40歳を過ぎると、健康診断で当たり前のように測られる「腹囲」。2008年に始まった特定健診、いわゆる「メタボ健診」は、生活習慣病のリスクが高い人を早期に見つけ、病気を予防することを目的としている。
ところが、精神科医の和田秀樹氏と元厚生労働省医系技官の木村盛世氏は、腹囲や体重、血圧などの数値が改善することと、「病気にならない」「長生きできる」ことは別問題だと指摘する。
さらに、健康な人の中から「異常」を見つけ出す健診は、医療機関にとって患者を増やす“打ち出の小槌”にもなりうるという。私たちが疑うことなく受けている健康診断は、本当に健康を守っているのだろうか。
※本記事は、『その医者から逃げる勇気』(和田秀樹・木村盛世著、扶桑社刊)より一部抜粋・再構成してお届けします。
メタボ健診は医療機関の“打ち出の小槌”
和田秀樹氏(以下、和田):
健康診断に大した効果がないことは、日本人男女の平均寿命の差の変化を見ればすぐにわかります。
今の平均寿命くらいの80代の男性で、かつて会社員だった人の多くは、若い頃から毎年健康診断を受けていたはずです。逆に80代の女性は専業主婦やパート勤めが長かった人のほうが多いので、大半の女性はほとんど健康診断を受けていません。
自治体健診や被扶養者健診などを受ける機会はあったにせよ、会社員男性ほど毎年強制的に受けさせられていたわけじゃないですからね。
それなのに、労働安全衛生法ができた1970年代と現在とで比較すると、平均寿命の男女差はむしろ大きくなっています。
健康診断が本当に役に立つのなら、ずっと受け続けている男性の平均寿命はもっと延びてもいいはずですよね。こんなの誰が考えたっておかしいでしょう。
木村盛世(以下、木村):
それでも健康診断をやめようという話にはなりませんよね。
また、法律が従業員に受けさせることを会社に義務づけているのはあくまでも定期健康診断なのですが、実際にはもっと詳細に調べる人間ドックのほうを推奨し、費用補助を出したりする会社は少なくありません。
さらに余計なお金がかかるのだから、本音としてはやりたくはないんでしょうけど、より詳細に調べるに越したことはないという思い込みが世の中にある以上、福利厚生の手厚さをアピールするためにもそうするしかないのでしょう。
和田:
2008年からは、「生活習慣病のリスクの高い人を早期に見つける」ためだとか言って、特定健診、いわゆるメタボ健診が厚労省主導で始まったので、40歳以上の人の場合は定期健康診断の検査項目に「腹囲」というのが追加されました。
木村:
メタボ健診ってもとはと言えば、とある医系技官(医療資格を持つ官僚)の「腹周りを測ったら医療費を抑制できるんじゃないか」という思いつきだったんですよ。
厚労省の審議会委員が腹囲を測ったグループと測らなかったグループを比較すると、測ったグループのほうが何かが良かったというデータをもっていたので、それが後押しになったんです。
でも、比較したデータといっても調査対象となった人数はたった数十人なんですよ。そんなのたまたまそうだっただけかもしれないじゃないですか。
こんないい加減な経緯で最終的には国策にまでなってしまったという、冗談みたいな話なんです。
和田:
医療費を削減するどころか、医療機関にとってみればメタボ健診なんて打ち出の小槌でしょう。
だって、「生活習慣病のリスクの高い人を早期に見つける」という目的ができたことで、医療がさらに介入しやすくなったんですから。
木村:
本当に具合が悪い患者さんだけ診ていては、売り上げは先細りですからね。だから、元気に暮らしている人の中から異常だと指摘できる人を掘り起こして薄利多売を徹底したい医療機関にとってみれば、これほどありがたい制度はありませんよ。
メタボ健診の効果はよくわからない
和田:
メタボ健診で生活習慣病のリスクが高いと判断され、特定保健指導の対象となった人を調べた2014年の研究によれば、保健指導の積極的支援を最後まで受けた人は、1年間で平均して、男性が腹囲2.2センチ、体重1.9キロ、女性は腹囲3.1センチ、体重2.2キロの減量に成功しており、さらに血圧や血糖値、脂質なども改善していた。これはまあ事実ですよね。
木村:
はい、その後も同様の調査は何度も行われていて、実際、メタボ健診を受けて保健指導を最後まで受けた人は、腹囲や体重が減り、血圧や血糖値、中性脂肪などの数値も改善する傾向があることが厚労省から繰り返し報告されています。
和田:
だから「ほら見なさい。ちゃんと成果が出ているじゃないか」という話になるわけです。
木村:
そうなるように指導しているんですから、そりゃそうでしょうって話じゃないですか。
和田:
まさにそうなんですよ。痩せましたね、とか血圧とか血糖値が下がりましたね、などと言って医者は患者さんを一喜一憂させますが、それは、たとえば受験塾が自分たちの指導のおかげで通っている学生たちの「勉強する時間が増えた」とか「知っている英単語の数が増えた」などと言って胸を張るようなものです。
でも本当に大事なのはそんなことじゃない。その結果として志望校に合格できたのかどうかですよね。
つまり、メタボ健診で本当に問われるべきなのは、その効果として脳卒中や心臓病にならずにすんだのか、寝たきりになる人は減ったのか、死ぬ確率を減らせたのか、ということなんですよ。
