アジア最大級の映画祭である第39回東京国際映画祭(TIFF)が、10月26日(月)より開催される。映画祭の顔であると共に、観客と映画をつなぐ案内人である「フェスティバル・ナビゲーター」に、今年は中島健人が就任。中島は昨年、第38回東京国際映画祭の公式プログラムであるトークセッション「ウーマン・イン・モーション」に登壇し、米アカデミー賞授賞式の現地取材にも度々足を運び、WOWOWにて冠映画番組を持つなど、俳優としてのみならず映画を愛する一員として、映画の持つ力を発信してきた。そんな中島に、映画祭を通じて届けたい映画の魅力や、ナビゲーターとして自身が果たせる役割について聞いた。
【写真を見る】新たな映画フェーズを迎える中島健人を撮りおろし!■「新しい人生、新しい景色との出会いこそ、映画祭の魅力」
ラインナップ記者会見後、取材に応じた中島は、興奮冷めやらぬ様子で就任の喜びを口にした。「去年、(「ウーマン・イン・モーション」主催する)ケリングのディナーパーティで東京国際映画祭事務局長の阪上仁志さんとお話をさせていただき、『来年もまた交わることができたらいいね』と言っていただいたんです。まさかフェスティバル・ナビゲーターになれるとは思っていなかったので、『本当に俺でいいのかな?』と思いました」と、声を大にして就任時の心境を明かしてくれた。ジョークは交えつつも、「僕は2008年に事務所に入り、幸いなことにすぐに映画出演の機会をいただきました。そうして培ってきたものを、ナビゲーターとして発信できたら」と、託された責務について真摯に語る。
「映画というものに出会って、僕は人生が大きく変わりました。人によっては、職業や、自分の生きる道が変わると思う」。映画の持つ力を知っているからこそ、「映画祭は、行き当たりばったりでもいい気がします」と、自由な楽しみ方を提案したいと話す。「人との出会いも突然ですから、映画との出会いも突然でいいのかなって思うんです。新しい人生、新しい景色との出会いこそ、映画祭の魅力。観客の一人として、そう思います」。難しく考えることなく、映画祭を気軽に、突然の“出会い”を楽しんでほしいという想いだ。

世界各国から多彩な作品が集結する東京国際映画祭。今年の「コンペティション」部門には、112の国と地域から1,892本が応募し、厳選された15作品がグランプリをはじめとする各賞を競う。また、映画祭の目玉の一つである、日本公開前の最新作をプレミア上映する「ガラ・セレクション部門」には、第79回カンヌ映画祭「ある視点」部門に出品された『すべて真夜中の恋人たち』や、同映画祭にてパルムドールを受賞した『Fjord』など、注目作がそろった。さらに今年は、さらに今年は、日本映画の新たな才能を発信する「Nippon Cinema Now」部門がコンペティション化。日本と東南アジアの気鋭の映画プログラマーが協働し厳選した作品を上映する新部門「CROSSCUT ASIA+部門」や、エジプト映画の巨匠にフィーチャーした「生誕100年ユーセフ・シャヒーン監督特集」や溝口健二の没後70年特集上映など、多彩な企画にも注目したい。

手元のラインナップ資料にじっくりと目を通していた中島に、現時点で興味のある作品やプログラムについて問うと、一例として、ガラ・セレクション部門の『ベヒモス!人生の組曲』を挙げた。名匠トニー・ギルロイが監督・脚本を手がけ、ペドロ・パスカルが映画初単独主演を務めるサーチライト・ピクチャーズ作品である同作は、各地のオーケストラを渡り歩いてきた天才チェリスト・アレックスの25年間の物語。「『音楽と人生への愛に満ちた至極の感動ドラマ』とありますけど、僕も音楽活動と人生を融合して生きているので、もしかするとすごくシンパシーを感じられるかもしれないなと」。さらに「僕はラブストーリーを求める癖があるので(笑)」と、上映作品から楽しそうにラブストーリーを探していた。

