池田理代子による不朽の名作を、連載開始から50年以上の時を経て完全新作として制作した劇場アニメ『ベルサイユのばら』(公開中)。フランス革命期を生きたオスカルやマリー・アントワネットらの愛と人生を歌唱を交えて鮮やかに描く、チャレンジ精神みなぎる本作。これまで宝塚歌劇団による舞台化、テレビアニメ化など様々なメディアで社会現象を巻き起こした少女漫画の金字塔に、今回どのように挑んだのか。MOVIE WALKER PRESSでは、監督を務めた吉村愛を直撃。令和の時代に新たにお目見えする「ベルサイユのばら」として、徹底的な時代考証によってベルサイユ宮殿やドレスをリアリティと共に再現しつつ、星のごとく光る目の輝きなど、圧倒的美とも言える“ベルばら”らしさを大切にして制作に打ち込んだという裏話を明かしてくれた。
【写真を見る】徹底的な時代考証で18世紀フランスの再現にトライ!欠かせなかった“ベルばら”らしさとは?
■「私たちが持っている『ベルばら』へのイメージや想いをそのまま届けたい」
漫画「ベルサイユのばら」は、1972年に連載が開始され、累計発行部数2000万部以上を突破する伝説的な作品。将軍家の跡取りで“息子”として育てられた男装の麗人オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ(以下、オスカル/声:沢城みゆき)。隣国オーストリアから嫁いできた、気高く優美な王妃マリー・アントワネット(以下、アントワネット/声:平野綾)。オスカルの従者で、幼馴染の平民アンドレ・グランディエ(以下、アンドレ/声:豊永利行)。容姿端麗で知的なスウェーデンの伯爵、ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン(以下、フェルゼン/声:加藤和樹)。栄華を誇る18世紀後半のフランス・ベルサイユで出会い、時代に翻弄されながらもそれぞれの人生を懸命に生き抜いた、彼らの愛と運命を描いている。
「子どものころ、親戚のお姉ちゃんの家の本棚に『ベルサイユのばら』を見つけて。『カッコいい、美しい、おもしろい…!』と夢中になって読んでいました。私は大阪出身で、宝塚歌劇がよくテレビで放送されていたんですね。原作と宝塚版に触れ、どっぷりとハマっていったんです。すべてが美しく、歴史ものでありつつ、情熱的なドラマがこめられていました」と原作との出会いと、育んだ“ベルばら”愛を語る吉村監督。大好きな原作を劇場アニメ化するにはさぞプレッシャーがあったのではと想像するが、「次になにをやりたいかと聞かれた時に『ベルサイユのばら』と話していたんです。自分から手をあげさせてもらいました。プレッシャーよりも、やりたいというやる気が前に出ていました。実際に監督できるとなってから、プレッシャーがやってきました(苦笑)」と立候補したのだとか。
脚本は、アニメ「君に届け」「NANA」で知られる金春智子。キャラクターデザインは「初恋モンスター」「地獄少女」の岡真里子が務めた。2人も原作の大ファンだそうで、そのほか女性陣も多かったという制作現場には「オスカルを描いてみたい」という強い気持ちを持ったアニメーターが集うなど、それぞれが原作への濃厚な愛をこめながら臨んだ。
「一本の映画にするうえでは、原作上で削らなければいけないシーンやエピソードもたくさんあります。金春さんとは、ファン同士の気持ちをぶつけて『ここは残す』という話し合いを重ねました。ファンの方にとっては『あのキャラクターは出ていないの?』と感じることもきっと出てきてしまうでしょう。そういったキャラクターの姿も見せられたらと思っていました」と話すように、隅々まで見渡すと「あのキャラがいる!」という発見があるのもうれしい。また1979年から放送され、長浜忠夫、出崎統が総監督を担当したテレビアニメも、熱気ほとばしる演出が原作の魅力とぴたりとハマり、いまなお絶大な人気を誇っているが、「カッコよくて美しいシーンがたくさんあって。あまりにもすごすぎる作品で、改めて観たら引っ張られてしまうと思ったので、なるべく観ないようにしていました」と偉大さを噛み締めた吉村監督。「原作の表現をそのまま劇場アニメにして動かしたい。私たちが持っている『ベルサイユのばら』のイメージや想いを届けたいと思っていました」と原作リスペクトを胸に突き進んだ。
■「オスカルのたった一度のドレスは、絶対に登場させたかった」
原作リスペクトを踏まえたうえで、吉村監督が新たに送り出す劇場アニメとして「欠かせない」とこだわったのが、徹底的な時代考証だ。リアリティあふれる18世紀後半のフランスを舞台に、少女漫画の登場人物が躍動する。
吉村監督は「原作者の池田先生は、歴史としての事実のなかにオスカルやアンドレという架空の人物を登場させて、すばらしい物語を作り上げています。私たちも、歴史や時代考証は頑張らなければと思いました。18世紀当時のフランスの生活や、ベルサイユ宮殿の様子、ドレスの構造などいろいろな調査を進めました。実際はどうだったのかを知ったうえで演出的に変えるなら嘘がないけれど、知らないものを知らないまま描いてしまうと、それは嘘になってしまう」と持論を述べ、「ベルサイユ宮殿に行ったことがある方ならば『あそこだ!』と思えるような表現をしたいと思っていましたし、ドレスは衣装考証の先生に入っていただいています。当時のフランスで着られていた衣装を再現しているので、原作や宝塚、テレビアニメとは違うドレスも登場します。ドレスがお好きな方が見たら『ローブ・ア・ラ・フランセーズ(18世紀のロココ様式の贅沢な装飾が施された女性服)を着ている!』など、盛り上がるポイントもあるはず。アントワネットは朝、昼、晩にお着替えをして、訪れる場所によってもドレスをすべて着替えているという記述もあるくらいなので、ドレスはかなりこだわっています」と強調する。
