メダリスト、飛躍はこれから【正田裕生 コラム 直線・曲線・斜め線】

200メートル個人メドレーの金メダルを手にする松下知之=8月15日、パンパシフィック選手権、米カリフ

メダリスト、飛躍はこれから【正田裕生 コラム 直線・曲線・斜め線】

10月3日(土) 10:45

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長かった。ようやく一つの関門をクリアした。ゴールして日本新記録を出したことを確認すると、松下知之(21)はコースロープにまたがり、達成感あふれる表情で両手を上げた。9月3日、競泳の日本学生選手権男子400メートル個人メドレーで、4分5秒83をマーク。2016年リオデジャネイロ五輪で萩野公介が金メダルを獲得した時に出した4分6秒05を0秒22更新した。


「狙っていた記録を超えられたことは良かったですし、記録を持っていたのが憧れの萩野さんで、自分が抜いてやろうとずっと思っていたので良かったです」。場内インタビューでは、同じ栃木県出身の先輩を超えた満足感を表しながら、決して喜びすぎずにしっかりと語った。

ここが目標なのではない。ターゲットは、パリ五輪王者のレオン・マルシャン(フランス)と、彼が持つ4分2秒50の世界記録だ。まだ3秒以上の差がある。それでも、銀メダルを手にしたパリ五輪後、「打倒マルシャン」を掲げ、気を緩めずに鍛錬を続けてきた成果が、ようやく日本記録という形で表れた。

五輪の後も高いレベルで好成績を残しており、結果を見ればもっと評価されてもいいアスリートの1人だ。しかし、記録を大きく伸ばして殻を破ることができず、もどかしさがつきまとう。これまでも厳しい練習に取り組み、指導する東洋大の平井伯昌監督が「日本新記録は出せる」と何度も太鼓判を押した。しかし、自己ベストを更新することがあっても、日本記録には届かなかった。

3月の日本選手権。松下は前半を抑えた消極的なレース展開ながら、最後の追い上げで自己ベストをマークした。大会最終日で疲労感があり、タイムには不満が残った。取材エリアで「萩野さんはまだ憧れなのか」と問われると、「ちょっと生意気かもしれないですが、超えて当然というところはある」と答えた。その言葉を聞いた筆者は、失礼ながら「だったら今回超えたかったよね」と、思わず言ってしまった。6月の新年度の日本選手権では集中力を欠いたレースで5位に沈み、さすがに平井監督は落胆した。

しかし、慎重な性格ではあるが、水泳が好きで、前向きに取り組む姿勢を継続している。日本代表で同世代や先輩格の選手にもまれることも刺激になっている。8月のパンパシフィック選手権(米国)の400メートル個人メドレーでは、マルシャンら欧州勢は不在だったが米国のライバルらを倒し、またも自己ベストを更新して優勝。200メートルも制した。精神面について「一番は、どんな状況でもぶれない強さ。そこの信念の強さみたいなところは成長した気がする」と、やや照れながら自己分析した。そして9月、日本新記録につなげた。

平井監督は「人は変わる時がある。まだまだだが成長してきた。本人にとっていいタイミングだった」と評価する。愛知・名古屋アジア大会では17歳の小島夢貴に敗れたが、悔しさは糧にする。2年後のロサンゼルス五輪へ向け、飛躍はこれからだ。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.36からの転載】


正田裕生(しょうだ・ひろき)共同通信編集委員。埼玉県出身。総合商社勤務後、1991年に共同通信社入社。99年に運動部。水泳、バスケットボール、テニス、IOCなどを取材し、五輪は9大会で現地に。ロンドン支局、運動部長、編集局次長などを経て現職。

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