こんにちは、福原たまねぎと申します。普段は米国シアトルのテック企業で働いていますが、個人ではAIや働き方に関する発信をして、本を書いたりしています。
この連載では、僕がアメリカで触れた「AIが世の中をどう変えるのか」という未来予測をお伝えしていきます。
患者が体を壊す前に、病院が“先回り”して連絡するようになる
’30年代には、こんな朝の風景が見られるかもしれません。通勤中、スマホに突然、病院から通知が届く。メッセージはこんな内容です。
「あなたが3年前に受けた検査について、新しい結果がわかりました。近いうちにもう一度受診してください」
本人は具合が悪いわけでも、新しい検査を受けたわけでもありません。変わったのは、自分の体ではなく、世界の医学の知識のほうです。
そんな未来を想像させる不思議な研究結果が、’26年6月、医学誌『Nature Medicine』に掲載されました。これまで原因がわからなかった人の遺伝子データを、最新の医学知識によって、自動で調べ直す仕組みです。
米国とオーストラリアの研究チームが開発した「Talos」は、医学知識が更新されるたび、保存済みの遺伝子データを読み直します。対象は、検査を受けても診断がつかなかった4735人。その結果、238人に計241件の新しい診断がつきました。実に5.1%です。
ここで興味深いのは、患者がもう一度検査を受けたわけではないことです。以前に採った遺伝子データを、今の医学でもう一度読んだだけ。それなのに答えが変わりました。患者の体ではなく、医学の側が変わったのです。「この遺伝子とこの病気は関係する」と新しくわかれば、数年前には意味不明だったデータに、あとから意味が生まれます。
Talosの仕組みでは、過去のデータを月に一度、自動で見直しを行います。新しい医学知識が公的データベースに加わってから診断につながるまで平均32日。最短では1日でした。
Talos自体はChatGPTのような生成AIではありませんが、研究チームは将来的にAIを組み合わせる土台になりうるとしています。
これまで僕たちは、病院による検査結果を“固定された内容”として受け取ってきました。健康診断で「異常なし」と書かれていれば、その用紙はそこで完成です。数年前の検査結果を病院が読み直し、「当時はわかりませんでしたが、今なら意味がわかります」と連絡してくることは、普通ありません。
でも検査結果は、自分の体についての「最終回答」ではありません。「その時点の医学にわかる範囲での答え」です。体は同じでも、医学が進めば解釈は変わる。今日の「原因不明」は、3年後も原因不明とは限りません。
意味がなかったデータが、突然、重病のシグナルに?
冒頭でも触れたように、’30年代には、医療機関に一度データを預けたら、医学が進歩するたびにコンピュータが昔の検査を読み直すような時代が到来しそうです。
検査を受けた時には原因不明だった症状に病名がつき、3年前には意味がなかったデータが、ある日突然、「重病のシグナル」になる。
そうなれば病院との付き合い方も変わるでしょう。これまで病院とは、体調を崩した僕たちが出向く場所でした。熱が出る。痛みが続く。健康診断で引っかかる。何かが起きて初めて医者を訪ねます。
未来には、その順番が逆になるかもしれません。僕たちが病院へ行く前に、病院が僕たちを見つけるのです。しかも材料は、今日の体ではありません。何年も前に渡した血液や遺伝子のデータです。医学が一歩進むたび、過去の自分がもう一度診察室に呼び戻される。未来の医学が、時間をさかのぼって僕たちを診断するのです。
もちろん今回の研究は、希少疾患の遺伝子診断が対象です。普通の健康診断が毎月書き換わると示したわけではありません。それでも、この仕組みが書き換える「当たり前」は大きい。
未来の診断結果は、病院へ取りに行く答えではない。医学が進歩するたび、未来のほうから届く答えになるのです。
<文/福原たまねぎ写真/Adobe Stock>
【福原たまねぎ】
シアトル在住。外資系IT米国本社のシニアPM。ワシントン大学MBAメンター(キャリア・アドバイザー)。大学卒業後にベンチャー企業を経て2016年に外資系IT企業の日本支社に入社。2022年にアメリカ本社に転籍し現職。noteでは仕事術やキャリア論など記事を多数発表。初著書『世界の一流が休むためにやっていること』(朝日新聞出版)が発売中。X:@fukutamanegi
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