最近「ドパガキ」という言葉をよく耳にします。スマホを手放せず、SNSやショート動画から絶えず刺激を摂取しつづける若年層の様子をドーパミン中毒のようだと揶揄した表現です。
時間をかけて小説や映画などを味わうことができずに、すぐに瞬間的な快楽に心が移ってしまう傾向を、社会問題と捉える向きもあります。
「ドパガキ」という言葉が生まれたきっかけ
早くも流行語大賞の最有力候補との声もある「ドパガキ」ですが、きっかけは音楽に関する議論からでした。Mrs.GREEN APPLEの「ライラック」への批評から生まれた言葉なのです。
2024年にXで大バズリした「集中力がないZ世代のガキが途中で再生止めないように一定間隔でメロディに変化を加えてて、ドーパミン中毒のガキ相手の商売って大変だなって思いました」という投稿から、「ドーパミン中毒のガキ」を省略して「ドパガキ」となったわけです。
昨今のヒット曲に現代の落ち着きのなさが映し出されていることに多くの人が共感したため、「ドパガキ」がここまで浸透したとも言えるのです。
では、本当にいまのヒット曲は「ドパガキ」仕様と言えるのか。そして、もしそうだとしたら、これまでの音楽とはどのように違うのでしょうか?
Mrs. GREEN APPLE「ライラック」はなぜ刺激的なのか
改めて「ライラック」を振り返りましょう。イントロで早口言葉のようにささやく高音のギターリフがあったかと思いきや、突如としてヘヴィなディストーションサウンドが展開され、さあ歌い出すというところで、一斉に音が小さくなり、音数が少なくなります。
この始まり方からして、振り幅が極端なのです。大から小、多から少への移動が、短時間で急激に行われる。たとえるならば、絶叫マシーンのようなものです。
そして、歌の符割も、細かな音節の歌詞をぎゅうぎゅうに詰め込んだかと思いきや、サビでは「ドレミファソラシド」の大きな揺らぎの中で「ライラック」というキーワードが確実に印象づけられるように配置されている。
つまり、音楽的な情緒を問題とするよりも、聴く人を圧倒したり驚かせたりするためのサプライズとしての構成を重視していることがよくわかります。
M!LKやCANDY TUNEにも共通する“ドパガキ”仕様
もっとも、これはMrs.GREEN APPLEに限った話ではありません。バンド音楽以外、たとえばアイドル界隈で言うならばM!LKの「イイじゃん」だとか、CANDY TUNEの「倍倍FIGHT」なども、「ドパガキ」J-POPのわかりやすい例です。
「イイじゃん」では、前半の爽やかなアイドルポップスのパートと、重低音が鳴り響くラップのパートが、何の脈絡もなく並んでいます。まったく異なる二つの表現を一つのまとまりとして、より踏み込んで言うならば、ポップスとラップ、それぞれが退屈しない時間内に圧縮されて、強制的に溶接されているような一曲です。
これも、若年層の刹那的な快楽を満たすための方策であり、音楽的な要請というよりは、むしろ商売上やむを得ない環境が生んだ、結果としての野心作だと言えるでしょう。
「倍倍FIGHT」は、もっと直接的にドーパミンの分泌を促してきます。心臓の鼓動を思わせるドラムのキックがものすごいスピードで打ち鳴らされ続けるからです。
ここに、パチンコで確変が起きたときの電子音による祭り囃子のようなメロディが乗ることによって、一種のトランス状態が生まれる。そして女の子のアイドル特有の、鼻にかかった猫なで声で「ば〜いのばいのファイト〜」と、三三七拍子を模したシュプレヒコールをくり返す。
これも、曲として良いか悪いか、美しいかどうか以上に、ある種の効果を生み出すための要素として音が動員されている構図が浮かび上がるのです。
若者は音楽ビジネスの「草刈り場」になっている
当然のことながら、Mrs.GREEN APPLEがいけないとか、M!LKやCANDY TUNEが幼いとかの単純な問題ではありません。もしも、このようなよろしくない音楽が人気の時代であることを憂うのであれば、その責任の一端は、先行する世代が積み上げてきた文化にもあるはずだからです。
しかしながら、若者に迎合してこのような音楽を「素晴らしい」と誉めそやして、自らの意に反して放っておくことは、果たして年長者の取るべき態度だと言えるのでしょうか?
確かに、Mrs.GREEN APPLEもM!LKもCANDY TUNEも、若いファンに人気ではありますが、一方で、それは純粋に彼らの力によって生み出された文化であると言えるのでしょうか?
「ドパガキ」音楽は、ファンダムの拡大が最優先となっている音楽ビジネスにおいて、若年層が効率の良い草刈り場になってしまっていることを端的に示している。そのことこそが、深刻な構造的な問題なのです。
<文/石黒隆之>
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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