両親と私の3人で穏やかに暮らしていた日々は、父の異変によって大きく変わりました。病院へ行くことを拒み続ける父と、介護への協力を拒んだ弟。父をひとりで支え、最期をみとるまでの経験を通して、私は家族について深く考えさせられました。
外出も人付き合いも避け始めた父
以前の父は、弟夫婦が遊びに来ると、いつも楽しそうに過ごしていました。しかし、あるころから、おならをした際に便が少し漏れるようになり、次第に外出や人と会うことを避けるようになりました。
何らかの病気ではないかと思い、私は父に病院へ行くよう促しました。ところが父は、病院でおしりを見せることに強い抵抗があったようで、受診を断固として拒否。部屋に閉じこもる父を、母と私で説得する日々が続きました。
やがて痛みも出てきたのか、父は鎮痛薬を求めるようになりました。鎮痛薬を渡す際にも、病院へ行こうと促しましたが、父は激怒し、物を投げることもありました。母と私だけでは手が付けられなくなり、私は弟に相談することにしました。
弟から返ってきた思いがけない言葉
事情を伝えれば、弟も父を説得してくれるかもしれない。そんな期待がありました。しかし、弟から返ってきたのは、思いも寄らない言葉でした。
「いまさら家族と言われても困る。初めから家族だと思ったことはない。血がつながっていないと思って生きてきた。面倒は見ない」
弟夫婦は、それまで何度も実家へ遊びに来ていました。それだけに、「家族ではないから面倒は見ない」と言われたことが、私には信じられませんでした。何度か話をしましたが、弟は「家族ではない。頼るな」と繰り返すばかりでした。その態度が変わることはなく、私は父をひとりで介護するしかないのだと思いました。
ひとりで介護し父の最期をみとる
その後、私は父の介護を続け、最期までみとりました。父が亡くなったことと、葬儀について弟にも連絡しました。しかし、数時間後に届いたのは、「仕事なので行けません。やっておいてください」というメールでした。
介護をひとりで担うことは、私にとって非常に大変でした。それでも、父の状態に向き合い、最期まで支えるしかありませんでした。
弟の言葉や態度を目の当たりにし、私は戸惑いと驚きを感じました。それまで家族として付き合ってきたつもりだっただけに、介護が必要になった途端、弟との関係が大きく変わってしまったように思えたのです。きょうだいであっても、介護などの負担が自分におよびそうになったとき、態度が変わることもあるのだと知りました。
まとめ
何事もないときには仲良く過ごしていても、状況が変われば、それまで見えなかった一面が表れることがあります。この経験は、私にとって「家族とは何だろう」と深く考えさせられる出来事となりました。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:夏目早苗/50代女性・会社員
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年8月)
※一部、AI生成画像を使用しています。
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