「ただ、元気に生きることがいちばん」29歳セクシー女優を襲った希少がん子宮から大量出血→肺転移→副作用の激痛…治療“中断”を決断した壮絶闘病

抗がん剤治療を中断し退院したことを報告する豊岡さん(写真:本人提供)

「ただ、元気に生きることがいちばん」29歳セクシー女優を襲った希少がん子宮から大量出血→肺転移→副作用の激痛…治療“中断”を決断した壮絶闘病

10月1日(木) 11:00

「不正出血があっても、若いから平気だと思っていました。私の体にいったい何が起きていたのか、一人でも多くの女性に知ってほしいんです」

そう語るのは、セクシー女優の豊岡さつきさん(29)だ。

豊岡さんが患ったのは、異常妊娠の一つである「胞状奇胎」をきっかけに発症した、妊娠性絨毛性疾患だった。その後、胞状奇胎の組織が子宮の筋層へ入り込む「侵入奇胎」と診断され、さらに絨毛がんへ進行。肺への転移も告げられたという。

胞状奇胎は、受精卵から生じる絨毛細胞が異常に増殖する病気だ。多くは子宮内容除去術後の経過観察で治癒するが、一部は侵入奇胎や絨毛がんなどの妊娠性絨毛性腫瘍へ移行することがある。

豊岡さんは20歳のころ、「見るのも見られるのも好き」という興味から自らAV業界へ応募。2017年にデビューし、9年間で500本以上の作品に出演してきた。

そんな豊岡さんの体を異変が襲ったのは、2025年12月のことだった。

「子宮から大量に出血して、産婦人科へ行きました。エコー検査を受けると、『赤ちゃんになる部分はなく、細胞が異常に増えている胞状奇胎です』と説明されました。初めて聞く病名で、何を言われているのか理解できませんでした」

■手術後も下がらないhCG値「得体の知れない病気にかかった感覚だった」

年が明けた2026年1月末、豊岡さんは胞状奇胎を取り除く手術を受けた。しかし術後の検査では、胞状奇胎などで上昇するhCGというホルモンの値が、下がるどころか上昇していたという。

精密検査の結果、医師から告げられたのは「侵入奇胎」。抗がん剤治療を始めることになった。

「症例が少なく、ネットで調べても情報がほとんど出てきませんでした。得体の知れない病気にかかったという感覚が強かったです。でも、そのときは治療すれば治るのだろうと思っていました」

豊岡さんは通院で抗がん剤治療を受けながら、AVの撮影現場へ通い続けた。子宮からの出血が続き、ナプキンを手放せない状態だったため、性行為のないエキストラ役に変更してもらったという。

ところが、抗がん剤治療を4クール行ってもhCG値は下がらなかった。

■「肺にも転移」さらに強い抗がん剤へ…子宮摘出の可能性も

「4クールを終えた4月ごろ、精密検査で絨毛がんに進行し、肺にも転移していると説明されました。『ああ、普通にがんなんだ』と思ったのを覚えています。さらに強い抗がん剤へ変更するため、入院することになりました」

その際、子宮を摘出する可能性も告げられた。

「がんと言われたことよりも、子宮を取るかもしれないと聞いたことのほうがショックだったかもしれません。幼いころから、早いうちに赤ちゃんが欲しいと思っていました。自分が思い描いていた夢は、もうかなわないのかな、と」

通院治療中にも吐き気などの副作用はあったが、入院後に薬が変わると、めまいやふらつき、脱毛など、さらにさまざまな症状が現れたという。

「女性であることを前面に出す仕事をしてきたので、その象徴のように感じていた髪が抜けることが、とてもつらかったです。抜けると聞いていても、実際に経験するとショックで涙が止まりませんでした」

なかでも豊岡さんを苦しめたのが、口腔粘膜の障害だった。

「口の中がやけどしたような状態で、潰瘍ができ、痛くて痛くて水を口にすることさえ難しくなりました。最後は点滴で栄養を入れてもらっていました。体重が減り、ふらつきもひどくなって、頭も回らない。食べられないことで、体がどんどん弱っていきました。治療の影響なのかはわかりませんが、突然涙が出る日もありました」

■2カ月を超えた入院生活病棟で倒れ「治療中断」を決断

当初は1週間ほどと説明されていた入院生活は、2カ月を超えた。そんななか、豊岡さんは病棟で倒れたことをきっかけに、大きな決断を下す。

「『健康な人なら立ちくらみで済むことでも、抗がん剤の影響で重症化することがある』と説明され、正直、抗がん剤の治療が怖くなりました。そのときは、ふらついて歩けず車いすで移動し、酸素濃度が下がって酸素吸入も受けていました。治療を始める前のほうが元気だったのではないかと思うほどでした」

