サーチライト・ピクチャーズ最新作『異人たち』アンドリュー・ヘイ監督に独占インタビュー。80年代カルチャーを色濃く反映した”劇中楽曲”に込めたものとは?

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サーチライト・ピクチャーズ最新作『異人たち』アンドリュー・ヘイ監督に独占インタビュー。80年代カルチャーを色濃く反映した”劇中楽曲”に込めたものとは?

4月17日(水) 15:00

山田太一原作の小説「異人たちとの夏」は、日本のお盆の時期に主人公が亡き両親と再会を果たす物語だが、これをロンドンに舞台を移して映画化したのが、アンドリュー・ヘイ監督だ。これまで『さざなみ』(16)や『荒野にて』(17)などで、複雑な心情を抱える登場人物が思わぬ方向から共感を誘うという、高難度の演出を成功させてきたヘイ。ロンドンのタワーマンションで孤独に暮らす脚本家という主人公アダムの設定や、同じマンションに暮らす住人の謎めいた訪問、亡くなった年齢のままの両親との貴重な時間…と、原作の基本には忠実ながら、アダムのセクシュアリティをゲイに変えることで、別のテーマもせり出してくるのが、サーチライト・ピクチャーズ最新作、アンドリュー・ヘイ監督の『異人たち』(4月19日公開)だ。作品に込めた自身の少年時代や両親との関係、重要な役割を果たしている音楽についてなど、ヘイ監督へのインタビューで深掘りしていく。
【写真を見る】『異人たち』アンドリュー・ヘイ監督にインタビュー!たっぷり作品に込めた想いを語ってくれた

■「『異人たち』は、ある年代がシェアできる過去を描いた作品でもあるのです」
いまから5年ほど前に、プロデューサーから送られてきた山田太一の原作を読んだアンドリュー・ヘイ監督。この世にいない両親が目の前に現れるという展開に夢中になり、これを自身が育ったイギリスの文化とともに描きたい欲求にかられたという。

「山田さんの小説を読んで、日本人とイギリス人の感性が近いことを改めて認識しました。私たちイギリスの文化には、どこか奥ゆかしい特徴があり、そこに日本との共通点を感じます。また歴史的に過去が重くのしかかり、未来よりも過去への関心が強い傾向なのも似ていると『異人たちとの夏』で感じました」

日本における“死後の世界”の感覚では、是枝裕和監督の『ワンダフル・ライフ』の描き方にも深い感銘を受けたと明かすヘイ。イギリスと日本に共通する感性もふまえ、本作を映画化するにあたり、主人公アダムとその家族に監督自身が投影されるのは必然だったようだ。

「もちろん自伝ではありませんが、私の両親と類似点を発見することができます。父親を演じたジェイミー・ベルは私の父と同じくイングランド北部の出身。さらに私の母はアイルランド系なので、クレア・フォイの母親をアイルランド気質にして、髪型やファッションも似せました。私が脚本を書いているので、どうしても両親の一部が含まれてしまうのでしょう」

自分を投影という点では、アダムが両親と暮らした家のシーンで、子供時代にヘイが実際に過ごした家での撮影が実現した。現在の居住者が快く協力してくれたのだ。つまり劇中のアダムの部屋は、かつてのヘイの部屋で再現されたということ。

「壁紙や貼られたポスターなど、1980年代に過ごした私の部屋に忠実です。でも80年代の部屋は、だいたいあんな感じだったんです。イギリスの同世代の人なら、子ども時代の部屋の壁紙やポスター、よく聴いていたアルバムなど共通点が多いはず。『異人たち』は、ある年代がシェアできる過去を描いた作品でもあるのです」

■「クィアの人たちが危機を克服するために作った姿勢は勇敢であり、それが現在にも受け継がれている」
「よく聴いていたアルバム」とヘイが言うように、『異人たち』は使われる曲も物語のキーポイントになっている。アダムが好きだった音楽ということで、そこには1980年代のカルチャーも色濃く反映された。

「80年代前半にフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドが現れ、80年代中頃にはペット・ショップ・ボーイズが人気を得ます。この2つのバンドの曲には、当時のエイズ危機を歌っているものもあり、乗り越えるうえで真の愛が重要だと伝えています。80年代にクィアのミュージシャンがこうした曲を、クィアの人たちが危機を克服するために作った姿勢は勇敢であり、それが現在にも受け継がれているので、本作でも使うことにしました」

