年を取って子を授かりたいと考える夫婦にとって、不妊治療は今やメジャーな選択肢だ。不妊の原因の半分は夫側にあるといわれるが、現状は妻側を中心に治療が進む場合が多く、原因究明に時間がかかるケースも珍しくない。当事者の経験談も踏まえ、男性主体に治療を進める道を探った。
DVDを渡され、義務的に出すことがつらかった
妊娠を望むカップルが避妊せず性交し、1年間妊娠しなかった場合を「不妊症」と呼ぶ。2022年4月、原則全額自己負担だった不妊治療への保険適用範囲が拡大され、治療のハードルは大きく下がった。しかし不妊の原因がわからないまま治療期間が長引き、結果として費用が高額になるケースも珍しくない。NPO法人Fineが不妊治療に臨んだ当事者1067人を対象に行った調査をまとめた「不妊白書2024」によれば、治療期間は「2年~5年未満」が39.4%。「5年~10年未満」も15.5%と、「2年以上」が半数以上にのぼった。
千葉商科大学教授の常見陽平さんは30代後半から約5年間にわたり夫婦で不妊治療に臨み、常見さん43歳、妻42歳のとき、女児を授かった。
38歳で会社を辞めて、一橋大学大学院社会学研究科に入学。不妊治療を始めた当初は研究・執筆・講師活動を並行しており多忙だった。そのため、当初は妻が婦人科に通い、自身の関わりは精子提供程度に留まった。「いま思えば、不妊治療の知識を身につけるためにも、夫婦二人で足を運ぶべきだった」と振り返る。
婦人科の場合、治療はまず予測された排卵日に性交を行うタイミング法を試し、結果が出なければ精液を子宮へと直接注入する人工授精へステップアップすることが多い。常見さんの場合もタイミング法を試したが結果が出ず、数個目のクリニックで精液検査を受けたところ、自身の側に「睾丸が垂れ、精子が加熱されやすい」「精子の奇形が多い」ことが判明。男性不妊に特有の治療法として、顕微鏡で見ながらガラス針を使い、精子を卵子に直接注入する「顕微授精」を試し、ほどなくして子どもを授かった。
顕微授精は‘22年から保険適用の対象になっているが、当時は対象外。通院が長期に及んだことで、不妊治療にかけた費用は数百万にのぼった。さらにきつかったのが、精子の数や運動率を調べる精液検査だ。あらかじめAVのDVDを渡され、専門の部屋で精液を出すよう指示を受けた。
「若い頃のように性欲が有り余ってもいないのに、胃カメラを飲む感覚でAVを見るのは『何をやっているんだ』という感覚。同じことを繰り返すのもつらかった」と振り返る。
妻が流産しても、できることがなかった
治療の長期化は免れたとしても、流産などを繰り返せば、夫側が無力感を抱いてしまうこともある。元NHKアナウンサーである登坂淳一さんは1年数か月に及ぶ不妊治療を経て49歳で第一子を、51歳で第二子を授かった。
結婚当時、登坂さんは40代後半、妻は30代後半。互いに子どもが持てたらいいねと話し合っていたことから、当時妻側の拠点であった北海道札幌市内の婦人科に通い始めた。治療開始段階で看護師からの、「不妊治療は二人で一緒に取り組むもの」という言葉を受けて、登坂さんも月に数度、東京と札幌を往復し可能な限り治療に付き添った。検診の結果、妻のチョコレート嚢胞(子宮内膜症)が判明。治療と並行しタイミング法を行ったが結果が出ず、体外受精に段階を移行した。それでも2回は流産し、3回目は着床せず、4回目でようやく子を授かった。
「1回目の流産後に原因を探ったところ、妊娠はするが流産しやすい『不育症』の傾向が妻にあることがわかりました。(不妊治療自体は)前に進んでいる感じはあったものの、二度も流産すれば、妻の精神的・身体的なダメージは計り知れない。夫側にはできることがなく、もどかしさとふがいなさに落ち込むこともありました」と話す。
クリニックによる患者の「抱え込み」が、治療期間を長引かせる現実
二人のように「まず妻が婦人科に通い、その後夫が検査を受ける」は、順序として珍しいものではない。
しかし忘れてはいけないのは、産婦人科医の専門はあくまで「女性の生殖器」ということだ。男性器の診察・触診を行い、外科的処置も施す泌尿器科に行かない限り発覚しない病気もある。その一つが、「精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)」。精巣やその上の精索部にこぶ(静脈瘤)ができ、血流が悪くなって睾丸の温度が上昇し、精子のDNA損傷など悪影響を及ぼす。泌尿器・形成・生殖医療の専門医資格を持ち、男性不妊治療を手がける銀座リプロ外科の永尾光一医師によれば、「『精子が加熱されやすい』という所見があったのであれば、明らかに精索静脈瘤」という。
男性不妊の原因の約3割を占める一方で、勃起や射精に問題がなくても生じるため、自覚症状は生じにくい。永尾医師は、次のように話す。
「精子のDNAがダメージを受けていると、体外受精や顕微授精を繰り返しても妊娠の確率は低い。日本生殖医学会が定める『生殖医療ガイドライン』では、精液検査で異常が認められた場合、体外・顕微授精へと進む前に、泌尿器科的検査を行うことが推奨されています。しかし現実的には患者を抱え込むクリニックのほうが多い。二人の場合は子どもを授かったので良かったものの、子を授かれずに終わる方も少なくありません」
初めから泌尿器科を受診するだけでも、男性にとって心の持ちようは大きく変わると永尾医師は指摘する。
「精索静脈瘤の検査では、エコーによって血液逆流の有無や程度を確認します。当院の場合、所要時間は10分、検査料は5500円。精液検査と比べハードルは低く、付き添いだけの場合に比べ無力感も起こりにくい。まずは仕事帰りに、気軽に検査を受けてみるのもいいでしょう」
「妊活」の特集は、女性誌を中心に組まれることが多い。しかしそのような情報の偏りは、結果として男性側の当事者意識を希薄にし、不妊治療が長期化する一因ともなってきた。自身を主体とした治療が、妻を救う近道ともなりえることを、男性側が知っておいて損はない。
永尾光一(ながお・こういち)
銀座リプロ外科院長、前・東邦大学泌尿器科教授。NPО法人男性不妊ドクターズ理事長。昭和大学・東邦大学にて形成外科・泌尿器科両方の診療科部長を経験)。手術用顕微鏡を用いて微細な手術を行うマイクロサージャリーをはじめ、生殖医学領域の形成外科的手術を得意とする
【松岡瑛理】
一橋大学大学院社会学研究科修了後、『サンデー毎日』『週刊朝日』などの記者を経て、24年6月より『SPA!』編集部で編集・ライター。Xアカウント: @osomatu_san
【関連記事】
・
10年続けた不妊治療を42歳で終えた夫婦「崖から突き落とされるような感覚」からたどり着いた、子どものいない人生
・
4歳の長男を育てる60歳父。定年を迎え、再雇用で給料は12万円減でも「高齢パパだからできること」
・
「私がいなくなったら…」重度自閉症の息子を遺し逝った妻。父が独りで向き合う「親なきあと」の絶望と希望
・
大阪・西成で解体業を営む“元溶接ギャル”の壮絶な半生。「裕福な家庭」から一転、不良の道へ…複雑な家庭環境を告白
・
「真ん中の子だけ顔が似てないね」DNA鑑定で明らかになった“衝撃の真実”…父親はまさかの