群雄割拠〜沖縄高校野球の現在地(2)
県内屈指の人気校・沖縄尚学(後編)
前編:沖縄の高校野球が抱える県外流出問題に沖縄尚学・比嘉監督の見解は?>>
沖縄の野球少年が憧れる沖縄尚学のブランドイメージで、代表的なひとつに「文武両道」がある。同県の私立の進学校では、昭和薬科大学附属の次と位置づけられている。
ただし、実情はいわゆる"文武別道"だ。特進クラス(※正式名称は「尚学パイオニアコースα」などだが、通称で表記)は1日7コマの授業を受けるのに対し、野球部の所属するスポーツコース(※正式名称は「尚学パイオニアコースβ」)は5コマ。強化指定部として、部活動に多くの時間を割けるようにカリキュラムが組まれている。
昨年秋の県大会、九州大会で活躍した沖縄尚学のエース・末吉良丞photo by Sankei Visual
【選択肢が広がるのはいいこと】平日は那覇市の学校から車で約20分の『尚学ボールパーク』に15時半頃に到着し、18時半まで練習する。バスでグラウンドを後にするのは19時半。全体練習の時間は1日3時間に満たない。強豪校としては決して長くなく、社会科教員で野球部を率いる比嘉公也監督は複雑な思いを抱えている。
「学業は必要なことなので、『疎かにしないでいこうぜ』って話しています。でも、勉強は高校を卒業してからでも、やろうと思えばできるじゃないですか。本当に本人たちが打ち込みたいものの半分の時間を奪っているかもしれない、というものも感じます。でも学生だから、学業もやろうっていう......難しいですね」
昨夏の沖縄大会でベスト4に入ったエナジックスポーツ、KBC、日本ウェルネス沖縄は、野球により多くの割ける時間をカリキュラムが組まれている。もし高校生活の多くを野球に費やしたければ、上記の学校に進む道もあるだろう。
だが、反対の見方も根強い。文武両道こそ、学生の模範とされる価値観だからだ。
「野球しかしていない高校生の将来は、誰が保証するのでしょうか」
昨夏の沖縄大会を制して甲子園に進んだ興南の我喜屋優監督が、直撃取材を受けた際にそう発言して波紋を呼んだが、沖尚の比嘉監督はどう考えているのか。
「本人も親御さんも『この期間は野球に集中できる』と価値を見出していると思うので、いいと思いますけどね。どれくらい勉強しているのか、実際の中身は知らないので。いわゆる新鋭校という学校ができて、沖縄の子たちに選択肢が広がったことはいいことだと思います」
選択肢の多様化が進む現在、沖縄県内の野球少年たちに最も人気なのが沖縄尚学だ。入部を希望する中学生に対し、比嘉監督は必ず伝えることがある。「勉強を疎かにしたら、野球はできないよ」ということだ。
特進クラスのように共通テストで高得点を目指すような授業内容ではないが、スポーツクラスも学業との両立を掲げている。英語検定も最低準二級を目指そうという方針だ。
もしテストで合格点に達しなければ、部活の時間に草抜きをさせる。一緒に行なう比嘉監督が特に何かを言うわけではないが、そうした時間に意味を持たせようとしている。
「周りが声を出して一生懸命練習しているなか、ポツンと草抜きをしている。『なんで自分はこうなっているんだ?』という振り返りというか......自分のとっている行動や授業中のあり方とか、そういった部分を感じてほしい」
大事な野球の時間が削られるのは、部員たちにとって大きな痛手だ。沖尚で野球をする以上、自分でそう気づけることが重要になる。
【勧誘してもレギュラー確定ではない】一方、「将来、数学の先生になりたいという夢を持っています」という入学希望者には、「ウチじゃないほうがいいよ」と正直に伝える。沖尚に来る選手たちは野球にかける思いが周囲より強く、ミスマッチが起きてほしくないからだ。
「島袋洋奨(興南コーチ)とも『あそこの中学校にいい子がいるらしいよ』と話すんです。隠すとかはありません。県外の子が見学に来たら、『○○君、いいらしいね』とか。声がかかったら、行くのはその子の自由なので。そのなかでウチを選んでくれたらいい。そういう形がお互いにとっていいと思っています」
選手のなかには、「沖尚から声がかかったから、来てやった」という雰囲気を醸し出すケースもあるという。
「だから声をかける時、『僕が声をかけたからといって、レギュラー確定じゃないよ』と必ず伝えます。声がかかったから、試合に出られると思ったら大間違いです。人には成長の差があるので。自分の意思で一般受験を受けて来た子が伸びてくるなんて、ざらにあります。『来てやった』という子は、いろんな面で越されちゃうよと思いますね」