さらに欠かせなかったのが“ベルばら”らしさだ。「50年以上前の少女漫画である絵のタッチを大切に、驚いた時の白目や瞳のなかで光る星など、これぞ『ベルサイユのばら』と思うようなものをしっかりと表現したいなと思っていました」と吉村監督が語るように、自分の人生を貫く意志の見える、目の輝きも“ベルばら”のポイント。「バスティーユ襲撃で、オスカルが相手をにらみつけるシーンがあります。原作を読んでいても、あの目のキラつき方はすごいなと驚きました。本作でも、目の表情は大切なものとして描いています」。
“ベルばら”らしさという意味では、ファンならば必ず見たい数々の名シーンも気になるところ。オスカルが密かに恋心を寄せるフェルゼンと踊るために身にまとった、オスカルにとって“たった一度のドレス”もしっかりと登場する。「原作ファンが大好きなシーン。私と金春さんも絶対に描きたいと思った」と笑顔を見せた吉村監督は「原作と同じく、オスカルは白いオダリスク風のドレス(首から胸元までしっかり覆われた、当時流行していたロココスタイルとは趣が異なるもの)を着ています。オダリスクは、実はあの時代にはないドレスなんです。ほかのシーンでは、時代考証を重ねて当時に合ったドレスを登場させていますが、ここだけは時代に合わずとも、原作と同じドレスが必要だとこだわったシーンです」と吐露。オスカルとアンドレが結ばれるシーンは「岡さんのこだわりによって、オスカルとアンドレのすばらしい表情が見られます。ここでも夢を感じられるような少女漫画らしさ、美しさを大切にしました」とロマンチックな場面として完成している。
■「キャストさんは“歌える方”を前提に選出しました」
本作を特別なものにしている大きな特徴が、歌唱を交えて「ベルサイユのばら」をアニメ化している点だ。「進撃の巨人」や「機動戦士ガンダムUC」「キングダム」などを手掛ける澤野弘之が音楽を担当。キャラクターの心情を投影した数々の楽曲が、彼らのドラマを盛り上げている。ミュージカルアニメ「Dance with Devils」でも歌と物語の融合に取り組んでいた吉村監督だが、「宝塚の舞台を見ても、『ベルサイユのばら』と歌には親和性があると感じていました。感情を強調する場面や、場面展開に歌を入れています」と語る。
「耳馴染みがよく、物語に入り込みやすいものとして、ミュージカルのようなビッグミュージックというよりは、ポップス寄りの楽曲にしたいと思っていました」と楽曲の方向性を明かしつつ「最初から歌ありきの作品にしようと思っていたので、キャストさんは“歌も歌える方”として選ばせていただきました。オスカル役の沢城みゆきさんは、スタッフの満場一致で決まりました。宝塚版や、田島玲子さんが演じたテレビアニメ版など、みんなそれぞれのなかにオスカルの声があるはず。それにも関わらず、沢城さんのお芝居を見て『これがオスカルだ』と思えた。すばらしかったですね」と称え「最初にオスカルとアントワネットが決まり、平野さんのアントワネットに似合うフェルゼンは誰だろうとなった時に、加藤和樹さんのお名前があがりました。平野さんと加藤さんはミュージカルでも共演されているので、相性はばっちり。加藤さんは、紳士的な話し方もフェルゼン役にぴったりでした」とキャスト陣を絶賛。「歌のシーンは、映像の演出的にもおもしろいものにしたいなと。ストーリーラインではできないような、チャレンジングな表現をしています」というから注目だ。
原作愛を持ったスタッフ、キャストと、作品へのリスペクトとチャレンジ精神を注いだ。オスカルとアントワネット、アンドレ、フェルゼンら、それぞれが強き意志を携えて前進し、自分の生き方と愛を貫こうとする姿が胸に迫り、改めて「ベルサイユのばら」の持つ並々ならぬエネルギーを感じられる作品だ。企画が立ち上がってから約9年ほど、「ベルサイユのばら」と真摯に向き合ってきた吉村監督は「キャラクターが、作品のなかで情熱的に生きていることを感じられる。その点が『ベルサイユのばら』の最大の魅力」と語る。「歴史について調べ、絵にも情熱を込め、こんな作品をおひとりで描かれていた池田先生はパワフルすぎます!」と目を丸くしながら、「自分で道を選び、覚悟と信念を持って進んでいくオスカルの姿は、いまを生きる人にもたくさんのことを伝えてくれるものだと思います。あれくらい情熱的に生き抜けるなんてすばらしいなと思いますし、いまの自分を励ましてくれるような存在です」と、どれだけ時代を経ても輝き続ける、原作の魅力を実感する日々だったという。
オスカルは「人間はその指先1本、髪の毛1本まで、すべて神のもとに平等であり、自由であるべきなのだ」と言い放つ。吉村監督は「この言葉が持つ説得力をとても大事に描きました。沢城さんのお芝居もすばらしかったです」と話していたが、50年以上前の原作が提示したメッセージでありつつ、多様性が重視されるいまこそ、強烈に響く言葉でもある。ぜひ大きなスクリーンで細部まで見渡して、「ベルサイユのばら」の世界に浸ってほしい。
取材・文/成田おり枝
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