オンラインインタビューの冒頭、画面の向こうから聞こえてきたのは小さな泣き声。「すみません、さっきまで子どもを見ていたので……」と語るのは、令和ロマンの松井ケムリさんです。M-1を史上初めて連覇した実力者としての活躍の一方、2025年に第一子が誕生し、パパ芸人としての顔も持つように。そんな松井さんに、我が子への思いや子育て観を伺うと、率直な本音が見えてきました。
第一子の誕生で「帰宅時間を意識するようになった」
――2025年にお子さんが生まれて、生活はどう変わりましたか?
松井ケムリさん(以下、松井):
仕事のペースを緩めているわけじゃないんですけど、「ここまでに家には帰りたい」という時間が明確に生まれましたね。前は深夜までしょっちゅうどこかにいましたけど、今は子どもが寝る前に家に帰りたい、と思うようになりました。仕事柄、帰る時間が不規則なので叶わない日も多いんですけど。
――今日は取材の直前まで、お子さんと一緒だったんですね。
松井:
そうなんです。妻と、LINEで「早く終わる日ある?」「帰りが遅い日ある?」などとやりとりして、彼女が何か用事があるときは僕が子どもを見るようにしています。今日もその流れで、さっきまで子どもと一緒に家にいました。
「何かを追求できる人間」になってほしい
――お子さんには、どんなふうに育ってほしいと思いますか?
松井:
何かひとつのことに熱中できる子になってほしいですね。実は、僕自身は真逆で、あらゆる平均値を目指す人間なんですよ。得意を伸ばすより、苦手を埋めにいくタイプ。何かに突き抜けているというより、全部をならしたくなっちゃうんですね。それがある意味コンプレックスでもあるのですが。
――でも、その結果として今のお仕事につながっているようにも思えます。
松井:
いや、そんなことないんです。本当に優秀な人、つまり自分で勝手に学んで、突き詰めていける人にはかなわないなという気持ちがあるんです。あの人たちは、自分の好きなことなら放っておいても勉強しちゃう。そんな人たちに、ずっと憧れがあるんですよ。だからこそ、子どもには何かを追求できる人間になってほしいんですよね。
「自学自習ができる人」へのコンプレックス
――ご自身は名門中高卒業後に慶應義塾大学に入学した高学歴芸人としても知られていますが、親御さんからは「勉強しなさい」と言われて育ったんでしょうか?
松井:
そうなんです。あくまで僕は親に言われて勉強はしていたので、自分で自学自習ができる人に、コンプレックスがあるんですよね。だから、自分の子どもには、放っておいても勉強に向かうような子になってほしいです。
――お子さんの教育については、どうお考えですか?
松井:
これはもう、完全にエゴなんですけど……「勉強を頑張ってほしい」と言わないことで、勉強を頑張っていい大学に入ってほしい(笑)。
――なるほど、「北風と太陽」の太陽のような……。
松井:
まさにそれです(笑)。無理に「やれ」と言ってやらせるんじゃなくて、自分から興味関心あることに向かっていく。そういう子になってくれたら、と。進学するのはいい大学じゃなくてもいいとは思いつつ、できるだけ人生を安定させてほしいという気持ちはありますね。大学に行くと、人生の選択肢は広がりますから。
――もしお子さんが、芸人や芸能の道に進みたいと言ったら?
松井:
反対はしないですね。好きなことに熱中させる方針で育てようと思っているので。何かに一生懸命熱中できる子は、どんな道を選んでも大丈夫だと思いますから。
憧れるのは「本をポップに読む人」
――「突き抜ける力」への憧れという話がありましたが、そのために松井さんが子育てで実践していることは?
松井:
とにかく絵本をたくさん買って、読み聞かせていますね。芸人仲間にも読書家が多いんですけど、なかでも、娯楽として本当に当たり前のこととして本を読む人がいるんですよ。YouTubeやNetflixを観たのと同じくらい自然に、「あの本読んだよ」って。特にひけらかすわけでもないからこそ、逆にすごく知性を感じるんです。かっこいいなって。
――ご自身は、もともと本を読むほうでしたか?
