写真提供:特定非営利活動法人黄金町エリアマネジメントセンター
10月6日(火) 7:00
横浜市中区(神奈川県)、京急線の日ノ出町駅から黄金町駅までの高架沿い約1km。大岡川に面したこの一帯は、かつて違法な風俗店が立ち並び、地元の人でさえ近づかない場所でした。2005年の一斉摘発で店が姿を消したあと、空いた建物にアーティストを迎え入れるまちづくりが始まって、まもなく20年。現在は約50組、10カ国以上のアーティストがここで暮らし、制作しています。街のイメージはどう変わり、活動はどこまで広がっているのか。現在の街の様子をレポートします。
商店街を通って学校へ行く時代。子どもが通れなかった街
黄金町に滞在するアーティストのサポートを行っているのが、黄金町エリアマネジメントセンター(以下、エリマネ)。拠点を構えるのは、初音町・黄金町・日ノ出町の一帯です。エリマネのリュウ・シュカさんと、近隣のギャラリーカフェ・Art and Syrup(アートアンドシロップ)ディレクターで、エリマネの広報サポートを行っている高橋紀子(たかはし・のりこ)さんに街を案内していただきました。
「90年代までは、この辺はいわゆる違法風俗店が乱立しているエリアで、地域の人も立ち入りがたい場所でした」(高橋さん)
高橋さんは黄金町近隣の生まれで、近くの東小学校に通っていました。
「このエリアは子どもが通ってはいけないエリアだったので、迂回して商店街を通って学校に行く、という時代でした」(高橋さん)
ただ、ここで生まれ育った子どもにとっては、それが日常でした。危ないという意識のないまま育ったのが実際のところだった、と高橋さんは振り返ります。
転機は2000年代に入ってからです。2003年、初音町と黄金町の頭文字をとった「初黄(はつこう)・日ノ出町環境浄化推進協議会」が地域につくられ、2005年には神奈川県警と横浜市による一斉摘発、通称「バイバイ作戦」が行われます。ピーク時に約250軒あったといわれる店は、一挙になくなりました。
「割とクリーンなところになったんですね。ただ、街になにもないような状態になった。そこでアートで街を盛り上げていこうということで、2008年に始まったのが『黄金町バザール』です」(高橋さん)
一斉摘発のあと、空き家になった元店舗を横浜市が借り上げ、アーティストが滞在制作をするアーティスト・イン・レジデンスとして貸し出す仕組みが動き始めます。以来、海外からもアーティストを招き、制作と発表の場を提供してきました。黄金町バザールは、毎年開かれる黄金町をあげてのアートイベント。地域で制作されたアートが地域で展示され、街の内外の人たちが交流する機会となっています。2025年からは同じ京急線の上大岡と共催で、対象エリアを拡大してきました。
街の見え方は、この20年で大きく変わりました。
「以前は不動産屋さんが『黄金町は危ないので』とご案内していたみたいです。今はそうした抵抗感もなくなってきているようです」(高橋さん)
現在、黄金町に滞在するアーティストは約50組。日本人以外では中国、韓国、台湾、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどアジアを中心に、フランス、スペイン、ブラジル、アメリカからも来ており、10カ国以上にのぼります。
「アーティストの滞在は、短くて2~3カ月、長くて1年以上。2~3年滞在する人もいます。10年以上この近辺で活動しているアーティストもいますね」(リュウさん)
2階建ての建物の1階で制作し、2階で寝泊まりできるレジデンススペースもあるそうです。海外から来た人にとって、日本で住まいを借りるハードルは高いもの。ここでは制作場所と住まいを、低いハードルで確保できるのが大きいのだといいます。海外のアーティストにとっては、外国の街に滞在して制作する「レジデンス」の経験そのものが目的になることも多いそうです。
「外国のアーティストは、黄金町は居住申請がしやすい、家賃が安い、海外のレジデンスを体験してみたい、経験を積みたいという人が多いです。エリマネではビザ申請のサポートも行っています。日本人のアーティストは、長く制作できる場所、発表できる場所を求めて来るようですね」(リュウさん)
