病に侵され安楽死を望む女性マーサと、彼女に寄り添う親友イングリッドの最期の日々が、ペドロ・アルモドバル監督独特のカラフルなカラーパレットを用いて描かれる『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(公開中)。アルモドバル監督にとって初の全編英語の短編映画『ヒューマン・ボイス』(20)に続いてのコラボとなるティルダ・スウィントンがマーサ役を引き受け、容赦なくクローズアップで迫るアルモドバルの演出に耐え抜いている。そもそも「安楽死」というテーマに対して、ティルダはどんな考えを持っているのだろうか。お馴染みのブロンドのショートヘアにシャネルのジャンプスーツでホテルの部屋に現れた彼女に、とりあえずそのあたりから質問してみた。
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※本記事は、ストーリーの核心に触れる記述を含みます。
■「誰かを看取ると言うのは愛の行為にほかなりません」
「まず、これは死についての映画ではないと言わせてください。やがて訪れる死を前にして人はどう生きるかという映画なのです。ペドロがこんな機会を私に与えてくれたことに感謝しています。私は特にこの15年間で、何度も今回の映画で言うと看取る側、つまりイングリッドの立場を経験しました。私にとって最初のマーサは、デレク・ジャーマンだったことに間違いはないです。誰かを看取ると言うのは愛の行為にほかなりません。目を背けることなく側に必ずいること、なにも言わずにただ耳を傾けること、そして、すべてを目撃するということ。今回、似たようなシナリオをマーサの立場で演じることができたのは、イングリッド側の価値観というものを自分の目で見て、知っていたからだと思います」。
イングリッドを演じるジュリアン・ムーアとのセッションは楽しめたのだろうか。「ジュリー(ジュリアン)と私は、まるで沈没した舟の木片に一緒にしがみついている最後の2人のような状況でした。なにしろペドロは撮影のスピードが早い人で、もうワンテイク撮ってほしい、もっと遊びたいと思っても聞き入れてくれません。だから、私たちはお互いに支え合うしかなかったのです。いま思うと、ジュリー以外の誰かがイングリッドを演じるなんて考えられません」。
それにしても、マーサは死が近づくにつれてどんどん痩せていくけれど、同時に美しくもなっていく。そして、最期はレモンイエローのスーツに真紅のリップで死に備える。その一瞬のカラフルなことと言ったらないのだが。「そこがペドロのポエティックかつロマンチックなところなのです。誰かが自分の機能を失い始める時、それがどれだけ辛いものなのかは知っているつもりです。読書が大好きだった人がもう本を読めなくなったり、音楽が大好きだったのに音が聴こえなくなってしまったり、味がなくなって物が食べられなくなったり。劇中でマーサも”自分自身が本当に減ってしまった”というようなセリフを口にします。それってとても辛いことですよね。私は、マーサが辿るプロセスを”dismounting(降板)”と呼んでいるのですが、マーサは黄色いスーツで我が身を包むだけの強さが自分の中に残っている段階で降板するわけです。それ以上待ってしまったならば、その強さがなくなってしまうかもしれない。本当にギリギリの状況なのです。美しい1日を楽しむ強さすら失おうとするマーサの姿を色彩で表現しているのは、ペドロからのジェスチャーだと思います。多くの人はそんなプロセスを辿ることなく、痛みによってどんどん自分自身が小さくなっていってしまう。いち観客として、ペドロがこのようなファンタジーを与えてくれたことに感謝します」。
■「デザイナーが映画に関わることはとても意味があり、長く続いてきた伝統」
劇中には、マーサとイングリッドが好んで着る赤と青、または緑、印象的なインテリアや絵画、そして、小説や映画がテーマに直結するメタファーとして登場する。いまに始まったことではないが、その中にはアルモドバルがスペインの自宅から持ち込んだ私物も含まれている。衣装にも強いこだわりがある彼は、ティルダの好みではないロエベのニットセーターを強引に羽織らせたらしいが、それは本当なのだろうか。「それは逆なの。ある土曜日、ロエベであのセーターを買って、翌日それを着てリハーサルに行ったら、ペドロが”それ、劇中で着てもらうために買おうと思っていたんだよね”っていうじゃない!?結果的にそれを着ることになり、だったら自分で買わなければよかったと思いました(笑)。たから事実は逆です。そもそも自分が好きで買ったセーターだったから」。
ティルダ・スウィントンと言えば、現役最高峰のファッショニスタだ。そんな彼女から見た映画とハイブランドの蜜月関係はどんな風に映るのだろうか。「ルカ・グァダニーノの最新作『クィア』は、衣装をロエベのクリエイティブ・ディレクターのJ.W.アンダーソンがデザインしていますよね。かつてルカと組んだ『ミラノ、愛に生きる』の衣装は、当時ディオールのデザイナーだったラフ・シモンズでした。デザイナーが映画に関わるというのはとても意味があり、長く続いてきた伝統でもあります。『ミラノ~』のヒロインは閉所恐怖症のようなところがあり、ある意味一貫性のあるルックが求められていたのですが、ラフ・シモンズは要求に見事に応えていたと思います。すでに撮り終えている私の次回作『THE END』はジョシュア・オッペンハイマー監督のSFミュージカルなのですが、女性の衣装はすべてシャネルにお願いしました。それもまた一貫性であり、一つのジェスチャーを持たせたかったからなのですが。映画に登場する人物のために特別に服をカスタマイズするというのは、デザイナーにとっても興味深いプロジェクトなのではないでしょうか」。
ルカ・グァダニーノ、ウェス・アンダーソン、そして、ペドロ・アルモドバル。いま、ティルダを必要としている監督、またはティルダが必要としている監督たちに共通点はあるのだろうか?「必要としているなんて、絶対に彼らには言わないでね、なんてこと言うんだって思われるから(笑)。3人に共通点があるとしたら、彼らの映画はすべてファンタジーで、それぞれにこだわりのカラーパレットがあって、それはいつだってとてもとても重要で、画角が少しだけ誇張されていることでしょうか。でも、仕事のやり方は個々違っていて、ペドロとウェスは自分が求めているものが明確で、ルカは少し緩めに羊の群れをまとめてとりあえずゴールに向かう感じかもしれません」。
カンヌやベネチアに毎年新作を提げて現れ、誰よりも早く話題作をチェックしているティルダが選ぶ、現時点(昨年11月末時点)での2024年のベストムービーを聞いたところ、即座に2作品を挙げてくれた。1本は昨年のベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』(2月21日公開)で、もう1本は今年のゴールデン・グローブ賞でフェルナンダ・トーレスがドラマ部門の主演女優賞に輝いた『I’m Still Here』だ。トーレスが受賞した瞬間、マーサ役で同部門の候補に挙がっていたティルダの喜びようは半端なく、彼女が本物のシネフィルでもあることがわかって、少し胸が熱くなったのだった。
取材・文/清藤秀人
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