松井:
それが周りよりは読んでいたけど、正直ふつうだったんですよ。今も、意識して読むようにはしているんですけどね。だから、自分の子どもには、自然に本を楽しめる人になってほしいなと思っています。
芸人同士だと「子どもの成長を、まったく気にせず話せる」
――同じ時期にお子さんが生まれた芸人仲間も多いそうですね。子育ての話をすることもありますか?
松井:
しますね。マユリカの阪本さんやニューヨークの屋敷(裕政)さんのように、同い年の子がいる先輩も多いんです。この前も「もう歩いている?」「もう話す?」みたいな、発達具合の話をしていました。世の中の親御さんって、自分の子の成長が早い遅いで不安になっちゃう人も多いらしくて。
でも本当は、この時期って個人差がすごく大きいから、あまり気にしなくていいと僕は思っているんです。あと、芸人同士だと、みんな変なのが普通になっているから、発達状況が違っても、みんなまったく気にしないんですよ。「うちの子、まだこれができないんだけど」みたいな話も、まったく引っかからずにできるのは、すごく気楽です。
――たしかに、SNSで他の子と比べて落ち込む、という声もよく聞きます。
松井:
気にしだすとキリがないですからね。まわりの芸人と、そういう空気なしで話せるのは、ありがたいなと思います。
単独ライブから生まれた初の絵本「完全なお客さんに向けて描いた」
――初の絵本『ちがうちがう』を出版されました。どんなきっかけで生まれた作品なのでしょう?
松井:
この本は単独ライブの企画から生まれたんです。神様が間違えて作ったおかしな世界を、少年が「ちがうよ!」とツッコんでいくお話です。ツッコミを一個のテーマにした絵本なので、そのためのボケをどう入れるかに注意しました。作るときは、大きなホワイトボードにネタを書き出して、そこから絵的に面白いものを選んでいきました。
――大人向けの本を出されたときとは、感覚が違いましたか?
松井:
かなり違いましたね。大人が大人に読ませる本って、ある意味、自分の好きなことを好きに書いてもいい感じがありますよね。でも絵本は、読ませる相手が子どもという完全なお客さんですから。自分の主義主張はいれず、とにかく子どもを喜ばせるためだけに描きました。
――手ごたえはいかがですか?
松井:
発売後に「5歳の子が爆笑していました」みたいな連絡がくるんですよ。人を喜ばせようとして、実際に喜んでもらえる。しかも、笑わせる相手が子どもだったのは初めてですからね。想像するしかないんですけど、読んでくれている子の姿を思うと、すごく嬉しくて。やったことはないですが、食べ物屋さんの気持ちに近いのかもしれません。
――ご自身のお子さんの反応も、楽しみですね。
松井:
それが、まだ子どもには読ませられていないんです。だから、どんな反応をするのか、まだわからない。でも、近い将来、自分の子どもに読み聞かせられる絵本をつくれたのは、素敵なことだなと思っています。
――お子さんが大きくなったら、ある日、お父さんの仕事に気づく日も来るんでしょうね。
松井:
そのときは、自分が芸人であることは、隠さず全部言うと思いますよ。仕事って、どうしても自分である程度取捨選択はしなきゃいけないときがありますが、選ぶときに「この仕事は子どものためになるか」「子どもにとってマイナスにならないか」を考えるようになりました。いつか子どもに物心がついたときに、誇れる父親でありたいですから。この絵本も、いつか「パパが描いたんだよ」って渡せたら、うれしいです。
【
松井ケムリ(まつい・けむり)
】
1993年生まれ、神奈川県出身。慶應義塾大学在学中に髙比良くるまとお笑いコンビ「令和ロマン」を結成。2023年『M-1グランプリ』で初の決勝進出で優勝、2024年には大会史上初の2連覇を達成。2025年に第一子が誕生。2026年4月に初の単著となる動物エッセイ『ナマケモノの朝は、午後からはじまる。』(Gakken)、7月に初の描き下ろし絵本『ちがうちがう』(集英社)を刊行した
<取材・文/藤村はるな>
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