物件の仕組みは少し独特です。かつて違法風俗店だった建物を横浜市が所有者から借り上げ、それをエリマネが市から借りてアーティストに貸す、二段階の構造になっています。
「行政が間に入って仲介して、所有者と契約して、それをマネジメントセンターがマネジメントする、という形です」(高橋さん)
海外から来た人が個人で借りるのは難しい建物でも、市が借主になることで、貸す側と借りる側の双方の負担が下がります。物件の所有者は以前から変わっていないところも多く、かつての状態に戻ってしまうことのないよう、市が借り上げを続けているのだそう。
事業の始まりは、横浜市の「クリエイティブシティ」政策でした。市内にいくつかの創造界隈拠点を設ける構想で、黄金町はアートで街を「浄化」していくまちづくりの拠点と位置づけられ、予算がつけられました。空き家だった建物にアーティストが入り、通りを歩く人が増える。それが、この街にとっての「浄化」でした。
一方で、事業を支える市の予算は変わってきています。
「実際、20年たってみると、市政も変わり、財政の考え方も変わってきて、予算はだんだん減少傾向になっている状態ですね」(高橋さん)
スタジオの数も減っています。建物の所有者が代わったり、事情を知らない新しい所有者から「引き上げたい」という話が来たりすることがあるためです。
「最近は不動産が値上がりしていることもあってか、オーナーの意向で横浜市ではなく別の民間に貸したいという話も出てきています。そうすると、アーティストのスタジオの場所が減っていってしまうんです」(高橋さん)
市が借り上げたスタジオには、5年という期限があります。期限を過ぎてもここで活動を続けるための支援も行ってきました。
「5年を超えると、エリマネが直接契約しているスタジオに引越しするという形になります」(リュウさん)
黄金町を気に入ったアーティストのなかには、エリマネが管理する物件ではなく、近隣のスペースを借りて制作を続ける人もいるといいます。
高架下には、新築でスタジオやギャラリーが設けられました。
ギャラリーの「made in Koganecho」では、黄金町に滞在するアーティストの作品を展示・販売し、本屋の「黄金町アートブックバザール」は古本とアーティストのグッズを扱って、ほぼ毎日開いています。「黄金スタジオ」のキッチンスペースでは毎週水曜日に「パンとコーヒーマルシェ」が開かれ、出店者からの利用料がエリマネの収入になります。カフェもあり、アーティストのオリジナルグッズなどが購入できるアートフェアも年に数回開かれます。市の予算が減るなかで、こうした場所からの収入が、運営の一部を支えています。
短期滞在のアーティストは、滞在中に展示スペースを借りて成果を発表します。作品はそのまま自国へ持ち帰られ、世界各地で発表されていくものも。長期滞在のアーティストは、東京や横浜のほかの場所とのつながりが広がり、日本各地で発表するようになるのだといいます。
街を歩くと、ちょうど中国から3カ月の予定で滞在中のアーティストが、展示の準備をしていました。黄金町の道端に生えている雑草を採り、布に拓本(表面の形を写し取る技法)をとる作品です。建物がそのまま、バザールの展示会場になっています。
アーティストが近くに何人も住んでいることが、この街の居心地をつくっているようです。
「一人でスタジオを借りて黙々と制作していたのがつらくて、こちらに来てアーティスト同士の交流を楽しんでいる、と話すアーティストもいますね」(高橋さん)
毎月17日には、エリマネの主催でアーティストが集まる交流イベント「オンエア」が開かれ、キッチンのあるスペースでは、アーティストが料理をつくりながら自主的にパーティーを開くこともあるそう。年齢層も幅広く、最年少は17歳のインドネシアのアーティスト。最初は学校の先生と一緒に来て、その後一人でもう一度滞在したといいます。
住民との接点は、日常のなかにあります。地域の人はワークショップに参加し、イベントに協力し、バザールの時期には地域の旧家屋や店舗が作品の展示場所になります。
あるアーティストは、個人の記憶と結びつく古着を使って作品を制作してきました。今年のバザールでは、地域の人たちから古着を提供してもらったそう。集まった古着を使ったワークショップにも、地域の人たちが参加したといいます。