そして、豊岡さんは抗がん剤治療の中断を申し出た。

「このまま治療を続けて体が弱り、別の病気まで併発してしまうのが怖かった。抗がん剤で死ぬより、やりたいことをやって死んだほうがいい。後悔しないほうを選びたいと思いました」

当然、医療者からは治療を続けるよう強く勧められたという。

「『中断すれば悪化したときにつらくなる』『同じ抗がん剤は再び使えない可能性がある』『再発した場合、治療法がなくなることもある』と説明されました。医師や家族とも何度も話しました。それでも、今の状態では長く生きられない気がして、中断を決めました」

こうして豊岡さんは、7月7日に退院した。

■治療中断後、hCG値は低下「主治医も驚いていた」

退院直後は、歩くこともままならなかったという。

「地面が揺れているような浮遊感があり、怖くて歩けませんでした。薬剤師さんから治療薬の影響だと説明を受けていましたが、薬が抜けるにつれて、少しずつ症状は治まっていきました」

口内炎などの症状も改善し、再び食事が取れるようになった。

「きちんと食べて、ときどき歩く。これはあくまで私個人の実感ですが、自分に合うと感じる漢方薬にも出合いました。少しずつ体力が戻っていると感じています」

現在も通院し、血液検査や画像検査を続けている。豊岡さんによると、病状の目安となるhCG値は低下しているという。

「レントゲンでは肺もきれいになっていました。子宮内には多少病変が残っているものの、現時点では活発な動きは見られない、という説明でした。強い抗がん剤が必要だと言っていた主治医も、この結果には驚いていました」

■半年ぶりにAVの現場へ女優ではなく「裏方」として復帰

少しずつ体力を取り戻した豊岡さんは、半年近く離れていたAVの撮影現場へ戻った。ただし、出演者としてではなく、スタッフとしてだった。

「女優としての仕事はまだできていませんが、現場が好きなので、いまはADとして携わっています。スタジオにセットを組んだり、女優さんの様子を見たり、裸でいる時間にはバスローブをかけてあげたり。サポート役ですね」

久しぶりに戻った現場は、豊岡さんを温かく迎えてくれたという。

「『ああ、こんな感じだったな』と、家に帰ってきたような安心感がありました。みんなで一つの作品を作る一体感や、完成したときの達成感が好きなんです」

■性行為への価値観にも変化「別のストレス発散法を探した」

病気を経験したことで、性行為に対する考え方にも変化が生まれた。

「いまは仕事だけでなく、プライベートでも性行為をしていません。もともと性欲が強く、好きなことを仕事にしてきたので、できないことは正直つらいです。でも医師から『推奨はしない』と言われ、しない方向で考えるしかないと思いました」

そこで、性行為に代わるストレス発散法を探すようになった。

「ADの仕事は体力を使うので、体を動かすことで発散できているのかもしれません。以前は、人間にとってセックスはとても重要だと思っていました。でも、必ずしもそうではないのかもしれないと感じ始めています」

豊岡さんは自身の経験を通して、女性たちに定期的な婦人科受診を呼びかけたいと話す。

「まさか自分が20代でがんになるとは思ってもいませんでした。大量出血するまで目立った症状がなく、異変に気づけなかったんです。不正出血があっても『少し血が出たくらい』と軽く考えていました。でも、そうではない場合があることを知ってほしい」

なお、胞状奇胎や絨毛がんは性感染症ではなく、性行為の頻度や性産業に従事していることが直接の原因となる病気ではない。一方、不正出血にはさまざまな婦人科疾患が隠れている可能性がある。

「とくに性産業に携わる人は、自分の体を守るためにも婦人科検診や必要な検査を受けてほしいです。私の体験を通じて、『こんな病気もあるんだ』と知り、体の違和感に気づくきっかけになればと思っています」

最後に、これからの目標を尋ねると、豊岡さんはこう答えた。

「大きな夢ではありません。ただ、元気に生きることがいちばんだと感じています。食べたいものを食べて、よく笑う。食べられない時期があったからこそ、食べられることがこんなに幸せなんだと改めて思いました」

免疫機能が低下していた時期は、生ものや生野菜、生の果物、乳製品などを控えるよう指示されていたという。

「生牡蠣が大好きなので、体の状態を見ながら、いつかまた食べたいですね」

今後への不安を抱えながらも、「いまの目標は、生牡蠣を食べることかな」と笑う豊岡さん。その表情は、力強く前を向いていた。

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