打撃不調のなか、大谷翔平はどのようなプレーで活路を見出すのかphoto by Kyodo News
【90フィートの塁間を制するスタイルとは】地区シリーズ、大谷翔平のバットは火を噴かなかった。しかし、足で勝利に貢献した。
10月7日、アトランタ・ブレーブスとのナ・リーグ地区シリーズ第4戦。ロサンゼルス・ドジャースが0対1と追う2回、先頭打者の大谷が四球を選んだ。続くテオスカー・ヘルナンデスの打席でカウントが3ボール2ストライクとなったところで、大谷はスタートを切った。ヘルナンデスは空振り三振に倒れたが、捕手の二塁送球が逸れ、大谷は一気に三塁へ進んだ。
一死三塁。ブレーブスの内野陣は前進守備を敷いた。続くマックス・マンシーの打球は遊撃後方への飛球となったが、遊撃手は背走しながら捕球を試み、落球。それを見た大谷が同点のホームを踏んだ。記録上は相手の失策が絡んだ得点だ。しかし、大谷が三塁へ進んだことで、ブレーブスは前進守備を敷くことになった。通常の守備位置なら楽に捕球できたかもしれない飛球が、前進守備によって難しいプレーに変わった。大谷の積極的な走塁が相手守備にプレッシャーをかけ、1点を生み出したのである。
ドジャースは7回にアンディ・パヘスの2点適時打で勝ち越し、4対1で勝利。3年連続のナ・リーグ優勝決定シリーズ進出を決めた。序盤に大谷の足で同点に追いついたことは大きかった。そして、この得点の奪い方は、次に対戦するミルウォーキー・ブルワーズが得意とする野球そのものだった。
「彼らの野球は好きですよ。いい野球をしますし、全力でプレーする。走塁も優れています。打席の質も非常に高く、簡単には屈しません」
8月、ドジャースがブルワーズとの4連戦で1勝3敗と負け越した直後、クリス・ウッドワード一塁ベースコーチに相手の強さについて尋ねると、彼はそう切り出した。特に強調したのは、チーム全体で相手にプレッシャーをかけ続ける能力だった。
「四球も選びますし、フィールド全体に打ち分ける。左打者も逆方向へ打ち、右打者も逆方向へ打つ。2ストライクに追い込まれてからも、なかなか三振しません」
走塁については、こう指摘した。
「私たちは、彼らほどスピードがありません。もちろん、翔平とトミー・エドマンは速い。アンディ・パヘスにも多少のスピードはあります。しかし彼らは、ほぼ1番から9番まで走ることができます」
ブルワーズの強みは、単に足の速い選手が多いことではない。打者が粘って出塁し、走者が次の塁を狙い、相手守備に難しい判断を迫る。それを打線全体で繰り返す。野球の塁間は90フィート、約27.4メートル。その距離を一つずつ奪うことが、ブルワーズの攻撃の基本にある。
【似て非なる両チームの特徴】両チームの走塁能力の差は、データにも鮮明に表れている。データサイト『ベースボール・サバント』の走塁得点価値(Baserunning Run Value)は、盗塁や打球が飛んだ際の進塁など、走塁によってチームの得点をどれだけ増やしたかを示す指標だ。ブルワーズがプラス9でメジャー3位だったのに対し、ドジャースはマイナス5で27位だった。さらに、単打で一塁から三塁へ進むなど、盗塁以外の進塁を評価する追加進塁得点価値(Extra Bases Taken Run Value)でも、ブルワーズがプラス7でメジャー1位、ドジャースはマイナス3で24位だった。走塁全体で得点価値にして14点分の開き、盗塁以外の進塁でも10点相当の開きがある。
ウッドワードは、ブルワーズの走者がかけてくるプレッシャーについて、こう説明した。
「私たちの投手陣は注意を払わなければなりません。投球動作を素早くし、本塁までの時間を短くする必要があります。少しでも遅ければ、二盗も三盗もしてくるし、次の塁も狙ってきます」