■「映画館で作品を観ることの美しさ、尊さを、俳優としての視点も活かして伝えるべきだと感じる」
中島は2013年にスクリーンデビューを果たし、これまで11本の映画に出演。うち9本で単独主演を務めている。24年にはドラマ「コンコルディア/Concordia」にて、海外作品にも挑戦した。俳優として第一線を走り続ける一方、いち映画ファン、いち映画人として、多方面に映画の魅力を発信するなかで、年齢を重ねるごとに責任感や使命感が芽生えているという。きっかけとなったのは、コロナ禍による映画館離れや配信作品の台頭を実生活で体感したうえで行われた、クリストファー・ノーラン監督との対談だった。
「ノーラン監督は、配信が盛んになっているいま、『僕たちは映画館を守らないといけない』と強く言っていたんです。僕は当時26歳で、映画の世界を深く知り始めた時期。『えっ、そんなにもやばい感じ?』なんて思っていました」。
そこから6年かけて、次第にノーラン監督の言葉が理解できるようになったと、噛みしめるように話す。「僕は配信作品にも出演していますから、どちらにもリスペクトがあります。それは当然のこととして、映画館にお客さんが来るというのは本当に尊いこと。そこで夢が生まれるし、そこで誰かと出会うかもしれない。それに“没入感”というものは、映画館でしか得られないと僕は思うんです。そう思った時に、ノーラン監督の言葉がようやく理解できるようになってきました。僕自身も年齢を重ね、32歳になった。映画館で作品を観ることの美しさ、尊さを、俳優としての視点も活かして伝えるべきだと感じるようになりました。そして今回、東京国際映画祭だからこそ得られる体験を、ナビゲーターとして自分らしく言語化して伝えることができたらいいなと思います」。
■「(映画に心を動かされた)経験を持つ僕だからこその“CONNECT”に、ちゃんと着地したい」
今年の映画祭のテーマは「CONNECT ー 映画が繋ぐ、その先の世界」。中島はまさに、映画が繋いでくれる「出会い」、そこにある「体験」に重きを置いているようだ。背景には、アーティストとしても活躍する彼ならではの視点がある。「体験」という非日常がもたらす「経験」に格別の思いがあるのは、中島ならではの感性。「繋ぐ」という言葉について、実体験も交えてこう語る。
「“身体を動かしたか、動かしていないか”はすごく大事なんです。それはライブでもそう。“紙のチケットを握りしめたか、そうでないか”によって“ライブに行ったか、行っていないか”の気持ちが違う。『映画館に行ったんだ』『そこで、この映画を観たんだ』ということを、人間は人生の記憶に残すんです。僕が小学校4年生の時に観た、スティーヴン・スピルバーグ監督の『A.I.』…人生で最初に僕の心を動かしてくれた映画なんです。映画館で観て、めちゃくちゃに泣いて、両親を驚かせた。そういう原体験があることは、人生を左右すると思います。僕も作る身として、そういう映画を作りたいと思う。そんな経験を持つ僕だからこその“CONNECT”に、ちゃんと着地したいです」。

取材や番組を通し、数々の映画人と触れあってきた中島。俳優として得たものについて聞かれると、『ノマドランド』(20)のクロエ・ジャオ監督と対談した際のエピソードを明かした。
「クロエ・ジャオ監督は、日本のアニメが大好きだと言ってくれました。日本のカルチャー、なかでもアニメカルチャーが世界中ですごく愛されていることを感じたし、改めて、誇りに思うべきだと刺激を受けました。さまざまな監督と話すうちに、携わる身として日本映画に対する誇りやアイデンティティみたいなものを強く持てるようになっているのかもしれません」。
目を輝かせて話す中島だが、世界各国の映画人に取材し、対談するのは、並大抵の知識でできることではない。どのように映画の勉強をしているのかについて問うと、フラットな返答が返ってきた。中島にとって映画は「勉強」ではなく、映画の価値に魅せられているからだという。
「人間ですから、食と同じように、『これは自分の舌に合わなかったな』というものは絶対にあります。でも、『これは、まだ自分には理解できないかも』と思っていたものが、数年後になって『伝えたかったのはこういうことか!』みたいな瞬間もあるんですよね。そうした“映画を観る時間”そのものに、僕はまるっと価値を感じているのかもしれない。だから、たとえすごく忙しくても、できるだけ観ています」。さらに、「母がとても映画フリークなので、おすすめの映画を聞くこともあります。母がいいという映画は、だいたいおもしろい!さすがだなと思います。メジャー級の作品が多いですが、小さい頃におすすめされた『きみに読む物語』は、子どもながらに感動しました。逆に、韓国映画にはあまり興味がなかったので、僕からおすすめしました。日本の映画なら…自分の出演した作品だからやめとこうかな(笑)。『ラーゲリより愛をこめて』は、すごく好んでくれていますね」。

