする「フレンチ・コネクション」の活躍により、1997-98、2000-01、2003-04と3度のリーグ優勝を達成した。しかし、先述したマンチェスター・Uの実績には遠く及ばない。
チェルシーも同様だ。みずからを「スペシャルワン」と称したジョゼ・モウリーニョ監督によって、2004-05シーズンから連覇。2007年10月に補強プランをめぐって上層部と対立したモウリーニョが去ったあとも、2009-10、2014-15、2016-17シーズンを制している。だが、こちらもマンチェスター・Uから主役の座を奪ったとは言いがたい。
さて、2000年代前半はこの3チームに、リバプールを加えて「BIG4」と呼ばれる時代もあった。しかし、リバプールは優勝したアーセナルに7ポイント及ばず2位に終わった2001-02シーズンを除き、スポットライトは浴びていない。2003-04シーズンに至っては、無敗優勝のアーセナルに34ポイントもの大差をつけられている。
伝統と格式ならイングランド屈指であっても、当時のリバプールが「BIG」と評される実力はまだなく、あの熱血漢の赴任まで10年以上も待たなければならなかった。
【みんなグアルディオラの戦術をマネた】トッテナムはリバプールを下まわる。最終盤まで優勝争いに名を連ねたのは2015-16シーズンだけだ。チャンピオンズリーグも常連ではない。プレミアリーグのオリジナルメンバーであり、1882年創立の名門であるがゆえに「BIG」と呼ばれるも、実力は伴っていない。直近5シーズンも6位、7位、4位、8位、5位。周囲の期待を裏切り続けている
それらBIG4の時代に、一石を投じたのがマンチェスター・Cだ。2008年に「アブタビ・ユナイテッド・グループ(ADUG)」が買収すると、豊富な資金をふんだんに使って瞬く間にチームを強化していった。
2011-12シーズンはロベルト・マンチーニ監督が、2シーズン後はマヌエル・ペジェグリーニ監督がリーグ優勝に導いている。かつてはライバル視どころか、歯牙にすらかけなかったファーガソンに「うるさい隣人」と言わしめたのだから、マンチェスター・Cからすればしてやったりだ。
また、2016-17シーズンから率いているジョゼップ・グアルディオラ監督は、昨シーズンまでの8年間で6回のリーグ優勝。2020-21シーズンからは前人未到の4連覇まで達成している。
「ポジショナルプレー」「偽サイドバック」「偽9番」など、グアルディオラ監督の革新的なアイデアはサッカー界全体のトレンドとなった。主力の高齢化と負傷者の続出で今シーズンこそ不振にあえいでいるが、近年のプレミアリーグはグアルディオラの影響力が色濃く、多くのクラブが教本にするほどだ。
そして唯一、彼らと伍したのがリバプールのユルゲン・クロップ監督だ。2015年10月にマージーサイドに赴任したドイツ人の熱血漢は、「ゲーゲンプレス」でマンチェスター・Cに対抗した。
入念な研究に基づく戦略・戦術、プレー強度、テクニックなど、すべての面で申し分なかった。クロップ体制下のリバプールは9年でわずか1度のリーグ優勝に終わったとはいえ、勝ち点92や97の高ポイントでもマンチェスター・Cの後塵を拝するケースが2度もあった。それほど両チームのレベルは拮抗し、プレミアリーグは2強の時代が7〜8年も続いている。
【BIGの枠に食い込む新たなチームは?】リバプールとマンチェスター・Cの好調に、アーセナルはついていくのが精いっぱいだ。ローテーションを好まないミケル・アルテタ監督の用兵で主力が負傷したり、上層部が補強費を出し渋ったり、2強との差はなかなか縮まらない。
一方、チェルシーとマンチェスター・Uは、上層部の不手際によって玉座から滑り落ちた。
2022年3月、不正取引によって資産が凍結された当時のオーナー、ロシア人実業家のロマン・アブラモヴィッチ氏に代わり、アメリカの億万長者トッド・ベーリー氏と買収を主導したクリアレイク社の共同設立者ベタバ・エグバリ氏の新体制となったチェルシーは、有望な若手を世界中から買い漁っている。
だが、些細な事象でキレる短気者が少なくない。経験豊富なベテランや下部組織出身のタレントを軽視するチーム作りもあらためるべきだ。BIGの称号を取り戻したいのなら、伝統と格式を再認識する必要がある。
マンチェスター・Uは2005年に買収を成功させて共同オーナーとなったアメリカの巨大ビジネスグループ、グレイザー・ファミリーがクラブを滅茶苦茶にした。買収した際の借財、移籍市場に素人を起用した意味不明な人選、インフラ整備の無視など、クラブに愛情を注がなかった。
同じフットボールでもNFLで所有するタンパベイ・バッカニアーズを重視し、マンチェスター・Uは投資の対象でしかなかった。イングランドきっての名門が復活する手段はただひとつ、このアメリカ人オーナーのクビを叩き切ることだ。
チェルシーとマンチェスター・U、トッテナムの不調により、BIG6の図式は歴史年表のなかに埋没した。現在は安定感抜群のリバプールとマンチェスター・C、優勝争いに最終盤まで加われるアーセナルの3強がプレミアリーグをリードしている。
では、彼らとともに主役を張れるクラブは現れるのだろうか。
2021年10月にサウジアラビアの巨大資本が入ったニューカッスルは、「新たなマンチェスター・Cになるのでは?」と一時は期待された。しかし、経済事情は芳しくなく、移籍市場では買いより売りを優先しなくてはならない。
【マンCもかつてはどん底時代があった】今シーズン好調のボーンマスはホームスタジアムのキャパシティが11,307人、ノッティンガム・フォレストは30,404人と、BIGと表現するには規模が小さい。三笘薫を擁するブライトン、鎌田が所属するクリスタル・パレスは、タイトル歴が白紙である。
伝統と格式を重視するなら、BIGの枠に食い込めるのはアストン・ヴィラだろう。プレミアリーグがイングランド1部リーグと言われていた時代に7度も優勝し、FAカップ7回、リーグカップ5回、1981-82シーズンはチャンピオンズカップ(現チャンピオンズリーグ)も制している。ホームスタジアムのヴィラパークは美しく、42,500人のキャパはビッグクラブの仲間入りをするためのサイズを満たしている。ブランドイメージは申し分ない。
一時はリーグ3(実質イングランド4部)まで転落したマンチェスター・Cを「ADUG」が買い取るなど、誰が予想しただろうか。アストン・ヴィラはプレミアリーグ発足から一度も降格を経験せず、昨シーズンは4位。今シーズンはCLの決勝ラウンドにストレートインしている。クラブ創立は1874年。巨大資本が興味を示したとしても不思議ではない古豪だ。
リバプールとマンチェスター・Cの2強にも、いずれ新旧交代の時が訪れる。20年以上もリーグ優勝の美酒に酔っていないアーセナルには、テッペンに立った瞬間に我が世の春を謳歌するだけの力がある。
プレミアリーグの勢力分布図はいつか必ず塗り変えられる。BIG6の図式はすでに崩れ去った。常勝チャンピオンなど存在しない。
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