筆者は10年近く前、東京都台東区の浅草地域に住んでいた。当時の自宅からランニングに出る時、向かっていたのは隅田川沿いの遊歩道。
走りやすさや景観の良さからランナーに好まれる場所ではあったが、一部にはブルーシートや廃材を利用した仮小屋も点在していた。
浅草〜吾妻橋〜白鬚橋までの現在の様子は?
東京23区東部の一級河川、隅田川。特に浅草駅直近の吾妻橋から、北に進んで桜橋周辺までは、両岸に緑豊かな公園や明るい遊歩道が整備されている。
一方、桜橋から白鬚橋の間は観光地的な空気もほぼ無くなり、コンクリートの目立つ無機質な風景となる。ホームレス小屋が並んでいたのも、この区画だ。
路上生活に至る背景は人それぞれだ。それでも河川敷はれっきとした公共空間であり、東京都では、河川敷の適正利用を確保するため、仮小屋等に撤去を警告するとともに、自立支援センターへの入所案内や生活保護などの支援を続けている。
東京都では1994年より対策を続けているが、今も隅田川のホームレス小屋は消えてはいない。当記事では浅草から出発して隅田川沿いの吾妻橋~白鬚橋間をまわり、現在の様子に筆者の私見・考察をまじえてレポートする。
スカイツリー「写真映え」スポットのすぐ近くに…
筆者が浅草を訪れたのは、10月上旬の連休中。晴天の行楽日和とあって、街は相変わらず観光客で埋め尽くされている。
今回は隅田川にかかる『吾妻橋』の台東区側からスタートする。すぐ隣にはお台場や豊洲まで行ける水上バス乗り場があり、対岸に見えるのは東京スカイツリー、墨田区役所、そして「例のオブジェ」が有名なアサヒビール本社。近くにある川沿いの『隅田公園』は1923年(大正12年)の関東大震災の後、帝都復興事業で整備された場所である。
隅田公園へ入って北方向に歩き、東武スカイツリーラインの鉄橋下をくぐる。観光客の往来は多いものの、浅草寺周辺ほどではない。家族連れやランニング中の人、犬を連れた人もいて、浅草住民の生活空間としても親しまれている。園内には大きな子供向け遊具や観光案内所、堤防上の「タリーズコーヒー」店舗まであり、水と緑に触れ合えるおだやかな空間だ。
かつては小屋があった場所に…
公園内から堤防の階段を上がり、隅田川を見渡せる遊歩道を言問橋方向へ進む。ここが最初のチェックポイントである。遊歩道が言問橋に突き当たった行き止まりに、以前は大量の物品が置かれていたのだ。
今回訪れた時点では、それらしき物品は見当たらなかった。一方、周辺では現在も生活用品などが置かれている場所が確認できた。遠目には布団や空き缶なども見られた。
ちょうど言問橋と公園の木々に囲まれ、周囲の景観から視界的に遮られている場所だ。遠目に観察すると、生活用品や布団などのほか、空き缶も大量に積まれている。
現在の言問橋は真正面に東京スカイツリーがそびえ立ち、風光明媚なビュースポットとなっている。観光地として整備された景観のすぐ近くに、路上生活の痕跡が残っている。
行政のホームレス対策は着実に進んでいるが…
冒頭で触れたとおり、隅田川のホームレス対策は最近始まった話ではない。東京都は1994年より、隅田川の路上生活者に対する「特別清掃」を実施している。
対象区間で年数回、ホームレスの仮小屋などに期限を定めて撤去を警告し、期限後も残っているものは撤去・清掃する。路上生活者の健康状態なども確認し、施設への入所を案内するなど、河川敷の適正利用と自立支援を並行して行っている。
隅田川沿いのホームレス小屋が今も残っているのは、この行政対応がなかなか進んでいないから……と思われるかも知れないが、むしろ上記の活動は着実に効果を表している。
東京23区全体で見ると、東京都調査では1999年度に5,798人だったホームレスが、2025年8月には342人まで減少しているのだ。
隅田川西岸にある台東区も同様であり、区議会の保健福祉委員会会議録(2025年5月23日付)によれば、同年1月~2月に調査した区内ホームレスは昼間37人、夜間98人、深夜帯138人。
ピークである2000年(平成12年)8月調査の1,314人からは大幅なダウンであり、行政やNPO法人の長年の成果は着実に出ているのだが、やはり完全な解決には至っていない。
上記の保健福祉委員会ではホームレスの生活背景について、経済面だけでなく対人関係面の問題を抱えている事例や、一度は無料低額宿泊所や支援センターへ保護されても、施設利用時の経験などから、福祉的な支援を拒むようになった事例が指摘されている。
長年の行政支援にも関わらず、今なおホームレス達が隅田公園や隅田川に残り続けているのは、それほど彼らが重い事情や心のつらさを抱え込んでいる裏返しだとも取れるのだ。
人目の届きにくい空間を生んだ「カミソリ堤防」
言問橋からさらに北向きに行き、X字の橋桁がユニークな桜橋のあたりで、隅田川の河面近くに降りた。この先も遊歩道として路面や植栽が整備されてはいるが、やや圧迫感があり、観光向きの場所もなく、どこか荒涼とした眺めが広がる。
観光客の姿はほぼなくなり、数人が散歩していたり、川に向いたベンチや段差に腰掛けている程度。以前は桜橋から白髭橋までの間に、かつては、かつては複数の仮小屋がまとまっていた場所もあったのだ。
それらの大半は姿を消していたものの、筆者が通りがかった時点では現在も一部区間で仮小屋を確認した。遊歩道沿いの植栽や樹木、加えて恐らくは廃材なども活用しており、なかなかの大きさの仮住まいである。