■「“無知の強さ”というのは、俳優として強い」
映画により深く携わるようになり、映画の観方が変わってきたかについては、「まだ素人でいたい部分もある」と率直に明かした。CGか実写かといった部分を制作者視点で注視することもあるというが、「無知であること」も俳優の強さだと感じるという。

「斎藤工さんや板谷由夏さんのように、映画史を深堀りされている方とお話をしていると、自分の年齢的にも、まだ素人でいたい部分もあるなと思うんです。半分半分で生きていたい。すべての構造を理解して、評論のスペシャリストになってしまうと、表現が変わってしまうんじゃないかという怖さもあるので、半分は楽しみたいなって思います。“無知の強さ”というのは、俳優として強いと思う。それは、この6年ぐらい映画の番組をやっていて感じたことですね」。
一方、映画を観た後の感じ方については、フェーズが変わってきたことを感じるそうだ。「海外の作品は、基本的に何人かで脚本を書きますよね。年齢も経験も違う脚本家が現場に何人もいて、多角的な視点がミックスされているのがおもしろい。海外ドラマの現場を経験してから、映画を観ていて、どのレベルまで脚本家の方が書いているんだろう?と気にするようになりました。『いやぁ…』『ちょ、ちょっと待って』みたいな、咄嗟に出た言葉もそうなのかな?って。観た後、昔は“おもしろかったか、そうでないか”という短絡的な感想でしたけど、いまは『この作品は、どういう脚本だったのかな』ということを考えるようになりました。自分自身も映画やドラマを企画・立案する立場になっているので、そういう視点でも、たくさんの作品を観るべきだなというフェーズになっているのかもしれません」。
「ドラマでは、企画書を書いて、監督やプロデューサーとディスカッションして形にしてきた作品があります」と中島。「こういう作品をやりたい」と、監督らに企画を投げていたこともあるという。実際に「コンコルディア/Concordia」では、アーティストとしても多角的に作品に携わりたいと監督に直談判。帰国後、作品から着想を得て制作した楽曲「THE CODE」をチームに送り、挿入歌(チアリングソング)として劇中に使用された経験がある。「なんでもいいから青写真を描いて、やってみたい!と立案する。映画も、それがあるかないかで、できるかできないか決まる部分があると思う」と、今後も、自らの発信に意欲的な姿勢だ。
■「多くの方が感動できる、おもしろいと言ってもらえる作品を自分自身が作った時に、うまくかけ算できたらいい」
この日は取材陣から、「審査員として声がかかる日も遠くないのでは」との声も。驚き、はにかみ、謙遜しながらも、「まずは代表作を持ってくるので、待っててください」と頼もしい言葉で応えた。
「そもそも東京国際映画祭に参加させてもらえることがうれしいことですから、そんなふうに言っていただけるのは光栄なことです。でも、多くの方が感動できる、おもしろいと言ってもらえる作品を自分自身が作った時に、うまくかけ算できたらいいなと思います。オープニング作品で一回かましてから、審査員の機会をいただけたら最高ですね」。
昨年のトークセッションでは、海外の映像制作現場における「ファミリーデー」を例に挙げ、映画制作について「僕らの世代の観点で関われればいいな」と語っていた。「僕らの世代」――今回、32歳という若さでの抜てき、そして「フェスティバル・ナビゲーター」に名称を改めてから初の男性ナビゲーター。映画人として寄せられる信頼はもちろん、「中島健人だからこそ」という期待を、聡明な彼はしかと受け止めている。
「いまはショート動画が増えて、もはや1秒2秒でスワイプする世界ですよね。同世代の役者さんと『2時間の映画、観れるか議論』をしたこともあります。でも、僕らのように表現の前線に立つ人間たちが、映画を観ること、体験することの楽しさをちゃんと表現することで、映画の火は絶えないんじゃないかと思います。映画は何百本も作られていて、選ばれ始めた部分もあると思いますし、そのなかでも長編映画は、めちゃめちゃおもしろければ観るけど、よほどでなければ、観ることができない人も増えてきたのかなと感じています。そのなかで、僕がTIFFに参加することによって『とりあえず彼が観てるから』『とりあえず彼が言ってるから』、だから観てみようという人を1人でも増やすことができれば、自分が就任した意味はあるのかなと思います」。

愛する映画の火を絶やさぬよう、“映画が繋ぐその先の世界へ”、中島健人がナビゲートする。
取材・文/新亜希子