スターダム吏南インタビュー前編
「お前らがビックリするようなこと、私がしてやるから。お前ら私から目を離すなよ!」
8月23日、東京・両国国技館。19歳7カ月という5★STAR GP史上最年少優勝の記録を打ち立てた吏南(りな)は、リングの中央で叫んだ。小学6年生でデビューしてから8年、注目を集めながらも後輩に追い抜かれ、悔しさを積み重ねてきた。
三姉妹レスラーとして育ち、ドラフト会議で屈辱を味わい、木村花さんと出会う。そこからフューチャー・オブ・スターダム王座で長期政権を築き、5★STARを制するまでの道のりを吏南が語った。
スターダムの5★STAR GPを史上最年少の19歳7カ月で制した吏南 photo by Naozumi Tatematsu
【小学生でスターダムの練習生に】――小さい頃はどんな子どもでしたか?
吏南:すごく活発でした。男の子に混ざって遊んでいましたし、保育園でも小学校でも、マラソンや運動会では男の子たちと一緒に走っていました。負けると悔しくて泣いていましたね(笑)。
――運動が好きだったんですね。
吏南:父が柔道、母はハンドボールをやっていたんです。双子の妹・妃南(ひな)が「柔道をやりたい」と言い出して、姉の羽南(はなん)も含めて三姉妹で始めました。私は小学校6年生まで続けましたね。
――現在も、払い腰を得意技として使っていますね。
吏南:柔道がものすごく強かったわけではありません。でも、プロレスで生かせるものが、デビュー当時の自分には柔道技しかなかった。だから、払い腰を使い続けているのだと思います。
――プロレスとの出会いは?
吏南:家族でスターダムを観に行ったことがきっかけでした。最初は怖かったです。でも、観ているうちにだんだんハマっていって。家でも3人でプロレスごっこをして、タンスから飛んだり、ドロップキックの練習をしたりしていました。
それで、妃南が「プロレスをやりたい」と父に言って、新木場大会で父が当時のGMに話をしてくれたんです。「(姉妹3人)全員で行くよね」という流れになって、いつの間にか3人とも道場で練習するようになっていました。
――当時はまだ小学校2、3年生の頃ですね。
吏南:そうです。地元の栃木から東京まで、練習のために通っていました。浜松町の道場まで片道2時間以上かけて行って、練習して栃木に帰る。ただし練習は水曜と土曜だけで、日曜は試合観戦。普通の練習生みたいに毎日練習できる環境ではなかったです。
小学6年生でデビューしたので、練習生の期間は約4年ありました。デビューしたレスラーのなかで一番長いんじゃないですか(笑)。後から入ってきた練習生に追い抜かれていくのは悔しかった。でも、今思えば学生だったし、栃木から通っていたので仕方なかったのかなとも思います。
【デビュー決定を知らされたのは2週間前】――デビューは2018年10月13日、双子の妹・妃南選手とのシングルでした。当時のことは覚えていますか?
吏南:試合内容はあまり記憶にありません。でも、デビュー戦が決まったと聞いた時のことは覚えています。柔道の練習中、父から「デビュー戦が決まっているよ」と言われました。確か2週間前くらいです。
自分たちは携帯電話を持っていなかったので、突然知らされました。コスチュームも急いで作ってもらって、サイズが合わないまま着ていましたね(笑)。でも、4年かかってやっとデビューできることになって、「プロレスラーになれるんだ」とうれしかった記憶があります。
――その頃からプロ意識はありましたか?