木村:
そういう肝心なところを調べようとしないんですよね。メタボ健診やその後の保健指導が、肥満を解消したり、数値を改善したりすることにはそれなりに役立つとは思いますよ。
でもそれが死ぬ確率を下げることに寄与できるかどうかは、「よくわからない」としか言えないのです。だってそういう調査をしていないのですから。
時代遅れすぎる日本の医療
和田:
それどころか、リスクを上げる可能性もあります。BMI値そのものはメタボの診断基準には入っていませんが、メタボ健診で引っかかってもっと痩せろと言われる人はたいがい、BMI値においても肥満の目安となる25を超えています。
ところが、2006年にアメリカで行われた調査でも、2009年に日本で発表された研究結果でも、実際に最も長生きなのは、BMI25〜30群、つまり肥満気味の人たちであることがわかっているんです。
だとしたら、そういう群の人を無理に痩せさせるメリットはどこにあるのか、という話じゃないですか。この矛盾に対しても、明確な答えは示されていません。
木村:
どこも具合が悪くないのに、健診によって問題を探し、医者があれこれと介入することで、かえって命を縮めてしまうという可能性を示唆した、「フィンランド症候群」と呼ばれる現象もありますよね。
和田:
医療の介入を受けても受けなくてもたいして変わらないというのならまだしも、「念のため」に受けた健康診断が場合によっては害にもなりかねないということです。
どこか具合が悪いところがあって、適切な治療につなげるために検査を受けることにはもちろん意味はありますよ。
でも、とりたてて不調もないのに異常値が出たからといって余計な薬を飲まされることになったりすれば、薬の副作用に苦しむことにもなりかねません。
「血糖値は低ければ低いほどよい」も古い幻想
木村:
医療の過剰な介入を自分ごととしてなかなか問題視できない背景には、「不安遺伝子を持つ人の割合が世界一多い」という説もあるくらい、日本人には心配性の人が多いことがかなり関係していると思います。
そして、「日本の医療は素晴らしい!」とか「素晴らしい医療にちゃんとかかっていれば安心だ」という幻想が、医療との距離をさらに近づけているように私には思えてなりません。
でも、慢性期医療については近代医療が役に立つという信頼できるエビデンスなんてほとんどありません。もっと言えば、日本の医療界の常識は世界的に見ればかなり時代遅れのままなんですよ。
和田:
おっしゃるとおりです。医療の質がよかった時期が少しくらいはあったのかもしれませんが、かつての常識にしがみつくばかりなので、まったく進歩していません。
糖尿病の治療にしても、アメリカの国立衛生研究所の下部組織主導で行われた2008年のアコード試験では、「HbA1c(赤血球中のヘモグロビンとブドウ糖が結合した糖化タンパク質の割合を示す検査値)」を6%未満まで厳格に抑え込む治療よりも、7〜7.9%程度に抑える治療のほうが死亡率が大幅に低かったことが示されました。
それにもかかわらず、日本では長い間、血糖値は低ければ低いほど良いという発想が続いてきました。
近年になってようやく高齢者については目標値を緩める方向へ修正されましたが、以前は6〜6.5%だったはずなので少し緩められたとはいえ、一般的な治験目標は7%未満のままです。
最新の知見なんてその気になればいくらでもアクセスできる時代になっているのに、そうしようとする医者は驚くほど少なくて、古い知識のまま患者さんに間違った指導をしているケースがたくさんあるんですよ。
和田 秀樹(わだ・ひでき)
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。ベストセラー『80歳の壁』(幻冬舎)、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社)、『60歳からはやりたい放題』『90歳の幸福論』『60歳からはやりたい放題[実践編]』『医者という病』『60歳から女性はもっとやりたい放題』『ヤバい医者のつくられ方』『65歳、いまが楽園』『なぜあの人はいつも上機嫌なのか』『「高齢者ぎらい」という病』(すべて扶桑社)など著書多数。
木村 盛世(きむら・もりよ)
医師、作家。筑波大学医学群卒業。米ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院疫学部修士課程修了。同大学でデルタオメガスカラーシップを受賞。米国CDC(疾病予防管理センター)プロジェクトコーディネーター、財団法人結核予防会、厚生労働省医系技官を経て、パブリックヘルス協議会理事長。著書に『ヒポクラテスの告発天然痘を根絶した蟻田功の遺言』(藤原書店)、『医者にかからない幸福』(ビジネス社)、『新型コロナ、本当のところどれだけ問題なのか』(飛鳥新社)、『厚労省と新型インフルエンザ』(講談社現代新書)、『厚生労働省崩壊「天然痘テロ」に日本が襲われる日』(講談社)など。
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