10月6日(現地時間)、ブエノスアイレスの夜。約8万6000人を収容するエル・モヌメンタルは、おそらくいつもとはまったく違う空気に包まれるだろう。リオネル・メッシが、アルゼンチン代表のユニフォームを着て最後の試合を戦うからだ。対戦相手はベナン。世界中のサッカーファンが注目する歴史的な一戦としては、少し意外な相手かもしれない。
しかし、「なぜベナンなのか」という疑問こそ、メッシの最後の夜をめぐるもうひとつの物語につながっている。
これは、21年間、アルゼンチン代表を背負った史上最高の選手の美しい別れの物語だ。だが同時に、その別れさえも巨大なビジネスに変えてしまう現代サッカーの物語でもある。
ベナンとの一戦がアルゼンチン代表からの引退試合となるリオネル・メッシ photo by JMPA
メッシがアルゼンチンのA代表として初めてピッチに立ったのは、2005年8月17日、ハンガリー戦だった。当時メッシは18歳。63分に途中出場したものの、すぐにレッドカードをもらい、わずか40秒で退場となった。まさかそこから200試合以上に出場し、この国のサッカーそのものを象徴する存在になるとは、当時、誰が想像しただろう。
現在までの代表での成績は207試合、125得点、68アシスト。ただ、メッシとアルゼンチン代表との21年間は、決して幸福なストーリーだけではなかった。所属していたバルセロナでリーグ優勝やチャンピオンズリーグ優勝など多くのタイトルを手に入れ、何度もバロンドールに選ばれる一方で、代表でのメッシはずっと無冠のままだった。
アルゼンチンではずっと、そのことを責められてきた。2016年、コパ・アメリカ・センテナリオはチリとの決勝でPK戦の末に敗れ、自らもPKを失敗した時には、メディアやサポーターからの痛烈な批判に立腹し、「僕にとって代表は終わった」と宣言。父親と監督の必死の説得で47日後に彼は戻ってきた。
皮肉なことに、その復帰後にこそ、メッシとアルゼンチンの黄金時代が始まった。勝ち取ったタイトルはコパ・アメリカ(2021年、2024年)、フィナリッシマ(ユーロとコパ・アメリカの勝者が対戦/2022年)、そして2022年カタールワールドカップ。長い間、「代表では勝てない」「ディエゴ・マラドーナにはなれない」と言われ続けた男は、最後にはアルゼンチンが望んだものをほとんどすべて手に入れたのだった。
【印象的だった手紙のたたずまい】今年7月19日、アルゼンチンは北中米ワールドカップ決勝でスペインに延長の末、0-1で敗れた。メッシは8得点、4アシストで大会を終えた。その2日後、彼は代表への別れの手紙を書いた。3ページにわたる、自筆の手紙だった。ただし、その時はまだ公表しなかった。しかし、8月8日、長年にわたって彼を支え続けてきた父ホルヘが68歳で亡くなると、8月31日、メッシはその手紙を公開した。
そこにはこう書かれていた。「魂が痛んだ。でも、今がその時なのだと理解した」「僕のなかは空っぽになった。もう与えられるものは何もない」「これからはほかのみんなと同じ、ひとりのサポーターになる」。
だが、公表された画像を見ると、最も印象的だったのは、手紙そのもののたたずまいだった。手書きの文章には、何度も言葉を消しては、その横にまた書き直した跡が残っていた。そしてそこには『ハリー・ポッター』の「逆転時計」をモチーフにしたペンが添えられていた。時間を巻き戻す魔法の道具だ。メッシ家は全員が『ハリー・ポッター』の大ファンであることは、アルゼンチンではよく知られている。
もちろん、現実の時間を取り戻すことはできない。代表で戦った日々も、父親と過ごした時間も。だからこそ、その1本のペンと手紙が妙に人間臭く見えた。世界最高の選手でも、どうにもできないことがある。だからこそ手紙を書き、間違え、消し、また書いたのだろう。そして最後には、自分自身で別れを決めたのだ。自筆の別れの手紙には、アルビセレステ(アルゼンチン代表)への愛と、彼の優しさと、そして長い代表生活で蓄積された疲れのすべてが表われていた。
こうしてメッシは静かに代表を去った。しかし、アルゼンチンを率いるリオネル・スカローニ監督にはひとつ心残りがあった。メッシに、本当の意味でアルゼンチンの人々に別れを告げる場を用意したかったのだ。
そこで9月15日、AFA(アルゼンチンサッカー協会)のクラウディオ・タピア会長とスカローニ監督は、メッシのために正式な「引退試合」を行なうことを発表した。代表マッチウィークの間に行なわれる国際親善試合の最終戦をそれに充てたのだ。
【なぜ対戦相手がベナンに?】この期間中に、アルゼンチンはボリビア、ブルキナファソ、ベナンと3試合を行なうが、ベナン戦だけにメッシが帰ってくる。試合には、ゲストとしてアンヘル・ディ・マリアをはじめとした2022年ワールドカップ優勝メンバーとその家族も招待されている。
メッシは10月2日に代表チームに合流。練習を終えたその日の夜には、仲間たちとアサード(アルゼンチン風バーベキュー)を楽しんだ。肉を焼き、仲間と食卓を囲む。大切な時にはいつも繰り返してきたアルゼンチン代表の儀式だ。ただし、今回はより特別なものだっただろう。メッシと仲間たちとの「最後のアサード」になるかもしれないのだから。
