〈ファンの数だけそれぞれの「正義」や「価値観」がある〉
(〈〉は同書からの引用、以下同)
推しに対する思いが純粋だからこそ、自分が正しい、自分の愛こそが本物、と信じて疑わない。やがて推し仲間との温度差が生じ、幸福だった推し活にゆがみができてしまう。
そんな推し活の闇に真正面から切り込んだのが、『推し活で全てを失ったわたし』(上野ほし著、KADOKAWA、2026年9月)です。推し活で人生を狂わせた女性が、どう転落し再生していくのか。あまりにもリアルな、セミフィクションです。
推し活が唯一の息抜きだった
押田みかん(40歳)は主婦で2児の母。アイドルグループJustIce5(通称ジャスファイ)の田中真中くんが推し。夫の押田まさき(37歳)は推し活に理解があり、長男のりょうた(9歳)も長女のあかね(4歳)も手はかかるものの可愛い盛りです。平凡ながら穏やかな家庭を、みかんは築いていました。
みかんが真中君を好きになったのは、3年前、息子のりょうたが小学校に入学した頃です。マイホームを購入し、引っ越したばかりで環境にも慣れず心身ともに疲弊していたみかんの心に、デビュー直前の真中くんが飛び込んできたのです。
それは、テレビでたまたま観たボーイズグループのオーディション番組。歌もダンスも未熟な真中くんが必死に努力する姿を、いつしかみかんは夢中になって応援していました。
〈思うようにいかない毎日の中で、夢に向かって頑張る彼の姿に元気をもらって、毎日も少しずつ明るくなっていった〉
推しが心の拠り所、日々の癒し。みかんの思いは、純粋さであふれていたのです。ところが――。
推し活が、承認欲求を満たす手段になってしまった
ジャスファイがデビューして3年、売り上げも知名度も順調に伸びて、街中で見かけることも多くなりました。みかんにも推し仲間ができ、ともにコンサートに通うなど、充実した推しライフ。しかし、ジャスファイの活動に問題が起こり始めます。
グッズの詳細やイベント発表の遅れ、出演情報の漏れなど。運営側のずさんさが目につくようになったのです。当然、ファンの不満も発生します。
ジャスファイは悪くないのに、事務所が足を引っ張っているなんて許せない。みかんの憤りはファンの怒りでもあり、正当化されるべきものだと、みかんは確信したのです。
私はファンの代弁者、と思い込み……
「ジャスファイのツアーグッズの詳細まだ?もう初日まで2週間切ってるよ運営はちゃんとしてほしい……」
みかんは率直に、事務所へ向けてコメントしたつもりでした。誰かが声をあげれば改善されると思ったのです。それがSNSで大バズり、みかんに共感し、感謝するコメントであふれ、みかんは高揚感を得ます。
ジャスファイのため、真中くんのため、ファンのため。私は正しいことをして、評価された。
実際、みかんが投稿した直後に問題は改善。偶然かもしれませんが、みかんは自分の功績だと信じてしまいます。使命感に燃えたみかんの行動は加速していき、すべてのジャスファイ情報を、ジャッジするようになるのです。
仲間は離れていき、ついに家庭崩壊
ファンがいてこそのアイドル、推しがいてこそ満たされる気持ち。応援したいという純粋な思いが、推しを自分の願望どおりに支配したい欲に変わってしまう。
運営は、ファンはこうあるべき、真中くんはそんな人じゃない、etc。フォロワー数は数千人になり、みかんはその人々すべてに支持されていると慢心してしまうのです。
「最近のママは好きなアイドルを見てても全然楽しそうじゃない」。
夫が、そう告げたのは、まぎれもない事実でした。推しの存在が息抜きのはずだったのに、今や子どもたちをほったらかしてSNSと向き合っているのです。
意見や提案が、批判になり、ついには誹謗中傷になる。恐ろしいのは、みかんがそれを正しさだと思い込んでいること。真中くんという推しをとおして、自己肯定感を間違った形で確立してしまったことです。
やがてみかんの言動は過激化し、仲間は離れていき、ついには夫と子どもも家を出ていってしまいます。そんななか、推しの熱愛が発覚しーー。
みかんがかつての自分を取り戻すのはいつなのか、全てを失った先に何が待っているのか。
ぜひ、本書で確かめてください。
<文/森美樹>
【森美樹】
小説家、タロット占い師。第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『私の裸』、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)、『わたしのいけない世界』(祥伝社)を上梓。東京タワーにてタロット占い鑑定を行っている。X:@morimikixxx
【関連記事】
・
「推しは誰?」「わたし」。SNSで話題の“セルフ推し”で、自己肯定感低め女性の人生が変わった
・
疲れて辛いならフラッと“ひとりごはん”へ。そしてボンボーヌという謎の料理に出会った【漫画】
・
「やっぱダメですね45歳は」婚活でボロクソに言われた45歳・派遣女性が…“ぜんぜん不幸じゃない”ワケ。読者に愛される“45歳ヒロイン”生んだ作者を取材<漫画>
・
「休んだのに疲れてる…」のは休み方が間違ってます!医師が教える7つの休養術<漫画>
・
「なんで返信くれないの」「うぜぇ」で恋愛終了…人間関係で失敗する人には“心のクセ”がある【漫画】