(写真撮影/和田真典)
10月13日(火) 7:00
高騰を続ける都市部の住宅価格を前に、「住み替え」のハードルは高まるばかり。その一方で、各地で顕在化しているのが「実家の空き家化」です。 本連載では、実家を魅力的に再生させた事例をピックアップ。
2回目となる今回は、実家に住む両親が快適な近隣マンションへ移り、空いた実家を活用して、活動的に郊外暮らしを楽しんでいる夫妻を訪ねました。
■H&K夫妻のおうちDATA
住所埼玉県飯能市築年約37年間取り3LDK(元は4LDK)建物面積約135平米土地面積約307平米リフォーム完了年2022年設計施工費3000万円台世帯構成夫婦2人(夫50代、妻50代)設計エムズデザイン一級建築士事務所「都会暮らしに憧れて実家を出たので、自分が戻ることは考えていなかったんです」
取材中、楽しそうに笑う妻のKさん(50代)。何度も同じような言葉を口にしたのは、それが心からの本音だったということの証です。にもかかわらず、最終的には、夫とともにKさんの実家がある埼玉県飯能市で暮らす選択をしました。そのストーリーを伺っていきます。
都心ではなかなか得られない、専有面積約135平米という、うらやましいほどの広さのある空間に、上質な家具がゆったりと配されたインテリア。ハワイのコンドミニアムをイメージしたというキッチンは、広々としたリビングダイニングともつながり、たびたび開くというホームパーティにぴったりの間取りです。
ここはH&Kさん夫妻の暮らしを支えてくれる場所。それぞれ起業してバリバリ仕事をこなす一方、ゴルフ、トレイルランニングといったアウトドアの趣味も多い二人が、人生を豊かに楽しむための拠点です。
夫妻が暮らすのは、埼玉県の飯能市。清流と緑に恵まれた自然環境ながら、池袋駅から特急に乗れば、約40分で飯能駅に到着します。川のせせらぎを感じながら散歩を楽しめる飯能河原は、駅のすぐそば。天覧山へのトレッキングもご近所散歩の延長で気軽に出かけられます。近年は「メッツァビレッジ」や「ムーミンバレーパーク」など、北欧のライフスタイルを体験できる商業施設も誕生して注目を集めています。
都心へスムーズに通えるアクセスのよさと、リラックスできる豊かな自然。そして、日常の中で楽しめる洗練されたレジャー施設――。
ありそうでいて、なかなか出会えないような魅力的な街です。にもかかわらず、冒頭の言葉でもわかるように、Kさんは今後の人生で自分が住む場所になるとはまったく考えたことがありませんでした。飯能には子どものころから23歳まで暮らしていたものの、その後はずっと都会暮らし。「そのままずっと都心に住むんだと思っていました」と話すほど。
状況が変わったのは、コロナ禍です。感染拡大を機に、夫妻の仕事は一気に在宅ワーク中心になりました。ともにオンラインミーティングが多い仕事。当時のマンションでは、それぞれの仕事部屋を設けるのは難しく、お互いの声がかぶるなど、ストレスを感じるようになっていたのだとか。
「飯能、行くか!」と言い出したのは、夫のHさん(50代)。まるで明日ピクニックへ行こうみたいな軽やかな調子だったそうです。「東京は狭いのに家賃は高いし、生活コストもかかる。オンラインが一気に進んだこともあり、仕事はどこでもできると考えました」
「ちょうどそのタイミングで、私の母が体調を崩して、心配していたんです。父も以前からこの家にだれか住んでほしいとは言ってましたし、階段が多いこの家は70歳を目前にした両親には大変だろうとも感じていました」とKさんも続けます。
そんな背景もあり、最初は「え!」と驚いたKさんですが、夫の提案に次第に「ありかもしれない」と心が傾いていきました。
つまり妻の実家をリノベーションして夫婦で移り住み、両親は近くにマンションを探して引越すという計画。「両親もまだ70少し前で動きやすい年齢でしたし、結果的にいい時期の決断でしたね」
手続き的には、Kさんが実家を譲り受け、両親が住むためのマンションについてはKさんがローンを組んで購入することに。こうして両親のマンション探しと実家のリノベーション業者探しが同時に始まりました。
「いちばん大変だったのは、マンション探しだったかもしれません」と振り返るKさん。両親にとっては長年暮らしてきた愛着のある土地。地域でのコミュニティもありますし、せっかく娘夫婦が実家に住むのに、わざわざ遠くに引越す理由もありません。
しかし、希望のエリア内にある、高齢の両親にとっては必須条件であるエレベーター付きマンションとなると選択肢は限られ、なかなか理想の広さや間取りのものには出合えませんでした。途中、狙っていた物件がほかに決まってしまったこともあったといいます。両親の引越し先が決まらないことには、実家のリノベーションには取りかかれず、着工は予定よりも半年、後ろ倒しになりました。
マンション探しと並行して、リノベーションのパートナー選びも進めました。注文住宅やマンションリノベーションを経験している友人たちにもらったアドバイスが、「とにかく施工事例をたくさん見ること」
最初に相談したリノベーションを得意とする業者からは、現場への移動コストやアフターフォローの観点から、都心からの距離を理由に断られましたが、粘り強くネット検索するうち、原宿と所沢にオフィスを構える設計事務所と出合います。