吏南:ありました。デビュー間もない頃から「お客さんはお金を払って試合を観に来てくれる」という意識を持つようになりました。周囲からは、「声が出ていない」「試合への取り組みが足りない」と、本当に厳しく叱られました。
姉の羽南は先にデビューしていて、礼儀も含めてしっかりしていたので、「羽南はこれだけできている。ふたりもやらなきゃダメだ」と比較されたこともあります。道場でかなり怒られましたね。
【ドラフトで味わった「最後に残った」悔しさ】――2019年、ユニット再編成の「ドラフト会議」が行なわれ、三姉妹がそれぞれ別ユニットに所属することになります。
吏南:そもそも、「私はドラフトで呼ばれない」と思っていました。2018年のドラフト会議では、「指名漏れ」の選手は「スターダム正規軍(のちのSTARS)」へ強制配属になった。私はデビューしたばかりだし、自動的にSTARSに残るのだろうと考えていたんです。
でも、2019年は選手全員が呼ばれました。羽南は5巡目でSTARSに、妃南は7巡目でQueen's Questに指名された。三姉妹のなかでは、私が最後まで指名されませんでした。当時、私は中学1年生。周囲が「もう指名はない」と受け止めているような空気でした。会場にいる全員から「吏南は選ばれない」と思われているように感じて、すごく悔しかった。
でも最後に、木村花さんが名前を呼んでくれて、私はTOKYO CYBER SQUAD(TCS)に入りました。姉妹3人が別々のユニットになることを、一番悲しんでいたのは妃南だった。私はそれ以上に、「最後まで選ばれなかった」という悔しさのほうが大きかったですね。
――TCS入りはいかがでしたか?
吏南:間違いなく、私にとってのターニングポイントでした。それまでの私は元気で、いたずらも好き。でも、いわゆる「すごくいい子」でもなくて、そんな自分を出せる場所がなかったんです。
花さんと出会って、「自分を隠さなくていいんだ」と思えました。花さんのコスチュームを着て"ミニ花"としてリングにも立ちました。そこから自分の目指す道が見えた気がします。
――2020年5月、その花さんが急逝します。
吏南:私は花さんがいなかったらプロレスをやめていた。あの頃、自分はプロレスセンスがないと思っていました。でも、その考えを変えてくれたのが花さん。ユニットのメンバーで練習することもあったけど、花さんとふたりきりのことが多かった。
私ができない技があると、何度も繰り返し練習させてくれました。本当に身体が覚えるまで付き合ってくれたんです。ハイドレンジア(グラウンド卍固め)も花さんから受け継いだもの。だから、今回5★STAR GPで初優勝できて本当によかったです。
――2020年10月、TCS解散後は大江戸隊に加入。中学生でヒールユニットに加わることへの迷いはなかったのですか?
吏南:まったくなかったです(笑)。TCS解散後、小波以外のメンバーはSTARSに移籍。当時、羽南とは家でもずっとケンカしていたので、STARSに入るのだけは絶対に嫌でした。「また羽南と一緒にされるのか」と思っていたら、鹿島沙希さんが「大江戸隊に来る?」と言ってくれた。すぐに「行きます」と答えました。
大江戸隊では、リーダーの(刀羅)ナツコが「好き勝手やっていい」と。ただ自由なだけではなく、立ち振る舞いやヒールとしての見せ方を厳しく教えてくれた。そのなかで「(木村)花の影ばかり追わなくていい」と言ってもらえたことは大きかったです。「自分の色を出していい」と言ってもらえて、私には私にしかできないことがあると思えるようになりました。
(後編:吏南は「上谷沙弥を本当の意味で脅かす存在になりたい」 スターダム5★STAR GPを史上最年少で制したその先>>)
【プロフィール】
吏南(りな)
12月28日、栃木県出身。スターダム所属。姉・羽南、双子の妹・妃南とともにプロレスラーとして活動する三姉妹の次女で、2018年10月に妃南との試合でデビューした。柔道経験を生かした払い腰、木村花さんから受け継いだハイドレンジアを武器に成長。2023年にはフューチャー・オブ・スターダム王座を獲得し、1年5カ月にわたって王座を保持した。2026年、19歳7カ月で5★STAR GPを初制覇し、史上最年少優勝記録を樹立。
大楽聡詞●取材・文 text by Satoshi Dairaku
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