左から)谷津賢二監督、中井智彦、上野哲也(写真提供:upcoming)
1月31日(金) 3:00
戦乱や干ばつに苦しむアフガニスタンの地で医療活動に従事すると共に、用水路の建設のために奔走し、2019年に何者かの凶弾に命を奪われた中村哲医師。そんな彼の姿を音楽劇で描く『生きるということ 〜The Meaning of Life〜』が上演される。
中村医師の活動を20年以上にわたって追いかけたドキュメンタリー映画「荒野に希望の灯を灯す」にインスパイアされる形で中井智彦が脚本を執筆し、自ら演出する。主演を務めるのは、過去に中井と『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』で共演している上野哲也。今回、中井と上野、そして映画「荒野に希望の灯を灯す」の谷津賢二監督による鼎談が実現した。
――中井さんはどのような経緯で今回のオリジナル音楽劇を作ろうと思い立ったのでしょうか?
中井 最初に中村哲さんの存在を意識したのは高校3年生の時で、中村さんが国会に呼ばれて、アフガニスタンの現状などについてお話しされている国会中継をたまたま目にしたんです。医師としての活動にとどまらず、用水路を作るために奔走する――必要とあればどんなことをしてでも人々を助けようとする、そのエネルギーに感動しました。その後、大学を出てミュージカル俳優として活動を始めたんですけど、僕自身、人間の尊さみたいなものを表現する作品がすごく好きになって、自分もこういうものを作りたいという思いを強く抱くようになりました。そんな中『荒野に希望の灯を灯す』という映画に出会って、すぐに脚本を書き始めました。書きながらどんどん「こういうセリフをしゃべりたい」というイメージがわいてきて、中村哲医師への追悼の想いを込めて、このメロディラインでこういう歌詞を伝えたいという楽曲を2曲書きました。
――谷津監督は企画を聞いてどのような思いを抱きましたか?
谷津 端的に嬉しかったですね。中井さんが中村医師の生き方と真摯に向き合ってくださったからこそ生まれた感慨なんだろうなということがすぐに伝わってきたんですね。私は映像を作る人間として、中村医師の存在を後世に伝えていきたいと思っています。これまで、中村医師の生き様は歌になり、スタンダップコメディアンによる一人語りになり、さらに浪曲やアニメ、教科書など、さまざまな形で表現されてきて、次の世代に伝えていくということが行われてきて、中井さんも中村医師の人生を受け止めて、音楽劇という形で表現してくださるということで、すごく嬉しかったです。
――上野さんは主演という形で中井さんから今回のオファーが届いた時はどんな印象を受けましたか?
上野 やはり、これだけの人間を自分が演じられるんだろうか?という不安がまずあったんですけど、俳優として本音を言えば「演じてみたい」と思う方だったので、嬉しかったですね。僕も映画を拝見しまして、そこで感じたのは「目の前にいる他者とどう向き合うか?」ということをすごく大事にされている方だったんだということで、そこにものすごく感銘を受けました。日本人にとってアフガニスタンというのは歴史的にも文化的にも遠い存在に感じてしまうかもしれませんが、音楽劇という形で、中村医師が大切にされていた「本質を見て、他者を理解すること」ということを表現することができたらと思っています。
芸術家の目線で、中村医師の思いが落とし込まれている――物語として中村医師の姿を描く上で、大切にされたこと、最もインスピレーションを受けたのはどういうところだったんでしょうか?
中井 ドキュメンタリーを見ると、中村先生が発する言葉というよりも背中が見えるんですよね。悩みに悩んで井戸を掘ることを決めるし、掘って水が出たと思ったらすぐに枯れちゃって、用水路を作ることを決意する――しゃべるんじゃなくて行動する人なんです。実際に行動すると言っても、そこには絶対的に知性が必要で、いろんな部族と交渉して話を進めていくわけで、相手を尊重しつつ、コミュニケーションを取り続けていく。僕がいま、日本で生きていて感じるのはまさに、その部分の欠如なんです。SNSが発達して、多くの人とつながる術が増えたように見えて、実は相手を尊重するという部分が欠けている――どこかでそんなふうに感じていたことをこの映画を観て思い切り抉られたような気がしました。「これほどまでに他者を思いながら生きるということをできるのか?」というのが、谷津監督がカメラに捉え続けた中村医師の姿を見て感じた一番のことでした。そういう人生を僕も送ってみたいなと。
――上野さんに主演をお願いした理由も教えてください。
中井 正直、映画を見始めて15分ほどで自分で「こういう人を演じたい」と思いました(笑)。でも、見れば見るほどに僕よりも適役な人がいるなと。『ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル』でご一緒した時、上野さんはロートレックという画家の役を演じていて、権力からお金をもらいつつも、自分のアイデンティティや主張、そこに厭味も込めて人間讃歌として絵を描く男なんですけど、本番が始まっても、ずーっと悩んでるんですよ(笑)。「こんなドキュメンタリーを見たんだけど、ロートレックのこういう人間性と重なる部分が……」みたいな話をふたりで早替えの場でずっとしゃべっていたんです。この人は役を突き詰めなきゃ演じられない人なんです。それは当たり前のようですごいことで、突き詰めて、突き詰めて、最後にそれをほどいて、役の人物としてしゃべる――それは中村哲先生が地道に地域の人々と対話を重ねて、信頼を積み上げて大きな用水路を作っていくさまと全く同じだなと。「この人しかいない!」と思いました。
上野 中井さんは、アーティストとして世の中に投げかけたいものを持っている人。それはうらやましくもあります。先ほど、中井さんが僕の演技スタイルを褒めてくださいましたけど、僕はそうやって目の前のことを突き詰めるしかできないんですね。中井さんは世界に広く何かを訴えたいものを持っていて、何かを生み出そうとするエネルギーもある。それは素晴らしいことだなと感じています。
――谷津監督は、中井さんが書かれた脚本にどのような印象を持たれましたか? 特にご自身が見聞きしたことを伝えたり、アドバイスされた部分などはあったのでしょうか?
