『クラユカバ』神田伯山がアフレコでみせたこだわりと並々ならぬ覚悟「一生懸命作られた作品を、声で壊すことはできない」

塚原重義監督の長編アニメーション映画『クラユカバ』より、主人公の声優を務める講談師の神田伯山を直撃!/撮影/黒羽政士

『クラユカバ』神田伯山がアフレコでみせたこだわりと並々ならぬ覚悟「一生懸命作られた作品を、声で壊すことはできない」

4月16日(火) 19:57

「2023年ファンタジア国際映画祭」長編アニメーション部門で観客賞・金賞を受賞した塚原重義が原作、脚本、監督の長編アニメーション映画『クラユカバ』(公開中)。私立探偵の荘太郎が集団失踪事件の謎を追い、“クラガリ”と呼ばれる地下世界に足を踏み入れる様子を唯一無二のレトロな世界観で描きだすミステリーエンタテインメントだ。
【写真を見る】人間役の声優は初!地下世界に潜入する私立探偵を六代目神田伯山が力演

本作のパイロット版『クラユカバ:序章』(21)に引き続き、「最もチケットが取れない講談師」と言われる六代目神田伯山が、主人公である荘太郎の声優を務める。脇を固める装甲列車の指揮官タンネ役の黒沢ともよ、情報屋の少女サキ役の芹澤優らキャスト陣の演技も魅力だ。そこでMOVIE WALKER PRESSでは、人間役の声優を担当するのは初めてだという伯山へのインタビューを実施。アフレコ時の思い出や、自身が選ばれた理由などについて語ってもらった。

目撃者がなく、意図もわからない集団失踪事件が世間を惑わすなか、探偵の荘太郎は、足取りを辿ると浮かび上がる不気味な轍の手掛かりを探して、“クラガリ”と呼ばれる街の地下領域へ潜入する。そこで荘太郎は、装甲列車とその指揮官であるタンネと出くわし、運命を揺るがされる…。

■「童心に戻ってしまう空気やレトロな絵柄が、非常にノスタルジーを感じさせます」

本作の日本凱旋劇場公開決定時に「映画館で観るのが楽しみ」とコメントを寄せていた伯山は、映像の美しさとキャラクター、そして脚本のおもしろさに触れている。「小さいころは『暗がりに気をつけろ!』とよく言われたもの。映画の舞台のモチーフとなったのは東京都北区王子周辺で、僕は池袋出身なのですが、少し似たような雰囲気を感じました。僕が子どものころはバッシュ狩り、オヤジ狩り、ドラクエ狩りなど、いろいろ狩られまくっていて、外に出るのもちょっと緊張感があったんですよね。でも子どもながらに、ちょっと怖い“その先”になにがあるのかは気になっていて。僕はその一歩先に行くことはなかったけれど、子どもが自転車に乗って見たこともない場所に行ってしまった時、『親のいる世界に帰れるのかな』と不安になったりすることってあるじゃないですか。本作で描かれるのは人間の潜在的な恐怖を“探偵”というモチーフで見事に表現している物語と、その世界観。童心に戻ってしまう空気やレトロな絵柄が、非常にノスタルジーを感じさせます」。

パイロット版の時は、15分の尺に3時間を費やしたとアフレコの大変さを明かしていたが、本作の尺は64分。2度目となる荘太郎を演じるうえでの演技プランはあったのだろうか。「ノープランです(笑)。自分で演技プランを作る、というのはプロの考え方。僕は素人だから、いかにプロっぽくやろうと思ってもしょうがないし、できるわけもない。監督の作品なので、監督の指示に従うのが一番いいのかなと。まさに監督任せです」とニヤリ。

「僕のような素人を使ってどういうパターンができるのか。超絶プロの声優さんのなかに入ってどんな化学反応が起きるのか。監督も探り探りだったと思います」と塚原監督を慮りつつ、細かな指示を受けながらのアフレコだったと語る。「非常に細かかったのですが、それはすごくいいことだと思います。僕も何度も録り直したいタイプで、逆に一発OKが一番怖い。今回も時間の許す限り収録を重ねたので、いつブースから出られるのか、もしかしたら出られないかもしれない…なんて思いながらのアフレコでした」と振り返る。「『ん?』というセリフ一言で15回ぐらい録り直すんです。予想もしなかったような自分の引き出しに出会えることも新鮮でおもしろくて。僕も図々しくなって、監督OKが出ているのに『ちょっともう1回言ってみていいですか?』みたいな謎のこだわりなんかがあったりして(笑)。そのやりとりを通じて、やはり監督は職人だなと思いました。僕は職人が好きですし、後世に残る作品とはそういうもの。僕みたいな素人にはすごくありがたいやり方でした」と塚原監督のアフレコ方法に感謝していた。

■「声優と講談師、職種は違うけど似ているかもと思いました」

再び荘太郎を演じるにあたり実感したのはプロの声優のすごさだ。「講談師は感情を表現するのにあえて“余白”を使います。基本6、7割の感情移入をし、あとは余白を入れておかないと、野暮になって“クサい”と言われてしまうこともある。あえて感情を入れるみたいなこともやるのですが、基本的にはちょっと棒読みっぽくするんです。でも、声優さんはグッと、120%くらいの(感情の)入れ方をする。勝手の違いはかなりあると感じました」と解説した伯山。