走者を警戒すれば、投手は打者だけでなく走者にも神経を使う。クイックモーションや牽制を意識しなければならない。こうした負担を打線全体でかけ続けることが、ブルワーズの強さなのである。ただし、ブルワーズは走塁だけに頼るチームではない。今季はチーム打率でナ・リーグトップ(.258)、四球数でもリーグ2位(668)に入った。一方、ドジャースは長打率でリーグ2位(.424)。得点の生み出し方には明確な違いがある。
ウッドワードは、ブルワーズの野球について、もう一つ興味深いことを話している。
「彼らの野球は、私たちが良い状態の時にする野球と同じようなスタイルです。ただ、私たちには彼らほどのスピードはありません。その一方で、打者は私たちのほうが上です。私たちの打線にはすばらしい打者がそろっています。彼らには、私たちほどの長打力はありませんが、それを別の方法で補っています」
両チームが目指す野球は必ずしも正反対ではない。ドジャースも四球を選び、打線をつなぎ、相手にプレッシャーをかける。加えて、強力な打者がそろっているため、長打によって一気に得点を奪える。一方のブルワーズは、長打力で及ばない部分をコンタクト能力、走塁、状況判断、守備力で補う。ウッドワードは、ドジャースの調子が悪い時には、チーム全体でプレッシャーをかけられず、それを実行する選手が数人だけになってしまうとも指摘した。
【大谷翔平はどのようにチームに貢献するのか】短期決戦では投手力も大きな意味を持つ。ドジャースは今季、先発投手の防御率でナ・リーグトップ。一方、ブルワーズは救援投手の防御率でリーグトップだった。さらにジェイコブ・ミジオロウスキー、ローガン・ヘンダーソンという若い先発投手も成長し、昨年とは違う陣容で挑む。
昨年のナ・リーグ優勝決定シリーズではドジャースが4連勝したが、4試合すべてが一方的な展開だったわけではない。今季の直接対決はブルワーズが4勝3敗と勝ち越したものの、総得点ではドジャースが27対25と上回った。両チームはほぼ互角に渡り合っていた。
ブルワーズが持ち味を発揮するには、まず出塁しなければならない。ドジャースの先発陣が三振を奪い、走者を出さなければ、積極的な走塁も生かせない。逆にブルワーズが粘り強い打席で球数を投げさせ、早い段階で救援陣を引き出せれば、展開は変わってくる。特に1点を争う接戦では、走塁や守備の一つの判断が勝敗を左右する。
ウッドワードは「ブルワーズは積極的に走りすぎてアウトになることもあります。しかし、私たちは一つひとつの守備を確実にこなさなければなりません」と警戒していた。
こうした走塁の攻防で、ドジャース側の鍵を握る選手のひとりが大谷だ。地区シリーズでは4試合で13打数2安打、打率.154と苦しんだ。以前、ウッドワードは大谷について、膝の影響などでトップスピードが低下していることを認めていた。また、大谷自身が感じている走力と実際のスピードとの間にズレがあり、それに応じて走塁判断を修正する必要があるとも語っていた。それでも大谷は、地区シリーズの重要な場面で積極的に走り、同点の1点をもぎ取った。走塁得点価値で27位のドジャースだが、大谷は足で試合を動かせる。打撃の調子が上がらなくても、四球を選び、走塁で相手にプレッシャーをかけられる。
もちろん、ドジャースが期待するのは、大谷本来の破壊力のある打撃が戻ることだ。しかし、打撃の調子にかかわらず、毎日試合に出場する大谷には、走塁でも勝利に貢献する機会がある。
ブルワーズが打線全体で実践する「90フィートを奪う野球」。ドジャースが誇る長打力との対決になるが、勝敗を分けるのは本塁打だけではないかもしれない。大谷が地区シリーズで見せたような、次の塁を奪う一つのプレーがシリーズの行方を左右する可能性もある。
奥田秀樹●取材・文text by Hideki Okuda
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