PINKY、母親と連絡が取れず諦めていた過去「一生忘れることは出来ない」

※PINKYオフィシャルブログより

PINKY、母親と連絡が取れず諦めていた過去「一生忘れることは出来ない」

3月12日(金) 13:55

俳優・窪塚洋介の妻・PINKYが11日に自身のアメブロを更新。母親と連絡が取れず諦めていた過去を振り返った。

この日、PINKYは「東日本大震災から10年。あれから毎年このblogに書いているのですが、多くの方が見てくださるようになった今年もまた書かせていただきたいと思います」と切り出し、「私の実家は岩手県の内陸部なのですが、当時は母が単身赴任で宮古市の下に位置する山田町という海沿いの町に暮らしていて被災しました」と明かした。

続けて、母親とは3月11日から3日間にわたり連絡が取れていなかったそうで「ニュースで死亡者の欄に母の名前が無いかずっと見ていました。どうにかして母の安否が知りたかった」と当時の不安な胸中を回想。「半ば諦めかけていた3日後、弟から、『姉貴!母さん生きてた!』という連絡が来て、それから間もなく母と電話で話せた時のこと…言葉に出来ないくらいの感謝と安堵の気持ちを、一生忘れることは出来ないと思います」と振り返った。

また「以前、母が話してくれたことでとても胸に響いたこと」として「東日本大震災は規模が大きくて、犠牲者も大きくて、信じられないような出来事だったから、特別のこととして、今もこうして支援も厚いけど、個人レベルで考えた時に、同じように、不慮の災害や事故で、大切なものを失った人々は沢山いるし、この先、自分がその立場にならない保障は無い。そうした時に、やはり、まず、自分や身近な人を守ってください。1日1日を大切に。備えを万全に」という言葉を紹介。

さらに「今の自分を、一瞬一瞬を、大事に大事に、誠実に生きること」という母親の言葉も紹介し、「この言葉を胸に自分や家族を守るための備えは万全にして、安心も心配もせず、誠心誠意、日々を生きていこうと思います」とコメント。「亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りします」と述べ、「そして、愛する人達と共に生きる愛に溢れた毎日を過ごせることに心から感謝します」とつづり、ブログを締めくくった。

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