また別のアーティストによるコスモスをモチーフにした作品が、地域のさまざまな店に飾られます。街角にも白いプランターが置かれ、バザールに向けて地域の人たちが協力して育てていました。
小学校の子どもたちが街に来て、アーティストとワークショップをすることもあります。アーティストの側も、地域のイベントに顔を出し、お祭りでは神輿を担ぎ、地域のパトロールに加わることもあるそう。こうした地域活動を発信する「まちづくりニュース」は、エリマネが制作し初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会が発行しています。
こうした地域との関わりを、アーティストにも入居の際に提案しているといいます。
「アーティストの方に、地域の方と連携する活動の事例としてご紹介しています」(リュウさん)
イベントの情報はSNSで発信するほか、近くのキッズクラブにチラシを持っていったり、協力してくれそうな地域の人に配ったりして、参加したい人が加わる形です。
20年近く続くうちに、街から育つ人も出てきました。「アトリエ日ノ出町」で10年以上営まれているアート教室の教え子には、美術を専門にする道へ進んだ子がいます。エリマネの活動に協力してくれる商店のお子さんは、この街で生まれ育った経験を生かして都市計画やまちづくりの研究に取り組んでいます。バザールの展示にも関わっています。
黄金町を出たアーティストとのつながりも続いています。かつて滞在したアーティストの作品やグッズは、今も「黄金町アートブックバザール」で委託販売されています。近くの長者町にあるスタジオ「CHAP」では、「黄金町出身」と呼ばれるアーティストが制作を続けています。近隣書店で行われたアートの展示など、かつて黄金町に滞在したアーティストをエリマネから紹介する役割も担ってきました。バザールに出品を続けるアーティストもいます。黄金町に滞在したアーティストは、これまで何百組にもなるそうです。
そして2025年6月、黄金町駅の高架下に皆が使える広場「黄金町みんなのひろば ロックカク」が開きました。約430平米の広さがあり、京急電鉄と地域の協議会、エリマネの3者が設けた民間設置の公園です。
「ここは京急さんの所有地で、ずっとフェンスが張られていた場所です。保育園をつくるという話もありましたが、誰もが使える広場になりました」(高橋さん)
無料で、10時から17時まで。予約はいらず、空いていれば誰でも使えます。バスケットボールのゴールは、メーカーから提供を受けたものだそう。
「平日の午後になると子どもたちが遊びに来ています。夏休みは午前中から子どもが遊びに来ていました」(高橋さん)
地域の人が近づかなかった一帯の高架下で、いま子どもたちが放課後を過ごしています。20年の取り組みが、目に見える場所になっています。
活動の広がりは、街の外にも及んでいます。黄金町バザールは2025年から、京急線の上大岡駅にある京急百貨店・ウィング上大岡でも同時開催されるようになりました。今年の「黄金町バザール+上大岡バザール2026」は、2026年9月10日(木)にスタートし、10月12日(月)まで。ディレクターはエリマネの事務局長・山野桂さん。テーマは「交差する私たち ―アートでつながるまち―」で、23組が参加します。
今年は街そのものを舞台にした演劇も上演されます。100人以上のメンバーを抱える劇団「ザジ・ズー」から10人ほどが参加し、5回の公演を行う予定だそうです。
取材した日、街の一角でゲネプロ(通しリハーサル)が行われていました。
バザールは再来年で20周年を迎えます。その積み重ねの先に、アーティストが暮らし、子どもが遊ぶ今の黄金町があります。
高架下のギャラリーや本屋は、バザールの会期外でもほぼ毎日開いています。アートを見に、そして変わり続ける街を歩きに、黄金町へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
※会期中のプログラムや会場は公式サイトに掲載
●取材協力
NPO法人黄金町エリアマネジメントセンター
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