ペット・ショップ・ボーイズの「オールウェイズ・オン・マイ・マインド」をアダムと両親が歌うクリスマスのシーンは、本作で最もエモーショナルな瞬間の一つだ。

「イギリス人は自分の感情を言葉で表現するのが不得意です。おそらく日本の皆さんなら、その感覚をわかってくれるでしょう。あのシーンでは母親が息子に『ふさわしい母親になれなくてごめんなさい』という気持ちを、歌で伝えてほしかったのです。ペット・ショップの曲の歌詞には、恋人に対しての後悔と反省が込められており、それを母から息子への想いに託してみました。本作では家族の愛と、恋人同士のロマンチックな愛、その両方が描かれますが、両者とも複雑さと嫉妬が伴いますし、本質的には同じものであると私は伝えたかったのです」

■「撮影中、この作品が様々な立場の人を感動させると確信できました」
ではアンドリュー・ヘイ監督にとって、この『異人たち』を撮りながら、最も心を揺さぶられたのはどんなシーンだったのか。監督の立場から冷静に演出していたとは思うが…。

「撮影中に感傷的になる瞬間はありました。実は私は、よく泣くタイプなので(笑)。しかし現場では、多くのことを考える必要があり、私の感情は二の次でした。実際に涙を流してしまったのは、全体をラフに編集したものを初めて見た時です。冗長な部分もありましたが、動揺するレベルで感動してしまったのです。撮影を振り返ると、父と息子のシーン、明け方のベッドのシーン、そして別れのシーンでは、照明技師のスタッフがカメラが止まったあと、泣いていたりしました。それを目撃した私は、この作品が様々な立場の人を感動させると確信できたのです」

アダムの姿がロンドンの夕景と一体化する美しい映像や、両親と暮らした家へ向かう電車での幻想的なムードなど、生と死の世界が入り混じるような、映画ならではの演出も印象に残る。山田太一の原作では地下鉄がその役割を果たしていた。

「私が試みたのは、登場人物の内なる世界と外の世界の壁を壊すことでした。観客側が目にする風景と、キャラクターが見ている風景を混ぜ合わせる感覚ですね。アダムがなにを求めているのか。どれが現実で、どれが夢なのか。誰が、あの世の人なのか。そうしたことを、あの夕景のシーンで表現しました。そして電車は思い出の世界へ戻り、そこから帰ってくるうえで重要なアイテムです。私自身、電車に乗ると1分くらいで眠ってしまうので、催眠効果があるのでしょう(笑)。映画の後半ではアダムが向かうナイトクラブも同じ役割を担います。DJのリズムが夢へと誘(いざな)うのです」

たしかにこの『異人たち』は、ひとときの夢をみていたような作品である。ラストシーンを観届けたあとに想像力が広がるのも、夢からめざめた感覚に近い。これはアンドリュー・ヘイ監督の過去の作品も同じだった。

「できれば観た人が、その後の時間、なにかを問い続けられ、心に引っかかったままの状態でいる…。それが私にとって理想の映画なので、はっきりした結末を用意できないのかもしれません。夢からめざめた瞬間、その夢がなにを描いたいたのかを考えること。それが映画が観客にかける“無意識の魔法”だと信じていますから」

ゲイの主人公を描いたのは、長編1作目の『WEEKEND ウィークエンド』以来となるアンドリュー・ヘイ監督。作品と自分の距離感について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「映画監督になっておよそ10年を経て撮ったのが本作なので、一つの区切りになったと実感します。1作目の『ウイークエンド』と今回の『異人たち』は、確かに個人的なつながりを認識できます。その間の『さざなみ』や『荒野にて』も自分の人生哲学にリンクし、興味のわいた題材でした。『荒野にて』で生きる居場所を探す少年の行動は、『異人たち』のアダムと似ていたりもします。『異人たち』のように自分の感情が深く共鳴する作品が、多くの観客に愛されたことで、次回作のハードルは高くなったかもしれません。同時に映画作家としてどんな未来が待っているのか、自分でも楽しみになっていますよ」

観客からの支持はもちろん、俳優たちから「一緒に仕事をしたい」というラブコールも増え続けているアンドリュー・ヘイ監督なので、ハードルを高めた次回作に期待せずにはいられない。

取材・文/斉藤博昭


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