その表面には行政による注意書きが貼られ、撤去しなければ廃棄処分する旨が警告されていた。
行政側は仮小屋の撤去を求める一方、施設への入所などの支援も案内している。それでも仮小屋が残っている現状からは、撤去の呼びかけだけでは解決しない難しさもうかがえる。
治水事業の狭間に生じた「都市の余白」
ところで、川辺と街を隔てる堤防壁は、1950年代後期~1970年代半ばにかけて隅田川両岸で整備されたもので、俗に「カミソリ堤防」とも呼ばれる。昭和後期から現在にかけては緩傾斜型堤防やスーパー堤防へ順次置き換えられているが、桜橋~白鬚橋間は今もカミソリ堤防だ。
昭和の高度経済成長期に築かれたカミソリ堤防は治水効果の一方、市民の目が隅田川に向かう機会を奪い、当時の水質汚染や公害の遠因にもなったと言われる。その反面、街から切り離されていることは、通行人の往来や目線をあまり気にせずに済むということ。
言問橋での状況と同じく、街のすぐ近くにありながら人目につかない「都市の余白」が路上生活の実態を街側から見えにくくしているとも言える。
堤防の上下で規模の異なるホームレス小屋
遊歩道から白鬚橋に上がって墨田区側へ渡り、今度は隅田川沿いを南方向へ歩いた。墨田区側は堤防の上を首都高速6号向島線の高架が走り、その下の一部が公園等に再整備されているものの、全体的には台東区側と比べて更に殺風景で無機質だ。
そうした環境ゆえ、墨田区側は堤防上にも人目が届きにくい場所が多く、ホームレス小屋が堤防の上下両方に点在している。
特徴的なことに、堤防上(つまり高速道路の真下)にある小屋は多くの部材や道具を並べ、時には木材なども使った大掛かりな小屋が見受けられる。一方で堤防下の遊歩道では、大半が簡素な造りである。
筆者の主観だが、墨田区側は堤防の上より下の方が、地域住民など人の往来が多い。そのため、下側の小屋は市民や行政の目に付きやすく、すぐ解体・移動できる造りとしていることが考えられる。
加えて大雨などで隅田川が増水した時、堤防の上は下より影響を受けにくいので、より大掛かりな小屋を組みやすいという事情もあるだろう。
荒川あってこその隅田川の安全
そもそも隅田川が都内の他河川と比べて、豪雨や台風による影響を比較的受けにくい。現在の隅田川は北区の『岩淵水門』で荒川から分岐し、水量が増した時は、主に荒川側へ大量の雨水が放出される仕組みとなっている。
これは現在の荒川が1910年(明治43年)に発生した大洪水の後、大規模な土木工事を経て、1930年(昭和5年)に『荒川放水路』として完成したためだ。隅田川は言わば、荒川に守られている河川なのである。
実際、現在の岩淵水門が完成した1982年以降、隅田川の氾濫による水害は発生していない。現在の隅田川でも川辺の遊歩道が台風などで浸水することはあるものの、河川敷全体が濁流の下に沈む荒川と比べれば、まだ変化が少ない方である。
再整備が進む水辺に残る課題
墨田区側の川沿いを南へ歩き、再び言問橋の下を通ると、遠くからにぎやかな音が響いてきた。今回のスタート地点となった隅田公園は、台東区側だけでなく墨田区側にもまたがっている。
特に墨田区側は近年の再開発が進み、隣接する『東京ミズマチ』とも合わせて、頻繁にフェス・イベントが開催されるホリデーエリアとなっているのだ。
園内の広場には多くの屋台や出店が並び、大きなステージではライブパフォーマンスが行われ、家族連れ・ペット連れ・カップルなどであふれんばかり。
多くの来場者でにぎわっているが、ここから広がった音は少なからず、隅田川沿いのホームレス小屋にまで届いているはずだ。
その音を小屋の主人達は、どのような思いで聞いているだろうか。そのことに一瞬でも思いを馳せる人が、隅田公園のイベント来場客の中にどれだけいるだろうか。
公共空間の適正利用と自立支援をどう両立するか
隅田川の明るい水辺空間は、同時に東京の街並みが持つ「断絶」「格差」「不可視化」のコントラストを、最も強く象徴する場所なのだ。
公共空間の適正利用だけを優先すれば解決する問題でもない。それは行政の活動が、実に30年以上も続いている点からも窺い知れる。
月並みな意見だが、必要なのは、公共空間の適正利用を図りながら、個々の事情に応じた支援につなげていく姿勢である。
<取材・文/デヤブロウ>
【参考資料】
台東区議会 令和7年5月保健福祉委員会-05月23日-01号(議会文書管理システムより)
台東区議会 令和7年第3回定例会-10月24日-付録(議会文書管理システムより)
東京都福祉局資料「ホームレス対策の現状について」2026年1月時点
趙海成(チャオ・ハイチェン)「河川敷の『原住民』令和ホームレスの実像」扶桑社新書 2026年
【デヤブロウ】
東京都在住。2024年にフリーランスとして独立し、ライター業およびイラスト業で活動中。ライターとしては「Yahoo!ニュース」「macaroni」「All Aboutニュース」などの媒体で、東京都内の飲食店・美術館・博物館・イベント・ほか見所の紹介記事を執筆。プライベートでも都内歩きが趣味で、とりわけ週2〜3回の銭湯&サウナ通いが心のオアシス。好きなエリアは浅草〜上野近辺、池袋周辺、中野〜高円寺辺りなど。X(旧Twitter):@Dejavu_Raw
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