朝ドラ『虎に翼』早くも好調の理由に迫る。“男女差別史”のみを描いた物語ではない

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朝ドラ『虎に翼』早くも好調の理由に迫る。“男女差別史”のみを描いた物語ではない

4月23日(火) 8:50

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脚本、俳優、演出の3拍子揃った良作

朝ドラこと連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)が出色の出来映えだ。ドラマの質を決めるのは「1に脚本、2に俳優、3に演出」だが、3つともいい。

当然、視聴者の反応も良く、第3週までの平均視聴率は前5作(『ブギウギ』、『らんまん』、『舞いあがれ!』『ちむどんどん』『カムカムエヴリバディ』)の同時期を上回っている。質と人気を兼ね備えた名作になるに違いない。

まず、脚本は情報量が多い割にテンポは速いが、分かりやすい。しかし薄味ではなく、濃厚。だから、時報代わりに観ても十分楽しめるし、じっくり視聴すると、奥底に込められた深い意味が見えてくる。

たとえば、第14回。ヒロイン・猪爪寅子(伊藤沙莉)の明律大女子部法科の同級生で華族の桜川涼子(桜井ユキ)が、自分が手掛けた法廷劇の脚本と判例に相違があったことを明かす。

「学長が法廷劇用に内容を改めていたことが分かりました」

大テーマは全ての不平等への反意と多様化の尊重

法廷劇で演じたのは「毒まんじゅう殺人事件」。その被告女性は事件を起こす前に被害者側男性を相手とする婚約不履行の民事訴訟を起こし、勝訴していた。被害者側にも落ち度があったわけだが、それを学長は伏せた。

なにより、学長は被告女性の職業を医師からカフェの女給に変えてしまった。学長が寅子たちを「かわいそうな女性を弁護する優しき女子部学生」に仕立て上げ、女子部に新入生を集めるための道具にした。寅子たちは怒った。

医師を女給にしたほうがかわいそう――。この学長の考えには今も性別を問わず存在する職業への偏見がある。作品はそれを冷ややかに描いた。

第1回のファーストシーンが、日本国憲法の第14条を寅子が新聞で読む場面だったことで分かる通り、この朝ドラの大テーマは性別の違いを含めた全ての不平等への反意と多様化の尊重。

「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」

男女差別史のみを描く物語ではない。男女の対立だけを描くような幼稚な作品とも違う。作品側も放送前から男性を悪者として単純化しないと断っていた。

第14回に現れた“平等と多様化の尊重”

不平等への反意と多様化の尊重を描いた場面の一例は第14回。寅子が同級生・山田よね(土居志央梨)に向かって、自分の生理の重さを打ち明け始めた。

すると、その場にいた、よねの勤務先「カフェー燈台」のオーナー・増野(平山祐介)が、2度にわたって「オレ、外そうか?」と声を上げた。しかし、やはり同級生の大場梅子(平岩紙)が「お気になさらず」と引き留めた。2度目の口調はかなり強かった。

増野は気を使って外そうとしたのかも知れないが、それは社会で共生する者の傷みを知ることから逃げることにもなる。生理に限らず、共に生きる者の傷みから目を背けたら、平等や多様化なんて実現しない。

逆に、同級生たちは自らの傷みをお互いに明かした。よねは貧農の生まれで、売られそうになったため、今は働きながら学んでいる。涼子は華族であるために努力を認めてもらえないのが悔しい。梅子は姑の小言にうんざりしている。朝鮮からの留学生・崔香淑(ハ・ヨンス)は慣れぬ日本語を笑われるのが辛い。相手を理解することは平等と多様化に向けた第一歩。同級生たちの結束も固くなった。

36歳の脚本家・吉田恵里香とは?

脚本を執筆している吉田恵里香氏(36)は2年前、岸井ゆきの(32)高橋一生(43)がダブル主演したNHK『恋せぬふたり』(2022年)で、脚本界の直木賞である向田邦子賞を得た。34歳での受賞は史上最年少だった。

この作品は性的マイノリティ(恋愛感情も性的欲求も持たないアロマンティック・アセクシュアル)の男女を描いたもの。取材を徹底的にしたあとに書かれ、マイノリティ差別の深層にも果敢に踏み込んだ。

『虎に翼』も事前に周到な取材がしてあるというから、歴史や事実関係が歪曲されることはないはず。ちなみに36歳での朝ドラ執筆もこの10年で最も若い。次代のドラマ界の中心になると言われている人である。