当時の住まいの近くで打ち合わせができ、現場である飯能という場所にアクセスしやすい拠点もある。将来のメンテナンスまで見据えると、近くに事務所があるのは、大きな安心材料。結果的にぴったりの会社が見つかりました。
「友人たちのアドバイス通り、設計事務所を検索しては、過去の施工事例をひたすら見て、いいなと思う事務所を探しました。家づくりやインテリアに詳しいわけではないので、好みをわかってもらえて、安心しておまかせできる事務所を見つけることが、何より大切だったと感じています」
中古一戸建てのリノベーションとなると、多くの人にとって気がかりになるのは、耐震性と断熱性です。今回の建物は1991年竣工。調査したところ、1981年施行の新耐震基準が適用された住宅であったこともあり、耐震性は問題なし。一方で、大きな懸念材料となったのは、寒さ対策(断熱)でした。
「この家の思い出といえば、寒かったことばかり。寒すぎて、お風呂の脱衣所で吐く息が白かったですし、寝るときはフードをかぶって耳当てをしていたくらい」と笑うKさん。
だから、いちばん大きな要望は、「寒くない家」にするということ。断熱材をしっかり入れ、窓はすべて複層ガラス、サッシは室外側に「アルミ」、室内側に「樹脂」を使用した、断熱性と耐久性を両立させたアルミ樹脂複合サッシ に交換しました。リビングダイニングには床暖房、そのうえセントラルヒーティングも導入という、なかなかの徹底ぶり。家の中での寒暖差が生まれないようにしています。
「真冬でも夜中、ベッドからトイレに立つのも苦ではない、快適な家になりました。寒さ問題を解消できる今のテクノロジーはすごいですね!」とKさん。
夫婦それぞれの仕事部屋に加え、寝室とリビングダイニングキッチン。それぞれ独立した個室を確保できたことで、オンラインミーティングをしていても、互いの声が気になる心配はありません。一方で、もともとのつくりを生かしたスキップフロアのつくりゆえ、それぞれの気配をどことなく感じ、夫婦のつながりは自然に生まれる間取りです。寒さ対策のおかげで、その間取りのよさを最大限に活かせるようになりました。
両親が今後の暮らしを営むマンションへの引越しと、実家内に残るものたちの片づけも終わり、いよいよリノベーション工事が始まるといったときのこと。
「既存内装の解体が始まり、天井の板を取り除いてみたら、すてきな木の梁が出てきました。デザイナーからの提案で、天井板で覆わず、見せる仕上げにすることにしたんです」
天井がぐっと高くなって開放感も生まれ、さらに、もともとあった屋根の突き出し窓(ドーマー)にも新たな活躍の機会が。
「かつては、外から見ると屋根に小さな窓があるのに、中に入るとその窓は見えず、すりガラス越しにぼんやりした光が感じられるだけでした。子どものころは、あそこには妖精が住んでいるんだと想像していたくらい」。幼いKさんが想像をふくらませていたその窓は、時を経て、心地よい光をリビングにしっかり届けてくれる存在になりました。
「両親が購入した当時は、抽選倍率が10倍くらいだったと聞いています」とKさんが語るこの家は、実は当時の分譲建売住宅。屋根にはドーマーがあり、室内にはスキップフロアという、当時としては非常にこだわり抜かれたつくりでした。
思い出のある実家のポテンシャルをしっかり引き出したリノベーション。Kさんの両親も心から喜んでくれ、「ありがたい、ありがたい」と何度も口にされていたのだそう。
お正月はこの家にKさんの両親も集まって祝うのが恒例に。「私が都会好きなのを知っている父は、まさか、戻ってきてくれるなんてとびっくりしつつ、本当に喜んでくれています」
飯能暮らしを提案した夫のHさんも、この地での暮らしを満喫中。趣味の自転車やアウトドアグッズが並び、だれもが一度は憧れる「男の趣味部屋」の様相です。気軽に川辺のランニングに出かけたり、天覧山ハイキングを楽しんだり。仕事だけでなく、プライベートな暮らしも充実している様子が伝わってきます。
新卒時は料理雑誌の編集者をしていたこともあるHさんは、大の料理好き。毎日のように夫婦二人分のお弁当をつくったり、友だちを招いてホームパーティをする時にすべての料理を引き受けたり。広々としたキッチンで、料理の腕前を存分に発揮できるようになりました。
「じつは、リノベ前に床下収納を開けたら、長年熟成された梅酒の瓶がたくさん出てきました。義母が何年もかけて漬けたものですが、古いもので20年も熟成されていたんです。それがおいしくて。だから、僕もときどき漬けるようになりました」とHさん。
取材にお邪魔した日は、ちょうど夏の盛り。今年漬けた梅干しが中庭で土用干しされていました。夕方からは近所の友人がやってきて、ホームパーティを開催することにもなっているのだとか。
郊外の家だからこその、のんびりとした時間の流れを感じさせる暮らしぶり。妻の実家を活かした、50代夫妻の暮らしは、じつに豊かであることを感じさせてくれました。
両親がまだまだ元気なうちに、実家を引き継ぐ決断をした二人。実家を活かし、暮らしを豊かにする事例として、多くの人の参考になりそうです。
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