一番驚いたのは自身の声の変化だった。「たった2年で声質って変わるんだとビックリして。『この声で大丈夫ですか?』と聞いたら『許容範囲です』って(笑)。声優さんは役の声をいつでもねらってパッと出せる。これが素人とプロの違いなんだと。しかも僕の場合、日を置くとブレちゃうから、正解がわからなくなってしまうんです。できることはとにかくボールを投げまくること。そうすればいい球を拾ってもらえるので。素人なりにいろいろなバリエーションでボロボロになるまで、投げまくりました」と苦笑いしながらも表情には充実感が漂っている。その理由は講談師の仕事にも通じるところがあったから。「古典講談はそもそも再放送のようなもの。微調整をして届ける、それをずっとし続けている作業なので、職種は違うけど似ているかもと思いました。妥協してあとで後悔するよりも、ヘトヘトになっても監督の満足するものを出したい。拾うほうは大変だろうけれど、僕にはいいプロセスでした。僕はラジオでもちょっとうまくいかないな、と思ったら視点を変えて録り直しをします」と、アフレコ自体は大変でも、性に合う作業工程だったようだ。

銘酒屋街の隅に大辻探偵社を構える私立探偵の荘太郎は「ミステリアスでいて、芯がある。正義感もあってちょっとしたユーモアもあり、ニヒルなところもある。いままでの探偵像を崩していない、探偵らしい探偵だと思います」と印象を語る。「探偵の知り合いもいないし、実際どんな人がやっているのかはわからないけれど、探偵ってミステリアスだし、ちょっとグレーな感じの職業というイメージがあって。ある種、クラガリの世界に連れて行かれるみたいな出来事って、探偵という職業以外では成り立たないんじゃないかな。僕のなかで、いまだに探偵ってなんか幻想があります」と探偵に抱くイメージを語る。

演じるうえで一番気にしたという荘太郎の登場シーンについては、「『はい、大辻探偵社』と主人公が出てきて僕の声が流れてきた時に、『合わない』と思われるのはまずい。監督にもそういう意思はあったと思うし、僕も一番大事にしたところです。絵柄ももちろんですが、その声で荘太郎という人がどういう人生を歩んできたのかがわかる。探偵事務所のドアをガチャッと開けた時に、その人の心の奥底みたいなものがわかるような表現ができていたらいいなと、素人ながら思いましたね」と特別な想いを明かした。

前作の舞台挨拶では塚原監督の魅力をたっぷりと語っていた。「とても変わった人ですよね。まず、帽子や服装が変わっている(笑)。でも、ビジュアルというのは自分が出したいものをアピールしているわけなので、大正レトロや昭和レトロな感じに憧れている空気感を漂わせていて、おもしろくてステキだと思います。過去にノスタルジーではなく敬意があり、現代に新しいものとして発表する。講談師にも似ているところがあるように思います」と共通点を指摘。さらに塚原監督の魅力は唯一無二なところだと力を込める。「あの絵柄、一目で塚原さんのだとわかるのがすごい。どんな世界でもそう。講談の世界なら声を聞いただけであの人だとわかるのと同じで、あの絵柄を見て塚原さんだとわかるのは、光っているということ。僕の知り合いからも『おもしろそうだね、絵柄が独特で』という声が多くあって。まず絵に惹かれるというのが、塚原さんの作品にはたしかにある気がします」。

■「僕の採用は博打だったと思います」

細田守監督の『未来のミライ』(18)のロボット、樋口真嗣が総監督を務めたアニメ「ひそねとまそたん」のまそたんの声を担当した伯山が、人間のキャラクターを演じるのは本作が初となる。「まそたんは完全に機械加工の声。僕じゃなくていいはずなのですが(笑)それでも最高にうれしい仕事でした。『未来のミライ』のロボットは、星野源さんが褒めてくれた“らしい”と聞いています。多分、言ってないと思うんですけれど」と冗談混じりで笑い飛ばすが、細田監督や樋口監督、そしてこだわりの強い塚原監督と、錚々たる監督陣からのオファーには理由があるはずだ。

「講談師が珍しいからじゃないですか(笑)。声という点では、多分、引っかかる声なんだと思います。ちょっとくぐもった独特のニュアンスがある声。今回であれば、荘太郎のミステリアスな部分と似ているように感じたのかと。僕の採用は博打だったと思います。技術的にはもちろんいろいろと不足しているけれど、声質としてはこの人の声で間違ってなかった、そんな空気はありました(笑)。緻密な作業を重ねて何年もかかって一生懸命作った作品を、最後、声を乗せる時に壊すことはできない。声質は合っていると思っていただいたことを頼りに、とにかく頑張るしかないという想いで挑みました」と荘太郎への覚悟も明かした。

ミステリーと聞いて伯山が思い浮かべるのは、松田優作主演のドラマ「探偵物語」と江戸川乱歩だ。「乱歩が好きなので『屋根裏の散歩者』『人間椅子』など、映画になっているものは観ます。乱歩ってすごく身近に感じるんです。文章が特別うまいわけでもないし、それが気持ち悪いのにすうっと入ってくるのがおもしろい。古典を読んでいるというよりも、身近な感じがしてすごく好きです。池袋には乱歩が年中お菓子を買いに来ていた三原堂もあるから、より身近に感じるのかと。講談にも探偵講談があるので、結構“探偵もの”は馴染みが深いんです。『探偵物語』はミステリーではないけれど、探偵のコメディみたいな感じがしてすごく好きです」と笑顔に。

荘太郎は、その活躍や彼の物語をもっと観たいと思わせる魅力的なキャラクター。大変だったアフレコ裏話を聞いたうえでも、ぜひともシリーズ化してほしい作品だ。「そういう声が出て、実現したらうれしいですよね。その時は本当に僕じゃなくてプロの声優さんが荘太郎をやってくれるのが一番だと個人的には思っています(笑)。もちろん、要望があれば僕のできる限りのことはやってみたいですが。すでに海外で賞を獲ったりしているので、あとはたくさんの人に観てもらって、評価だけでなく、観客動員の面でもいい反響があるといいなと願っています」。

取材・文/タナカシノブ

※塚原重義の「塚」は旧字体が正式表記


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