ちなみに、メッシにはかつて代表引退宣言から47日後にそれを撤回した前例があるため、なかにはメッシがもう一度代表に戻るのではという期待を持っている者もいる。たとえばサンロレンソのルベン・ダリオ・インスア監督は、メッシに2030年のワールドカップまで代表を続けてもらおうという運動を呼びかけている。しかし、今のところメッシの代表復帰を示す具体的な兆候はない。
さて、ここまでならメッシとアルゼンチン代表のとても美しい物語だ。問題はその先にある。
なぜ、メッシほどの選手の最後の代表戦の相手が、ブラジルでもスペインでもフランスでもなくベナンなのか。ベナンはFIFAランキング89位のアフリカの代表チームである。
もちろん、現実的な理由はあるだろう。10月の国際試合期間に強豪国との日程を調整するのは簡単なことではない。だが、もうひとつ、よりわかりやすい理由がある。欧州や南米の強豪を招待すれば、それなりに高額な費用も発生する。しかし、メッシの引退試合ともなれば、相手がどこであろうとチケットは争奪戦になる。実際、チケットは9月24日の発売開始から75分足らずで完売。価格は9万~48万ペソ(約9000円~5万円)だった。アルゼンチンの平均月収は11万円程度だから、決して安くはない。それでもスタジアムは超満員になる。AFAにとってはこれほど確実な興行はない。
【値札をつけられたメッシへの愛】相手がベナンならば、強豪国を呼ぶための大金を支払う必要もない。テレビ放映も世界約60カ国で行なわれるという。おかげでこの1試合だけで1500万ドル(約23億円)を超える収入を生むと推定されている。メッシに対する協会の愛は本物だ。しかし、その愛には巨大な値札もつけられたのだ。
スタジアムに入れなかったサポーターのためには巨大スクリーンで試合が中継されるファンフェスタも用意される。名前はFan Fest Gracias Leo――「ファンフェスタ『ありがとうレオ』」。美しい名前だ。ただし、こちらもただではない。3万ペソ(約3000円)を払わなければいけない。メッシに別れを告げるためには、スタジアムの外でもチケットが必要なのだ。
メッシはこの日、アディダスが用意した特別ユニフォームを着る。アルゼンチン国旗を縦に配し、中央にソル・デ・マヨ(五月の太陽。アルゼンチン国旗に描かれている)をイメージした模様と黄金の背番号が入っている。メッシ本人もSNSでデザインを発表し、そこには「最後の試合。すべての人生が詰まった1枚のユニフォーム」のメッセージ。価格はオーセンティックモデルが約4万3000円、レプリカモデルが約3万円。9月25日に世界同時発売され、ほぼ完売状態だ(日本でも完売したという)。
試合の前には人気アーティストのコンサート。試合後にはメッシへ記念プレートが贈呈され、本人のスピーチもあると言われている。完璧すぎるほどのショーだ。
一方、この華やかな「ラストダンス」の裏側には、まったく違う現実があった。対戦相手への扱いだ。
ベナン代表はブエノスアイレスまで、エコノミークラスを利用した23時間を超える長旅を強いられ、選手たちは疲労困憊でやって来た。チームのビデオアナリスト、ジョナス・ビデ氏は疲労から一時意識を失ったという。到着後も問題は続いた。AFA側が用意したホテルでは一部の階で温水が出ず、サウナは使用不能。ジムにはランニングマシンがわずか2台しかなかった。練習も十分な環境とは言えない人工芝のピッチで行なわざるを得なかった。
もちろん、一連の出来事の責任はメッシにはない。むしろ正反対だ。引退試合の話は彼が父を亡くしたばかりの頃に持ち上がった。メッシははじめ、AFAが自分の名前で最後に大金を稼ぐためのものではないかと疑い、当初は難色を示したとも報道されている。乗り気でなかったという声も聞かれた。だが最後に彼はもう一度、アルゼンチンの人々の前に立つことを受け入れた。
エル・モヌメンタルが満員になる理由はとても単純だ。人々はアルゼンチン代表のユニフォームを着たリオネル・メッシの姿を、最後にもう一度だけその目に焼きつけたいのだ。
AFAはいろいろなショーを用意しているが、そんなものは二の次だ。アルゼンチンの人々が本当に見たいのは、最後の笛が鳴った瞬間、メッシはどんな表情をするのか、だ。泣くのか、笑うのか、チームメイトを抱きしめるのか。仲間たちは彼をどう送り、サポーターはどんな声で彼の名前を呼ぶのか。それだけはAFAにも演出することはできない。
21年前、メッシのアルゼンチン代表での最初の試合は、わずか40秒で終わった。だが、最後の試合はできるだけ終わらないでほしい。アルゼンチンの人々はそう願うはずだ。
リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon
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