第14回で学長が法廷劇の脚本を事実と変えたことが分かった直後、尾野真千子(42)のナレーションが入った。吉田氏らしい言葉だった。

「私たちは、いつの時代も、こんなふうに都合よく使われることがある」

「私たち」とは女性のみならず、全ての弱者やマイノリティを指すのではないか。過去形の話にしていないところが胸を刺す。

寅子のモデルである故・三淵嘉子さんは「女性であるという自覚より人間であるという自覚の下に生きてきた」との言葉を残した。

吉田氏は三淵さんに関する資料を読み尽くし、咀嚼しているようで、寅子も第10回で法の役割について、「弱い人を守るもの」と明言した。法が守るべき対象を女性に限定しなかった。やはり単に男女平等を描く物語ではない。

起伏に富みつつ丁寧な脚本

脚本は細部まで丁寧。寅子は明律大女子部に入学した1932年、男装のよねと初めて会うと、「素敵、水の江瀧子みたい」と、つぶやいた。よねはピンと来ない様子だった。第6回のことだ。

物語内では説明がなかったが、故・水の江瀧子さんは1928年に東京松竹楽劇部入りした男装の大スター。寅子の歌劇好きは第1回から観る側に伝えられている。だから寅子はよねを水の江さんにたとえた。ちなみに三淵さんも歌劇と歌うことが大好きだった。寅子は第4回には兄・猪爪直道(上川周作)と親友・花江(森田望智)の結婚披露宴で、シャンソンが原曲の「モン・パパ」を歌った。1932年だった第6回にも同級生たちの前で歌おうとした。

これも説明がなかったが、「モン・パパ」は1927年に宝塚少女歌劇団が日本で初披露し、大評判になった楽曲。寅子の愛唱歌にふさわしく、物語にほころびがない。

見合い結婚するはずだった寅子を、僅か第5回で進学に方向転換させたのだから、テンポもいい。その間、寅子の母親・はる(石田ゆり子)に頭の上がらない父親の猪爪直言(岡部たかし)や寅子の良き理解者である猪爪家の書生・佐田優三(仲野大賀)らのキャラクター紹介も済ませた。第15回で寅子は早くも女子部を卒業した。

展開も起伏に富んでいて、飽きさせない。はるは今や寅子の最大の理解者になろうとしている。同じ第15回、猪爪家で法廷劇の検証を行った涼子ら同級生に対し、「娘があなた達と学べてよかった」と笑顔を浮かべたのが象徴的だ。はるが向学心が強かったことは事前に明かされているから、矛盾もない。吉田氏の計算通りの筋書きにほかならない。

視聴者の評価が高い納得の理由

寅子から厳しいことを言われようが、八つ当たりされようが、1度として怒ったことのない優三の今後の変化からも目が離せない。第8回、花江は「仲が良さそうね、トラと優三さん」と、つぶやいた。物語を緻密に組み立てる吉田氏が用意したセリフだから、無駄な一言ではないはず。ちなみに三淵さんは書生と結ばれている。

伊藤の演技は相変わらずうまい。第10回では民事訴訟の判決後に妻に絡んだ夫にツメを立て、第12回では法廷劇にヤジを飛ばした男子学生を引っ掻こうとした。虎に成長する前の猫のように。こんなコミカルな動きをした直後でもシリアス調の演技を違和感なく見せられる。

助演にも石田のほか、小林薫(72)松山ケンイチ(39)ら演技派が揃った。松山が演じている桂場は少し嫌味なところがあるが、代講中に寅子をからかった男子学生を叱るフェアな男。第1回で断片が描かれた通り、やがて法務省人事課長となるから、寅子が裁判官に転じる道筋をつけるのだろう。

遊び心に満ちた演出もいい。第11回では毒まんじゅう事件を優三とはるが無声映画で再現。寅子は弁士に扮した。ほかにもバラエティでしか使わないカメラシェイクエフェクト(画面を揺らす)を導入するなど古臭い朝ドラの文法に囚われていない。

作品側によるPRが過剰でないところもいい。このところ制作陣が自分たちの作品を繰り返し誉めあげるケースが目立ったが、評価とは視聴者を中心とする外部の人間が行うものである。<文/高堀冬彦>

【高堀冬彦】
放送コラムニスト/ジャーナリスト放送批評懇談会出版編集委員。1964年生まれ。スポーツニッポン新聞東京本社での文化社会部記者、専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」での記者、編集次長などを経て2019年に独立

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