谷津 特にアドバイスめいたことは何もしていないのですが、私はドキュメンタリー映像をつくる人間として、事実を積み重ねて映像作品を作るわけですけど、中井さんの脚本を一読して、芸術家だなと思いました。芸術家というのは、本質的にこの人物が何者で、何を考えていたのかを見抜く力があるんじゃないかと思っています。(中村医師は)35年もアフガンで活動されていたので、長大な彼の人生をどうチョイスし、反映させていくかというのは大変な作業だったと思います。でも、きちんと中村医師の生きた軌跡が描かれていて、どんな思いで他者と向き合ってきたかというのが芸術家の目線で落とし込まれているのを感じました。
――一番近くで長く中村医師の活動を追いかけてきた谷津監督から見て、改めて中村医師はどんな人物でしたか?
谷津 短い言葉で評するのは難しいですが、あえて言うと温かさと鮮烈さが同居していた人だったと思います。そこが一番の魅力でした。いま、中村医師の作り上げた用水路で70万人の命が支えられていると言われていますが、そういった彼が遺したものの大きさと共に、“生き様”というものが遺されていると思います。まさに中井さんがおっしゃったように「他者とどう関わり、生きるのか?」――この音楽劇をご覧になることで、それを中村医師から問われると思うし、その答え合わせをみんなでしているような気がしています。
“生きるということ”にモヤモヤした思いを抱えている方に――最後にどんな作品になるかと楽しみにされている人たちに向けて、メッセージをお願いします。
中井 今回、「2曲書いた」と言いましたが、その2曲を歌うのは私です。中井智彦が、中村哲医師を思って歌う曲、そして中井智彦が、中村哲医師から受け取ったメッセージを自分なりに解釈して、世の中に対して歌う曲となっています。上野哲也さんは演じまくります。その時、そこにしかいない中村哲医師をお見せしてくれるという確信を持っています。副題にもありますが“生きるということ”に何かモヤモヤした思いを抱えている方に見てほしいと思います。
谷津 中井さんが私自身の役を演じてくださるということで、気恥ずかしくもありますが(笑)、中村医師のことを芸術家の方がどう受け止めてどう表現するか?興味がありますし、カッコつけた言い方になりますが、どんな方も、中村医師の生き方に触れることで“良心に目覚める”部分があると思います。誰しもが持っているけど、日々の生活や忙しさの中で閉じられてしまっている“良心”がグーっと開いてくるような感覚を味わってもらえるんじゃないかと思います。
上野 中村哲さんが好きだった言葉に「一隅を照らす」というものがあります。まさに一隅を照らすことを生涯かけてやってきた方だと思います。それが振動のように伝わって、いろんな方を動かしていったと思うので、その中村哲さんの“波動”を少しでも舞台上からお伝えすることができたらと思います。セリフにも反映されていますが、大仰なことを言うというよりも訥々と思いを口にするという方だったと思うので、それをどう表現しようか?悶絶するような日々を過ごしていますが、 みなさんにとって人生を生きるというのがどういうことか?糧を届けるような表現ができればと思っています。
取材・文:黒豆直樹写真提供:upcoming
<公演情報>
音楽劇『生きるということ〜The Meaning of Life〜』
脚本・演出:中井智彦
音楽:長濱司
振付:樋口祥久米島史子
出演:上野哲也中井智彦樋口祥久
演奏:長濱司(ピアノ)成尾憲治(ギター)西原史織(ヴァイオリン・ベース)
2025年4月25日(金)~4月27日(日)
会場:吉祥寺ROCK JOINT GB
チケット情報:
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b2556489