沖縄尚学に憧れる野球少年が多いのは、大きく成長していく先輩が多いからだろう。2008年のセンバツで優勝に導いた東浜巨を筆頭に、嶺井博希、リチャード(いずれもソフトバンク)、與座海人(西武)、岡留英貴(阪神)、仲田侑仁(広島)らがプロの世界に巣立った。
リチャードと仲田を除き、上記の4人は大学経由でプロに進んだ。沖縄尚学にやって来る野球部員の多くは、進学を見据えている。2025年の卒業生は、23人のうち20人が大学、2人が専門学校、1人が就職の道を選んだ。
進学先で人気なのは東都大学リーグだが、昨今、変化が生まれている。比嘉監督が説明する。
「いわゆる名前の通っている大学以外にも目を向けて、そこで試合に出て活躍し、自分の人生につなげていくという子も増えていますよね。そこからプロ、社会人に行ければバンザイだと思うので」
そのモデルケースが、西武で2022年に10勝を挙げた與座だ。沖尚時代は3、4番手の投手で、敗戦が近くなったら投手に代打を送り、「おまえ、行け!」という立ち位置だった。
與座家の3兄弟はいずれも沖尚に来たが、三男の海人は能力的に最も低かった。入学当初は上投げだったが、同タイプばかりいるチームのなかでかすみ、サイドスローに下げることで何とか自分の価値を見出そうとした。
高校時代は花開かなかったものの、岐阜経済大学に進んでアンダースローに下げると、独特の軌道を武器に躍進する。そしてプロへの道を切り開き、2ケタ勝利を飾るまでになった。
「高校時代から、今の姿は全然想像つかないですね。だから子どもたちに言います。『周りよりちょっと成長が遅くて、高校野球では芽が出なかったかもしれないけど、考え方や自分の努力によって、のちにうまくいくこともある』って。阪神にお世話になっている岡留も、高校ではエースではありませんでした。あいつも大学で腕の出どころを変えてから、バッターが嫌がるボールになったんだと思います」
【練習メニューは選手で考える】どのように與座や岡留のような考え方を養わせていくのか。比嘉監督は24歳で監督就任した頃から「強制」で取り組ませてきたが、思うように結果が残せなかった2018年頃、転機が訪れる。
北海高校の平川敦監督が沖縄県の指導者講習会でやってきた際、経団連(日本経済団体連合会)に所属する企業が、どんな学生を採用するかという話にヒントを得た。
「10数年連続で変わらない順位が、コミュニケーション能力と主体性、チャレンジ精神だったと思います。そう聞いた時に、そういう学生になればいいんだと単純に考えるようになりました」
具体的には、練習メニューを選手たち自身で考えさせるようにした。
ただし、高校生は急に「考えろ」と言われても難しいので、フレームワークを示す。「GROWモデル」と言われるものだ。コーチングに欠かせない4つのプロセスで、「G=Goal(目標)」「R=Reality Check(現実の確認)」「O=Options(選択肢)」「W=Will(意志)」をうまく使い、目標に導いていく手法である。比嘉監督が説明する。
「ゴールを設定し、そのゴールを目指す自分たちの現状をわかったうえで、そのためにどんな練習メニューや方法をとったらいいのか。そこまで行ってから、行動しようと。『はい、練習メニュー。じゃあノック、バッティングします』ではなくて。チーム、個人として現状をちゃんと把握させて、だからこの練習をしていく。そういう考え方を投げかけたうえで、メニュー係を中心に、前日に僕に練習メニューを連絡してくるというパターンです」
24歳から野球部を率い、指導歴20年。選手、監督としてセンバツ優勝を経験し、沖縄尚学を名門として輝かせる比嘉監督の取り組みを視察に来る指導者も多い。
「どうやったら勝てるんですか?」
よく聞かれるというが、「わかんないです」と返している。
「勝ち方って、このグラウンドにしかないと思うんですよね。変な話、僕がほかの学校に行っても、取り組み方も方向性も違うと思うので、そこのやり方を意識してやっても選手は同じように動かないと思いますし」
だからこそ、野球や勉強を通じて伝えるのが主体性だ。
「普段から『ああせい』『こうせい』とやると選手が動かなくなるのは、僕は経験しています。主体性という話をしていると、化学反応が起こるんですよね。極端な話、『ランナーが動いた、ここでボールに合わせたら一、二塁間を抜ける』とか。サインで走るわけじゃないけど、プラスアルファが生まれてくると思うんですよね。むしろそういうのが起こらないと、ウチみたいな県内のちびっこ集団は全国で勝てないと思います」
沖縄の野球少年たちが憧れる沖縄尚学は、センバツでどんな戦いぶりを見せるのか。その勇姿を、多くの者たちが楽しみにしている。
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